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第130話 アビーの1日 魔物狩り

 翌朝。森へ向かう支度を整えたアビーの前に、思わぬ同行者が顔を出した。


 森の周辺の魔物が少ない場所だからと、護衛役としてはキックスだけで十分なはずだったが、今日はウルスも魔法を教えるために加わると言う。ウルスの動向にアビーは一瞬顔をこわばらせる。そしてさらに、オースターまで「私も行きます」と胸を張ってついてきた。どうやら少年らしい冒険心に突き動かされたようだ。


 一方で、まだ幼いランツァだけは、領館でのお留守番を命じられた。


 その日の討伐目標は、比較的安全で小柄な魔物――ホーンラビット。


 全長およそ三十センチくらい、額に一本の角を持ち、群れで行動することもあるが、危険度は低い。魔法の練習や新人冒険者の初陣にちょうどいい相手とされていた。


 森の奥、木々の影から姿を現した一頭のホーンラビットを前に、アビーは深く息を吸った。魔法はイメージ、そう呟く。今日は少し抑えるために、橙の炎をイメージして手のひらに意識を集中させ、詠唱を紡ぐ。


「――いけっ!」


 瞬間、放たれた火球が橙の光をまとって走り、魔物を包み込む。


 普通の火球魔法は赤に燃えるのが常識だった。だが、アビーの放った炎は眩い黄色みの橙。


 まるで陽光を凝縮したように清らかで、しかも威力は通常の倍はあろう。


 爆ぜるような衝撃音と共に、ボーンラビットは一撃で体の半分を黒焦げにして崩れ落ちた。


 今日で3度目の魔物狩りだ。狩りもだいぶ慣れてきたようだ。


 「あー、これじゃ、ホーンラビットを狩っても魔物の肉を食べれないわ」


 と、アビーは残念がっていた。ビック領に行ったとき、屋台で売っていたホーンラビットの肉串が、野生みある味ではあったが、ことのほか美味しかったらしい。


 そんな呟きは耳に入らず、驚愕に目を見開いたのはウルスだった。


 アビーとしてはかなり抑えめの魔法を使ったつもりだった。


 しかし、アビーはヴァリーやウルスのような一流の魔法使いの魔法しか見たことがなかったのだ。


 だから一般的な6歳の子供が魔法を放つ場面など見たことがない。


 そもそも、6歳で攻撃魔法を覚え、魔物狩りに行く6歳児など、帝国中探しても、いるかどうか。


(……今のは、普通の火球じゃない。詠唱時間も通常より短い。それに、あの色……!)


 彼は心中でそう呟いたが、その場では口にしなかった。アビーが淡々と魔物を次々と討伐していく姿を黙って見守る。まるで日常の延長かのように、彼女は冷静で、何頭も難なく倒していった。





 その日の狩りは順調に終わり、一行は領館に戻る。


 夕暮れ、食卓を囲んだ後、のんびりとした団欒の空気が流れる中で、ウルスは昼間から胸に引っかかっていた疑問を、ついに口にした。


「アビー嬢……あの火球。あれは一体なんなのですか? 普通の火の魔法とは、炎の色も威力もまるで違った」


 突然の問いかけに、アビーは言葉を詰まらせる。表情が固くなり、視線を伏せた。答えを避けたいという気持ちが、ありありと見て取れる。


 しかし、ウルスは真摯な声で続けた。


「言いにくいことなのは分かっています。通常、魔法の内容は師弟以外は他言無用。でも安心してください。私は絶対に誰にも話しません。ここで聞いたことは、墓場まで持っていきます」


 魔法を生業とし、幼い頃から研鑽を積んで今もなお飽くなき向上心を持つウルスは、あの魔法の威力に知的探究心の衝動を抑えられなかった。


 その誠意に、アビーはなおも逡巡していた。だが、隣で黙って聞いていたバーグマンが口を開く。


「……アビー。ウルス殿には今後も魔法を教えてもらうんだろう? だったら、本当のことを教えても構わないんじゃないか? もちろん、他言無用を絶対の条件として」


 言葉の調子は柔らかだが、どこか説得力を帯びていた。アビーは観念したように小さく息を吐く。


「……分かったわ。ただし、本当に、誰にも言わないでくださいね」


 彼女は渋々と前置きをしてから、静かに告げた。


「私の魔法は……婚約者のヴェゼルに教えてもらったものなの」


 その名が出た瞬間、場の空気がわずかに揺れる。アビーの頬はうっすら紅潮しいた。


「ヴェゼルの教え方は、今までの常識と全く違っていたの。まず魔法の成り立ちや知識、魔力の流し方、心の持ち方、詠唱の組み立て方……全部が理にかなっていて、理解して鍛錬したら魔法の威力が増したの。実はヴァリーさんも、ヴェゼルに教わってから急に力をつけたのよ」


 普段は力を隠し、周囲に悟られないよう制御していたことも明かされると、ウルスは深く息を呑んだ。


「そうか……そういうことだったのか。あんなに魔法に全人生を捧げていたようなヴァリーが、どうして突然、六歳の子どもに押しかけて、婚約を結んだのか……ようやく合点がいきました」


 ウルスの瞳には、長年の疑問が解けた安堵と驚きが交錯していた。


 翌日。ウルスは改めてアビーに頼み込み、彼女の本当の魔法の実力を見せてもらった。


 森の奥で展開されたのは、まるで別人のようなアビーの姿だった。


 詠唱は短く、発動は昨日よりも更に速い。


 放たれる炎は純白に輝き、触れた魔物を瞬時に灰とへと変える。


 ヴァリーのように蒼い炎はまだ出せないアビー。


 しかし、その威力は、明らかにウルスの魔法を凌駕していた。


 呆然と立ち尽くすウルス。肩を落とし、項垂れる。


「……私より、はるかに上だ」


 彼は自分の未熟さを痛感し、悔しさと同時に尊敬の念を覚えた。やがて、決意を込めてアビーに告げる。


「アビー嬢……頼みます。私に教えてくれなませんか」


 だが、アビーは首を振る。


「ごめんなさい。それはできないわ。私の力は、ヴェゼルの教えそのものだから。私が勝手に他人へ伝えることはできません」


 その言葉に、ウルスは一瞬食い下がろうとしたが、すぐに諦めるように苦笑を浮かべた。


「……そうですね。確かにその通りです。勝手に伝えていいものじゃない」


 納得はした。だが、心の奥には別の強い思いが芽生えていた。


(私も……ヴェゼル殿に教わりたい。ヴェゼル殿に会って、アビー嬢やヴァリーのように導かれたい)


 その決意は、次第に大きく膨らんでいく。


 白い炎の秘密を知った夜から、ウルスの胸に宿った渇望は、もはや消えることはなかった。


 こうして、アビーの隠された力とヴェゼルの名は、ウルスの未来を大きく揺さぶり始めるのだった。




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