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第111話 バーグマンとアビーの来訪

 ホーネット村に、久々の賑わいがやってきた。


戦勝の余韻冷めやらぬビック領に、バーグマンとアビーがやって来たのである。


 到着するなり、バーグマンは大声をあげて駆け寄った。


「フリードォォォーッ!!!」


 その勢いのまま、がっしりと抱きつく。筋骨隆々の中年男二人が、汗と力強さをぶつけ合う豪快な抱擁。


「お前は本当にすごいやつだ! 戦場でのあの姿、鬼神とはまさにお前のことだぞ!」


 むせ返るような熱気。



 バーグマンは腕をぶんぶんと振り回しながら、館の広間で興奮のあまり声を張り上げた。


「百対五千の戦いで勝利だと!? 前代未聞、聞いたことも見たこともない偉業だぞ!!!」


 その声は館の壁を震わせ、控えていた従者や侍女たちも思わずぴくりと身をすくめるほどである。


「フリードォォォッ!! お前の剣ひと振りで五千の兵が屈したのか!? いや、屈したどころか恐怖で逃げ惑ったというのか!? なんという剣鬼ぶりだ!」


 フリードは照れ隠しのように肩をすくめ、鼻で笑った。


「いや、あの……まあ、少し派手に斬り込んだだけで……」


 しかし、バーグマンの興奮は止まらない。


「少し派手!? 少し派手で五千人の敵が退散した!? いや、これは少しどころか“破天荒”だ!! しかも百人しかおらんのだぞ!? 百人で五千!? これは英雄伝どころじゃない、伝説の領主、いや伝説の“鬼神”の所業だ!!」


 その誇張に、周囲は思わず息を呑む。


ヴェゼルは苦笑しながらも、バーグマンの目の輝きに、何か大きな祝福の気配すら感じた。


「しかも、ヴァリー殿もだ!」


バーグマンは次にヴァリーを指差した。


「青い炎を操り、敵を凍りつかせ、火を燃やす! “凍炎”と呼ばれるにふさわしい戦場の女神だ!」


 ヴァリーは顔を赤くして俯いたが、バーグマンの手放しの称賛に思わず嬉しくなる。


「そして、ヴェゼル殿! 奇襲隊のわずか数名で本陣に切り込み、敵司令官を捕縛したとは! “鬼謀童子”! なんという策略家ぶりだ!!」


 ヴェゼルは顔を赤くして首をかしげたが、バーグマンはさらに熱を帯びて続ける。


「百人の兵で五千人を蹴散らし、百戦百勝のような伝説を作り上げたビック家! 妖精の加護があればこそ成し遂げられたとはいえ……これはもはや戦争の歴史を書き換える勢いだ!」


 サクラが小さな手をポケットから伸ばして、ぽそりとつぶやいた。


「……本当に、みんな大げさなんだから」


 しかし、バーグマンの目は光を放ち、笑顔は止まらない。


「いや、誇張でも何でもない! 事実だ! 百対五千で勝利するとは、想像を絶する偉業だ! フリード、ヴァリー、ヴェゼル! このビック家の力は、帝国でさえも一目置かざるを得まい!!」


