第116話 きのうはおたのしみでしたね。
グラップラーベアの宴の翌日早朝、名残惜しそうにしながらもバーグマンとアビーは館を後にした。
アビーは最後まで振り返り、何度も手を振って去って行った。
その後に残ったのは、鍛錬好きで好奇心旺盛な面々。
ヴァリーとフリードが実技の中心となり、サクラとアクティは「危ないから」と脇に控え、しかし口だけは達者なだけに、ちょこちょこと茶々を入れる係に収まっていた。
「じゃあ、まずは私からやってみるますね」
ヴァリーが長い睫毛を揺らし、的に向かって両手を構える。
魔力を練り上げると、その掌に青白い火球が浮かび上がった。
彼女が軽く息を吐き、すっと腕を伸ばすと――
――どんっ!
火球は矢のように飛び、遠くに設置された木製の的を正確に打ち抜いた。硬い的が黒く焦げ、煙を立てる。
「ふふん、どう? これくらいなら朝飯前です!」
得意げに腰に手を当てるヴァリー。
「おー、やるじゃんヴァリー、凄い!」
「おとなのひあそびは、ほどほどにねー」
サクラとアクティの声がすぐさま飛ぶ。二人とも安全圏から囃し立てることだけは一人前だ。
次は風の魔法。ヴァリーは空気を圧縮し、目に見えぬ塊として押し出す。
だが、それは的に当たっても「ぼふっ」と音を立てて揺らす程度。的がきしむだけで、決定的な破壊力には欠けていた。
「うーん……やっぱり威力が足りないのよね」
「風で押すだけじゃ物足りないな」
そう呟いたところで、ヴェゼルが口を開いた。
「風をただ押し出すんじゃなくて……もっと鋭くできるかもしれない」
皆の視線が彼に集まる。ヴェゼルは少し考え込み、それから説明を始めた。
「空気を薄い円盤みたいにして、そこに砂を入れて回転させるんだ。ほら、サンドブラストって、、言ってもわからないか。 砂粒を高速で吹き付けると、硬い鉄でも削れるんだよ」
「……なるほど! じゃあ風に砂を回転させて飛ばせば、切断できるかもしれないってことね?」
ヴァリーの瞳がきらりと光る。
早速試すことにした。ヴェゼルが補助で魔力を流し、ヴァリーが風と土を組み合わせて魔法を形成する。
薄い空気の円盤が現れ、その中に細かい砂が入り込み――
「えいっ!」
勢いよく飛ばされた瞬間、空気と砂が混ざり合い高速回転し、唸りを上げて的へ直撃した。
――じゃきんっ!
硬い的が、見事に真横に切断されて落ちた。
「やったー! 本当に切れた!」
ヴァリーは両手を握りしめて飛び跳ねる。
サクラとアクティはきゃあきゃあと騒ぎ、まるで自分がやったかのように大喜びだ。
「ヴェゼルって、やっぱり頭の中に変な引き出しがいっぱいあるのね!」
「ほれたおとこもぶったぎり!!」
からかうように笑う二人に、ヴェゼルは肩をすくめて苦笑した。
次はフリードの番だ。
彼は聖属性の魔力を使い、身体強化を得意としていた。
全身に魔力を循環させて筋肉や骨格を強化し、持久力も上げる。騎士たちの間でも重宝される基礎魔法だ。
「この魔法に、改良の余地なんてあるのか?」
フリードは腕を組んで首をかしげた。
だがヴェゼルは真剣な顔で答える。
「全身じゃなくて、一部分に集中したらどうです? 腕とか足とか目とか……そうしたら、もっと効率的に強化できると思うけど」
「なるほど……一点集中、か」
試しにフリードは右腕だけに魔力を流してみる。
すると筋肉がぐっと膨張し、普段以上の力が宿るのが明らかだった。しかも魔力消費も少ない。
「おおっ……! 本当に強化できる! しかも楽に!」
次は目に強化を施す。
一瞬で視界が澄み渡り、暗い闇でも細かい葉脈や遠くの光がはっきりと見えた。
「す、すごい……! 遠くの景色もはっきり分かるぞ!」
フリードは少年のように興奮し、周囲をきょろきょろと見回す。
その様子にヴァリーが口元を抑えて、いたずらっぽく囁いた。
「……男性の股間に強化をしたらどうなるのかしら? きゃっ!」
耳まで赤くして両手で顔を隠すヴァリー。
だが、聞き耳を立てていたフリードの瞳が怪しく光った。
「……なるほど。今日の夜……」
ぼそりと呟いたその声を、ヴェゼルは聞き逃さなかった。
だが彼は何も言わず、ただ黙って口元を押さえた。
翌朝。
領館の食堂に入ってきたオデッセイは、どこかぎこちない歩き方をしていた。
腰をそっと抑え、椅子に座ると苦い顔をする。
「お、おはよう……」続いてフリードも現れた。
やはり腰が安定しない歩き方で、同じように椅子に座ると、小声で呻いた。
「うっ……筋肉痛、いや、これは……」
その様子をじっと見ていたアクティが、にやにやと笑みを浮かべて口を開いた。
「……きのうは、おたのしみでしたね。おきゃくさん」
場が一瞬静まり返る。
「なっ……!」
「~~~~っ!」
真っ赤になるフリードとオデッセイ。
慌てて視線を逸らし、スープに顔を突っ込むように食べ始める。
ヴェゼルは気づいていた。
だが、何も言わずにただパンをかじる。
(……身体強化魔法って、ほんと色々応用できるんだな)
呆れ半分、感心半分で心の中でつぶやいた。
アクティ年齢詐称疑惑。




