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第115話 森のくまさんでBBQ

領館に戻ると、玄関先にすでに知らせを受けて駆けつけていた人々が集まっていた。


その中で真っ先に飛び出してきたのはバーグマンだった。


「アビー! 無事か!? 怪我はないのか!」


普段は豪胆で大らかな彼にしては珍しく、かなり慌てた様子だった。大きな手でアビーの両肩をつかみ、上から下まで視線を走らせる。


アビーは少し気まずそうに、しかし安心した笑みを浮かべて答えた。


「だ、大丈夫。ヴェゼルが……ヴェゼルが助けてくれたから」


そう言って、背に負ぶわれたままの姿勢でヴェゼルをちらりと見る。


頬を少し赤らめているのは、戦いの疲労だけではなかった。


バーグマンは一瞬だけ目を見開き、それから表情を和らげてヴェゼルに向き直った。


「……そうか。婿殿、アビーを助けてくれてありがとう。お前がいてくれて本当によかった」


低い声で、だが力強い感謝を告げる。その声音には嘘偽りのない重みがあった。


褒められることに慣れていないヴェゼルは、思わず耳の後ろをかきながら、照れ隠しのように呟いた。


「い、いえ……僕は、ただ出来ることをしただけですから」


そんなやり取りの最中、門の方からどよめきが起こった。


見ると、三メートル近い巨体のグラップラーベアを縄で引きずりながら、グロム、トレノ、そしてアビーの従者キックスが戻ってきたのだ。


血に染まった毛皮が、でどす黒く光っている。


その迫力に、見物していた侍女や従者たちが小さく悲鳴を上げるほどだった。


「で、でっけえ……」


「こんなのが森にいたなんて……」


人々の間にざわめきが走る。


その時、領館から駆けつけてきたのはフリードだった。


腕を組み、顎に手を当ててじっくりと熊肉を眺める。


「ふむ……グラップラーベアか。こいつぁ狩ってから二、三日熟成させるのが一番美味いんだが……」


そこで一拍置き、フリードはにやりと笑った。


「……まあ、今日でも十分に旨いはずだな! こんな大物が手に入ったんだ、みんなでパーティーと洒落込もうじゃないか!」


その声に、周囲から歓声が上がった。


「おおっ! 宴だ!宴だ!」


「肉料理だぞ!」


一気に人々の空気が明るくなる。


さらにフリードは付け加えた。


「それから、カムリ。もし肉が余ったら、街の人や、先日の戦で夫を失った未亡人たちにも分けてやってくれ。こういう時にこそ皆で喜びを分かち合うべきだ」


それを聞いたアクティが両手を突き上げて叫んだ。


「さすがフリード! さすフリ!」


その場はどっと笑いに包まれ、いよいよ庭で大掛かりなバーベキューの準備が始まった。



広い庭に火鉢や鉄串、大鍋が次々と運ばれ、侍女や従者が大忙しで立ち働く。


やがて焚き火が次々と上がり、香ばしい匂いが夜気を満たしていった。


鉄串に刺された分厚い熊肉がじゅうじゅうと音を立て、滴る脂が火に落ちてぱちぱちと弾ける。


香辛料とハーブをすり込んだ塊肉は香りだけでよだれが出そうだ。


「おおっ、こりゃたまらん!」


「うちの畑の芋も焼けるぞー!」


「酒が飲みてー!」


人々の笑い声と歓声が絶えない。普段は静かな庭が、まるで祭りの広場のように賑わっていた。


ヴェゼルも串を片手に、煙に目を細めながら人々の輪に加わっていた。


一方のアビーは、まだ少し青い顔をしていたが、それでも無理に笑みを作り、ジュースを手にしていた。


やがて、彼女は立ち上がり、少し声を張って皆に告げた。


「……今回、私は何もできませんでした。怖くて動けなくて……本当に、ヴェゼルに守られてばかりでした」


静かに、人々が耳を傾ける。


アビーは拳をぎゅっと握りしめ、言葉を続けた。


「でも、もう二度と同じ思いはしたくありません。これからは鍛錬や模擬試合だけじゃなくて、実戦も積んでいきます! もっと強くなって……大切な人を守れるようになりたいから!」


その真剣な声に、拍手と歓声が起こった。


「おお、アビー様!」


「よく言った!」


ヴェゼルは隣でその横顔を見て、心の中でそっと頷いた。


アビーの言葉には震えがあったが、その瞳には強い光が宿っていた。


――守られるだけじゃなく、共に戦いたい。


その思いは、まだ幼い彼女の中に確かに芽生えていた。



肉を頬張り、酒を酌み交わす人々の中で、アビーはふとヴェゼルを横目で見た。


彼は、いつものように楽しげに笑っている。


――あの時、私を守ってくれた背中。


――あの時、必死に戦ってくれた姿。


思い出すたびに胸が熱くなる。


今までは「弟みたいで可愛い」とか「頼れるお友達」という感覚だった。


けれど今日ばかりは違った。


――男の子なんだ。


――私を守ってくれる人なんだ。


たとえお互いまだ六歳でも、アビーの胸にははっきりとした恋心が芽生えていた。


だが、彼女が視線を送った先で――ヴェゼルはサクラとヴァリーに両脇を固められ、楽しげに肉を分け合っていた。


「はいヴェゼル、あーん♪」


「次は私の番よ!」きゃあきゃあと盛り上がる二人。


その光景にアビーの眉がぴくりと跳ね上がる。


「……な、なによ……!」


負けじとアビーも立ち上がり、勢いよくその輪に割り込んだ。


「ヴェゼル! こっちも食べて! 私が焼いたやつ!」


両手に皿を抱えて、必死に割り込むアビー。


ヴェゼルは口に運ばれる肉に目を白黒させ、サクラとヴァリーは明らかに不機嫌そうな顔をする。




オデッセイの隣でそれを見ていたアクティが、ぼそりと呟いた。


「……これが、しゅちにくりん……か」


小声ではあったが、フリードには届いていたらしい。


彼は酒をぐいとあおり、苦笑いを浮かべた。


「まったく、賑やかなもんだな……」


こうして庭の夜は更けていく。



今は熊肉の香ばしい匂いと、笑い声と、そして複雑に絡み合う幼い恋心を乗せながら。


アクティ、めちゃめちゃ頭が良いですね。。これで3歳か。。

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