第13話 そしていよいよ、ようやく、やっと、、鑑定の儀、、すいません。やっと。。
辺境伯領の大聖堂は、光がステンドグラスのように幻想的に差し込んでいた。
アトミカ教の教会から派遣された老齢の鑑定士、キャブライト・ローレル司祭は、腰をかがめ杖をつきながら、若い付き添いの手を借りて、厳かに壇上へと進む。
白髪混じりの髪を後ろでまとめ、眼鏡越しに額のしわが浮かぶ。長年の経験が滲む瞳は、一目で“鑑定のプロ”だとわかる。しかし、杖を一振りするたびに少しずつ息が乱れているのは年齢のせいか。
「さあ、今年度の鑑定の儀を始めます。各位、静粛に――」
教会に集まった寄子の貴族や領民たちが一斉に頭を下げ、会場はひんやりとした緊張感に包まれる。
中央には、すでに座席を設けられた爵位の高い順から並び、途中にアビー、そして最後尾にはヴェゼルと並ぶ。
老齢のキャブライト司祭は、爵位順に鑑定を行うと告げ、まずは寄子の高位貴族子息から順に鑑定をしていくのだ。鑑定は教会の専権で、その取得方法は秘匿とされている。
最初の貴族の子供たちは、それぞれ火属性や水属性の魔力が認定される。老齢のキャブライトが杖をかざし、魔法陣を床に描くと、魔力の色が光として現れる。光が揺れ動き、観衆からは「ほぉ……」「すごい!」と感嘆の声が上がる。
子爵家の女の子が水と土属性の二属性持ちの鑑定結果に周囲がどよめき、その両親と思わしき男性と女性が大喜びしていたのが目についた。
そして、いよいよアビーの番が回ってきた。アビーは壇上に歩み出ると、胸を張り、いつもの元気な笑顔を浮かべる。しかしその目は、ほんの少しだけ緊張の色を帯びていた。
アビーが自分を見て「ヴェゼル、見ててね!」と口が動いた気がした。
アビーは壇上に進み出る。足取りは軽く、しかしその小さな身体には緊張がみなぎっていた。
キャブライト司祭は杖を天井に掲げ、空間に魔力の渦を描き出す。透明な光の輪が会場を満たし、微かな振動が足元に伝わる。
「では、ヴェクスター男爵家、嫡女アヴェニス・ヴェクスターの鑑定の儀を執り行う!」
彼の声が静かに響き、壇上の魔法陣が光を帯び始める。
最初に水の属性。アビーの身体の周囲に青白い光が浮かび上がる。
次に土――大地を思わせる茶色の光が絡み、重厚に揺れる。
火は赤く燃え上がり、風は淡い緑色の渦となって吹き抜ける。
最後に聖の光――純白で柔らかく、しかし確固たる輝きがアビーを包んだ。
会場中の観衆が一斉に息を飲む。目を見開き、誰も声を発しない。
「――なんと」
小さな呟きが後ろの席から漏れる。
壇上の魔法陣の中心に、色とりどりの光が複雑に交差し、一つの輝く光点に集まった。その光点は、まるで宝石のように鋭く光り、空間全体に微かな振動を送る。
キャブライト司祭は杖を軽く振り、光点を測定機器のように精密に確認する。魔力の数値が壇上に現れた。観衆の目がさらに大きく見開かれる。
キャブライト司祭の声が高らかに響く。
「……これは……五属性! 五属性の鑑定結果!」
誰もが口をつぐむ。火・水・土・風・聖の五属性魔法を操れる者はまさに何百年に一人と評される奇跡的なものだった。
ヴェゼルは小さな拳をぎゅっと握り、唇をかみしめる。驚きと誇らしさ、そして少しの羨望が入り混じった複雑な感情が胸を満たす。
アビーは少し照れくさそうに頭をかき、壇上で微笑む。
辺境伯や周囲の貴族たちも静かに視線を送る。辺境伯や高位貴族たちの間で、ささやき声が漏れる。
「全属性を授かるとは……まさに伝説的な場面だ!」
「素晴らしい……」
その様子を見ていた辺境伯の声が会場に響く。低く、重みのある声。だがその目には、尊敬と期待が交わった光が宿っていた。
アビーはその声に、少しだけ顔を赤らめていた。
ヴェゼルはその光景を、口をぽかんと開けながら眺める。
拍手が落ち着いたころ、次の男爵家の子供たちの鑑定も順調に進む。彼らは通常の魔法属性を持つが、特筆すべきはなし。会場が少し落ち着きを取り戻したころ、いよいよ最後、ヴェゼルの番となる。
小さな身体で壇上に上がると、観衆の視線が一斉に集まる。普段は自分の身長のことなど気にしたことはないが、今はその小ささが余計に緊張を増す。アビーのような才能を見せつけられた後では、なおさらだ。