 館中に響き渡る熱狂的な称賛。


フリードは肩をすくめ、ヴァリーは頬を赤くして照れ、ヴェゼルは苦笑するしかなかった。


 だが、バーグマンの興奮は、称賛と羨望の入り混じった純粋な感動であり、その声はビック家の者たちの胸にも熱を与えたのであった。


 その光景を見ていたサクラが、ひょっこりヴェゼルのポケットから顔を出して、冷めた調子でぼそりと呟いた。


「……あまり親父同士の抱き合いって見たくはないわね。暑苦しいったらない」


 だが、バーグマンの興奮は収まらない。


彼のヴェクスター領でも、すでにビック家の活躍は大きな噂になっていたのだ。


「聞け、フリード! お前には“剣鬼”の異名がついたぞ! あの鬼神のごとき働き、誰もが震え上がっておった!」


 フリードは照れたように頭をかいたが、まんざらでもない顔である。


するとバーグマンは今度はヴァリーの方を振り向いた。


「そしてヴァリー殿! 青白い炎を自在に操るその戦いぶり――“凍炎”と呼ばれておる!」


 ヴァリーは顔を赤らめ、嬉しさと照れで小さくぺこりとお辞儀した。


「そ、それほどでも……」


 ところがバーグマンはさらに声を張り上げる。


「それだけじゃないぞ! ヴェゼル殿! お前はわずか数人の奇襲隊で敵本陣に斬り込み、敵総大将を捕縛したとか! “鬼謀童子”の異名がついたのだ!」


 その言葉に、ヴェゼルは思わず苦笑する。


“童子”という響きがどうにも可愛らしく、しかし敵からすれば恐ろしい名なのだろう。


 バーグマンは両腕を大きく広げ、胸を張った。


「いやぁ、ビック領には妖精の加護があるという噂も、もはや真実味を帯びておるな! その嫡男ヴェゼルの婚約者にアビーが選ばれたのだ、わしの鼻も高いわい!」


 ご満悦である。


 そこへアビーが駆け寄り、満面の笑顔でヴェゼルに抱きついた。


「ヴェゼル! 大活躍、本当に素敵! 私も、私も嬉しいわ!」


 柔らかい腕に包まれたヴェゼルが戸惑っていると、アビーはそのままヴァリーのところにも走って行き、ぎゅっと抱きついた。


「ヴァリーさんもすごかったです! わたし、本当に尊敬してます!」


 抱きつかれたヴァリーは、口元を緩め、頬を赤くしながらも嬉しそうに抱擁を返す。


 そして、アビーはさっとヴェゼルの耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。


「……でも、もうこれ以上、他の女の人を寄せつけないでね?」


 ヴェゼルはひやりと背筋を冷たくしながら曖昧に笑うしかなかった。


 すると、ここでサクラがぷんすか顔を出した。


「ちょっと! なんで私の話は出てこないのよ! 私だって大活躍したのに!」


 ヴェゼルは苦笑しつつ、すぐに宥めるように言った。


「サクラの活躍は、僕が一番知ってる。だから、それでいいんだよ」


 その言葉にサクラは頬を染め、ぷいと顔を背けて呟く。


「ふ、ふん。わかってるじゃないの……べつに、それでいいけど」


 ツンとデレが同居する小さな声。


周囲は思わず吹き出した。


 さて、その場にいたバーグマンの視線が次に止まったのは、末娘アクティであった。


目が合った瞬間――バーグマンの顔がくしゃりと歪み、目から大粒の涙があふれ出す。


「うぉぉぉぉん!!! アクティ嬢が今回は一番たいへんだったのう! 頭に怪我を負ったと聞いた! かわいそうに!」


 叫ぶや否や、彼はアクティに飛びつき、抱きしめる。


 ずるずると鼻をすする音。ぽたぽたと涙がこぼれる音。


アクティの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていった。


「……お、おにーさまぁ……たすけて……」


 必死に逃げようともがくが、バーグマンの腕は鉄のように固く、びくともしない。


やがてアクティは抵抗を諦め、瞳から光を失い、無表情のままぐったりと身を委ねた。


「……もう、『む』だわ……」


 その光景に、周囲は凍りつくやら笑うやら。


 オデッセイは苦笑しながら、そっとハンカチを差し出した。


「……もう、困った人ね」


 一方フリードは、「可哀想だな」と口では言いながらも、なぜか楽しそうな顔をしていた。


普段からアクティに散々いたずらされていた鬱憤が、奇妙な形で晴れているのかもしれない。


 さらに後ろに控えていたグロウ、ルークス、トレノ、セリカらにも、バーグマンは一人ずつ声をかけ、力強く労いの言葉をかけていった。


「お前たちもよくやった! ヴェゼル殿の周りには頼もしい仲間がいるな!」


 皆がそれぞれに頬を赤くし、誇らしげに胸を張る。


 こうして、笑いと涙と鼻水に包まれながら、バーグマン一行は賑やかに領館の中へと入っていったのであった。




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