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閑話 カミアの話 03

いつもの部屋にこもって、ひたすら魔法の式と注釈を書き連ねる日々


──それが、私、カミアの生活だ。窓際のランプは夜を切り取り、机の上には散乱した古い写本と、数種類の粉末、そして半分飲みかけの燗の入った陶杯がある。


魔素の流れを視覚化するための落書きのような図面が壁一面に貼られ、弟子たちが整えた薬草の束が数束、無造作に縛られて天井から吊られている。


時折、庶民用の店で手に入れた甘い菓子が差し入れられ、私はそれをつまみながら古い記録と現代の観察データを照合する日々を繰り返している。


そんな孤高の学究の巣穴に、今日もまた例によって例の連中がやって来る。


彼らの足音はいつもやかましく、空気を乱し、書類の山に微かな震えを与える。まずはドアを乱暴に開け放つ音。驚きもせずに私が「また来たのか」と呟く間もなく、ジョルノが顔を突っ込む。


「よう、カミア! いるかー! 引きこもりの天才、いるよなー!」


そのときの彼の顔はいつもラフで、無邪気で、空気を吸うときのように周囲を飲み込む。


真っ直ぐで、何事も高度に単純化する才能を持つ男だ。筋肉が語る感情は多くを言葉にしない。彼はいつも大声で来る。ある意味、世界に対する敬意の表し方が雑だ。


そしてその後ろに控えめに立っているのが、ザンザスだ。いつも通り、きちんとした格好、整った身なり。


彼の表情は真面目で少し堅苦しく、一見するとジョルノの騒がしさに冷水を浴びせるような存在だが、実は二人とも私にとっては、不可欠な愉快な破天荒である。


「事前に連絡しろ。ノックもせずに入って来るな」


──弟子たちが小言を浴びせるのはいつものことだ。私は机から顔を上げ、冷たい視線を向けるが、心の片隅でそのやかましさが懐かしくもある。彼らは私の生活を無理矢理に侵食し、私の単調な毎日に雑音と色をもたらしてくれるからだ。




出会いは些細な偶然から始まった。


疲れ切った日、プルオーバーのマントを目深に被り、私はいつもの街の場末の酒場の片隅で燗を一杯やっていた。


壁の漆喰は煤にまみれ、酒場の客は皆それぞれの悩みと笑いを交互に織り交ぜていた。


そんなとき、ジョルノがズカズカとやって来て「おう、一緒に飲まねえか!」と無遠慮に差し出した。


それが始まりだった。彼の後ろには、堅物そうなザンザスがいて「迷惑かもしれないが、飲ませてもらう」と控えめに頭を下げたのだ。


酒が進むにつれて、彼らは私に自分たちができることを少しずつ打ち明け、私も自分が研究している断片的な理論を、つい口にしてしまった。


笑いが深まるうちに、気がつけば三人で酒場から私の屋敷へ戻り、そこで更に深酒となり、翌朝は三人ともベッドの上で酒まみれで、ゲロまみれ。


誰の手か足かも分からないような、ぐちゃぐちゃに絡み合って寝ていた──まぁ、服は着ていたので、そう言う意味では、『清いお付き合い』という範疇には入っているだろう。


男女を超越した完全なる『飲み仲間』だ。


あの朝の記憶は今でも私の弟子たちの制裁の種になっている。


以来、ジョルノとザンザスは私の“外側の世界”であり、夜更けの破天荒な友であり、酒のしみ込んだ弟子であり続ける。


彼らは好奇心の矛先が私へと向くと、すぐに熱狂してしまう。


たとえば、私が「五属性の体系をこう変えると、魔素の安定領域が広がる」とメモを示すと、ザンザスはその理論の整合性を検証し、ジョルノは「その理屈で殴ってみろ!」と、直感的に応用を望む。あまりに異なる二人の性格が、私の研究の刺激となる。


ジョルノは非常に素朴な魔法観を持つ。彼が扱うのは“聖”の側面の奇妙な発現だ。一般に聖魔法というと、外部に魔素を放出して傷を癒すタイプが主流である。魔素が流れ込み、欠損を補うように組織を再生させる。


それは優雅な術式であり、詠唱も緻密に組み立てられたものだ。


だがジョルノの聖魔法は違う。彼の体内で魔素を“内発”させることで、筋繊維を瞬間的に強化する。


つまり彼は自らを生体兵器のように強化するのだ。


これはかつて“身体強化”と呼ばれたものではない。戦場での暴れ方は尋常でないのだ。


ジョルノは自らの肉体を鋼に近い状態に変え、衝撃に耐えるだけでなく、まるで別種の獣のように加速する。彼の喜びは単純だ。「もっと強く、もっと遠くへ飛びたい」


──筋肉が発するその究極の欲望は、彼の魔法を純粋にしている。


それに対してザンザスの魔法は「穏当」だ。五属性(火・水・風・土・聖)を発動することはできるが、どれも教科書的な範囲に留まる。


たとえば火なら掌の中で赤い火の種が生まれ、五秒ほどかけてそれを粒状の火球に育て上げ、母指程の大きさで放つことができる。速度は時速五・六十キロに匹敵するという形容が最も近いだろうか。


