第131話 公爵家からきたコンテッサさん
ある日の昼下がり、ビック領の館に一人の来訪者が現れた。
漆黒の外套をまとい、無駄のない所作で馬を降りたその女性は、応接室に通されると深々と一礼をした。
「初めまして。帝都、ベントレー公爵家より参りました、コンテッサと申します」
その声は落ち着いており、怜悧な響きを帯びている。
年の頃は二十代半ば。切れ長の瞳は氷のように澄み、整った顔立ちには気品と知性が滲んでいた。
妙齢の美貌を備えながら、浮ついたところは一切なく、ただ静謐な空気をまとっていた。
彼女の口から告げられたのは驚くべき内容だった。
「ベントレー公爵閣下の命により、ビック領に仕えさせていただきたく参りました。警備などの一助となればと考えております。もちろん、これは私自身の意志でもあります」
応接室にいたフリードとオデッセイが思わず眉を上げる。
「なんと……公爵直々の……」
実際、この頃は他領や他国からの間諜が増え、領内の警備に頭を悩ませていた。
カムリやグロム、サクラでさえ「困ったわね」と口を揃えていたほどだ。そんな折に、帝都からの助力は願ってもない。
コンテッサはさらに、懐から一通の封書を取り出した。
「こちらは皇妃陛下からのお手紙です」
封蝋を確かめ、文を開いたオデッセイの顔に安堵の色が広がる。そこには、ビック領とヴェゼルへの庇護を公爵と皇妃が改めて確約する旨が記されていた。加えて「コンテッサは信頼に足る者ゆえ、領館にて存分に働かせてほしい」と。
「……これなら、安心できますね」
オデッセイが吐息混じりに呟くと、館の空気がわずかに和んだ。
実際に対面したコンテッサの人柄も、冷たいだけの人間ではなかった。
必要以上に話さず、普段は無口で侍女として徹するという。だが芯には強さがあり、頼もしさを感じさせた。
さらに隠密の技能に長け、定期的に館や領内を見回り、不審者がいれば即座に報告するという役目まで担える。
加えて、こちらで得た情報は必ず守秘すると。そして、皇帝・皇妃との連絡係を務めることもできると告げた。
オデッセイは目配せをしてフリードとヴェゼルに同意を求める。フリードとヴェゼルは軽く頷き、採用を決断した。
「では、わたしたちと共に歩んでもらいます。よろしく頼みますね」
その瞬間、館の空気は少しだけ明るくなった。新たな仲間を迎える安堵と期待が、皆の胸に広がっていった。
だが、思わぬ出来事は続く。
ヴェゼルがふと周囲を見回して確認してから、声を張る。
「サクラ!」
呼ばれた途端、ヴェゼルの左手にある収納箱の蓋がカタリと開き、中から小さな女の子が飛び出した。両手で頬を押さえ、口をリスのように膨らませながら。
「なによ! 今ちょうどおやつを食べてたのに!」
むすっとした顔で現れたその姿に、普段ほとんど表情を動かさないコンテッサが、思わず目を見開いた。
「……っ!? 伝説の……妖精……!?」
声が震えるほどの驚愕。どうやら、ベントレー公爵はサクラの存在については何も伝えていなかったらしい。
公爵からすれば「言葉で説明しても信じられぬだろう」と判断したのだろう。
実物を見たコンテッサの動揺は、その選択が正しかったことを物語っていた。
ヴェゼルは淡々と告げる。
「サクラは領の守りに欠かせぬ存在なんです。今後、不審な動きがあれば私やお母さん、そしてサクラにも報告してください」
「は、はい……!」
コンテッサは即座に姿勢を正し、深くうなずいた。
さらにヴェゼルは続ける。
「不審者への対処は、カムリとグロムと連携して行ってください。彼らと協力し、領内の安全を守ってほしいです」
その名を聞いた途端、フリードの弟、グロムが不自然に肩を震わせた。視線が泳ぎ、どこか落ち着かない。
「……グロム、どうしたの?」
オデッセイが怪訝に問いかけると、しぶしぶとグロムが口を開いた。
「じ、実は……俺とコンテッサは、帝都の学園で一緒だったんだ」
一瞬、コンテッサの瞳に戸惑いが走る。記憶を探るように目を細め――やがて小さく息を呑んだ。
「……ああ。思い出しました。確かに、同じ学年に……」
学園時代に特別な交流はなかったが、多少は顔を知っている程度だったという。それでも、旧知の者とここで再会した驚きは隠せない。
そのやりとりを、終始黙ってオデッセイの膝の上にで見ていたのがアクティだった。にやにやと口元を歪め、唐突に叫ぶ。
「グロムおじさんが……ついに『こい』っ?!」
場が一瞬で凍りつき、次の瞬間、爆発したようにざわめいた。
「な、なにを言ってるんだお前はっ!?」
グロムは顔を真っ赤に染め、両手をぶんぶん振り回して必死に否定する。
オデッセイは肩を揺らして笑いをこらえ、ヴェゼルは「……ふむ」と半眼で見守り、サクラはおやつをもぐもぐしながら「へぇー、グロムもそういうのあるんだ」と呟く。
さらにはヴァリーまでが小声でヴェゼルの耳元で囁く。
「でもヴェゼル様! コンテッサさんは……側室とかにしちゃダメですよ!」
「はあ!? 誰もそんなこと言ってない!」
ヴェゼルが即座に否定するも、それを聞いていた周囲の視線はどこか生温かい。
コンテッサ自身は冷静を装っていたが、頬がわずかに朱を帯びていた。怜悧な表情の裏に、動揺の影が見え隠れする。
館の空気は、初対面の緊張から一転して騒がしく、温かい混乱へと変わっていった。
新たな仲間の到来は、思いがけぬ笑いと波紋をもたらし、ビック領の日常にまた一つ、鮮やかな色を加えることとなったのだった。
人数が増えて来ましたな。。
ルークスはどうした?ルークスは。。