「さて……次は、ビック騎士爵家嫡男、ヴェゼル・パロ・ビック」
壇上に薄い光の輪が浮かび、ヴェゼルの身体を包む。五歳児の身体は小さいが、意識の奥では現世の知識と経験がぎゅっと詰まっている。自分でも制御できないほどに心拍数が上がるが、深呼吸して力を抜く。
小さな身体で壇上に上がると、観衆の視線が一斉に集まる。
普段は自分の身長のことなど気にしたことはないが、今はその小ささが余計に緊張を増す。アビーのような才能を見せつけられた後では、なおさらだ。
老齢のキャブライト司祭が杖を構えようとしたその瞬間、ぐらりと体が震え、杖が微かに傾く。
「む……むむむ……」と苦しそうな声を漏らす。観衆もざわつき、みんなの顔が一瞬青ざめる。
「キャブライト司祭様 大丈夫ですか!?」
ヴェゼルは立ち上がり手を貸そうとするが、隣にいた教会の新人オースター司祭が先に慌てて支える。
老齢のキャブライト司祭は体調不良により、一時的に席を譲ることになった。代わりに若いオースター司祭が壇上へ上がる。ヴェゼルは目を見開き、「いや、これ大丈夫なん??……」と心拍数が跳ね上がる。
オースター司祭は初めての鑑定に緊張しているのか、手元の書類をぎこちなく握りしめる。ヴェゼルは小さく手を握りしめ、「えっと……頑張ってね」と心の中で祈る。
オースター司祭が杖を振ると、ヴェゼルの魔力が光の粒子として現れる。
杖を少し高く掲げ、光を収束させると、ヴェゼルの魔力の色が壇上に浮かび上がった。火、水、土、風、聖――一見、変わった動きを見せる魔力の軌跡だが、アビーほどの鮮やかさはない。
観衆の中から、ささやき声が漏れる。
しかし表示されたのは――
「収納スキル(りんご1個分の容量)」
オースター司祭は焦った声で
「えっと……収納……魔法……りんご……1個分」
と読み上げる。場内は一瞬の静寂。誰も聞いたことがない表現だった。
「収納魔法? りんご一個分?」
と小声で囁く者がちらほら。
ヴェゼルは小さな体で目を見開き、「いや、これ、マジでハズレ魔法……?」と心臓がひゅっとなる。
周囲の寄子たちはくすくすと笑い始める。
ざわざわと嘲笑が広がり、ヴェゼルの耳に届く。
「え、りんご1個分の収納? それって役に立つの?」
「こんな魔法で戦場に立つのか?」
そんなざわめきが聞こえる。やはら、貴族たるもの、戦争に有用な魔法でない限り、忌避される傾向にあるのだ。
だが、ヴェゼルは「いや、俺、今、ハズレ魔法を授かった少年として皆に笑われてる……」と落胆する。
オースター司祭はさらに焦り、書類を見直しながら「えっと……これ、魔法の種類じゃなく……スキルとして認定されているのか……!」と内心で考えるが、場内の空気はすでに「ヴェゼル=りんご収納魔法」の笑いで満ちている。
席に戻ってきたヴェゼルに、アビーはその肩をポンと軽く叩き、目をきらきらさせながら笑う。「ほら、ヴェゼル、笑ってよ! だって、あなたには私がついてるんだから!」
周囲の大人たちは、まだ嘲笑がざわめいていた。
ヴェゼルはで少し肩を落とすが、アビーの目を見て笑みを返す。「ありがとう、アビー……俺、頑張るよ」と小さな声でつぶやく。
アビーは満足そうにうなずき、「そうでなくっちゃ!」と元気よく返す。
オースター司祭はまだ混乱しているが、観衆の拍手とざわめきに押され、なんとか報告書を書き直し、壇上から降りる。場内はしばらく「りんご収納魔法」をネタに笑いが続くが、アビーと両親の笑顔は変わらず、ヴェゼルの心を支えた。
アビーはヴェゼルの肩に手を置き、耳打ちする。「あなた、面白い魔法をもらったのね。でも、それで笑われても、私はあなたのことをすごいと思ってるわよ」
ヴェゼルは小さく笑い、心の奥で混乱しつつも、微妙に苦笑いをした。
体調が多少よくなったキャブライト司祭が席を立ち、「以上をもって、本日の鑑定の儀を終了します」と告げると、観衆から再び拍手が沸き起こる。
外では夕日が差し込み、ステンドグラスを通して赤や金色の光が教会を満たす。ヴェゼルは光に包まれながら、収納スキルという小さな力を握りしめ、未来への決意を胸に刻んでいた。
これが後々の、そして未来の大きな運命の第一歩になることを、そして世界が驚くことになろうとは、まだ誰も、神さえも知る由もなかった。