だが「凡庸」と言ってしまえばそれまでである。しかし、この世界では凡庸が稀有である。


魔術戦の試合で五秒で魔力操作を完了できる者は少なく、ザンザスのその速さは、周囲から「脅威」と見なされる。


彼はまた、剣術の才も持っている。理性と技巧の結合体だ。


私が「収納魔法を説明しようか」と言うと、ジョルノは首を横に振ってこう言った。


「そんな面倒臭い魔法いらねえ。俺は肉体強化でもっと突き抜ける」その潔さは美しい。


ザンザスは真面目に聞き入り、私に質問をすると、私が何を説明しても一字一句に真剣に耳を傾ける。


ジョルノは私の教えを端折って自分のやり方で咀嚼し、ザンザスは私の言葉を確実に体系化する。


そんな二人の存在が、やがて私の研究を助け、また私の精神を崩壊から救った。研究ばかりで人間的な交流が封じられかけていた私の世界に、彼らは“暴力的な友情”という栄養を注ぎ込んでくれたのだ。


とはいえ、彼らが来ると部屋は常に荒れる。弟子たちはそれを片付ける羽目になり、私は謝り、酒場の話を聞き、また書き物に戻る。だがある夜、ジョルノがふと真剣な顔をして私に言った。


「カミア、お前の言ってることはな、理屈は分かった。だがそれより、俺はこの体をもっと強くしたい。人を守れるくらいに。教えてくれよ、どうすればもっと伸びる?」


その素朴な問いが、私の研究の新たな灯火になった。私は筋繊維と魔素の関係、外部放出型と自己誘発型の収支バランス、筋組織中の受容体の過負荷に耐えうる血流の改変。


──そうした複雑な生理学的改良を、簡潔にジョルノ向けに噛み砕いて説明した。


彼は理解するや否や、即座に実行しようとする。実験はともなう犠牲もある。


怪我は増え、回復のために詠唱を詰め込む夜が続く。だが彼の表情は晴れやかである。彼が身にまとう強さは、周囲の不安定な時代においても、誰かを守るための最も直接的な言語なのだ。


ザンザスはまた、私の体系化した五属性の応用に魅せられている。


彼はいつも論理的に問い、実践的に応用する。火の応用一つをとっても、彼は火球の軌道計算と空気抵抗の値を即時に頭の中で算出し、結果を戦術に組み込む。


それは私が書物の彼方で夢想していた応用法が、実地で刃となる瞬間だ。


ザンザスが火球を放つとき、私はそれが教科書の一節を現実に変える瞬間であると同時に、私が研究した理論の“検証”を見ている気分になる。


ジョルノが体で語る力を、ザンザスは技巧で表現してくれる。二人は私の考えを、まるで異なる刃で研ぎ、交互に試すようにして磨いてくれる。


私の弟子たちは、不思議な共同体を形作った。


酒場で絡み合い、朝には互いの体をあらい合い、昼には研究室で詰め物のように詩や数式を読み解く。


彼らは私にとって、単なる弟子以上のものだ。ジョルノは痛みを知りながらも前に出る筋肉の擬人化であり、ザンザスは理性と秩序を愛する剣士であり、私はそれを見張る老いた学究だ。


だが、この奇妙な均衡が、世界にとっての一つの“救い”になっていると私は信じている。


研究室の窓に射す夕陽を見ながら、私はふと気づく。


私が体系化した魔法は、人々の暮らしを支え、人々は私の理論を己の腕の中で現実にする。


こうした共同作業が、たとえ小さな灯火だとしても、あの『白い人型』が余所の次元で抱いたような無慈悲な創造欲を潰す一つの力になるかもしれない──と。


夜更け、彼らが去った後の静けさはいつも心地良い。


机の上のランプだけが場を守り、私はまたペンを取り戻す。


ジョルノの愚直な一言も、ザンザスの冷静な疑問も、すべてが私の行う研究の栄養になっていく。たとえ日々が荒れ、辻褄の合わない出来事が無数に起きようとも、私たちは歩む。


私の筆は止まらず、彼らの足音はいつでも扉を叩く──そして私はまた、彼らに怒鳴られ、叱られ、そして時に慰められるのだ。


この奇妙な日常は、私の研究にとって不可欠な副産物であり、また、私の心を保つための最後の砦でもある。


ジョルノの筋肉は今日も歌い、ザンザスの剣さばきは明日へと繋がる。


私は明日、新たに魔法の式を一つ書き、その命題を彼らにぶつけるだろう。


彼らがまた笑い、私が眉をひそめる。


そしていつか、私たちが積み上げた理論が、この世界をほんの少しだけでも安全にする日を夢見て──私はペンを走らせる。


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