表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

113/368

第110話 ヴァリーとヴェゼルのデートの日 その後のわちゃわちゃ

 その日、ヴァリーは満ち足りた表情で領館の門をくぐった。


 ヴェゼルと手を繋いで帰ってくるだけのことなのに、彼女の顔からは「世界で一番幸せです」と書いてあるかのような光が漏れ出ていた。


 ……が、その様子をじっと窓の隙間から見ている小さな観察者がいた。


 一階の出入り口の隣の窓辺から、じっと、にやりと口角を吊り上げながら覗いていたのはアクティである。


 その気配に気づいたヴェゼルは「ん?」と視線を上げかけたが、ヴァリーが慌てて引っ張るので、そのまま館の扉をくぐった。


 玄関に入るやいなや、アクティが猫のように飛びついてきた。


 「おにーさまっ! にごうさんとのでーとはどうでした?」


 満面の笑みで放たれたその一言に、ヴァリーのこめかみがピクンと跳ねた。


 「に、二号さんじゃないもん! 私は婚約者なの! 婚・約・者!!」


 必死に声を張り上げて、目の前の三歳児に力いっぱい反論するヴァリー。だが、幸せオーラが全身から溢れ出ているせいで、まったく迫力はない。


 「ふーん……でも、かおがにやにやしすぎてますね?」


 アクティは細い目でじろりと観察し、すぐに核心を突いた。


 「ねえ、ちゅーした?」


 瞬間、ヴァリーの顔が炎のように真っ赤に染まった。両手で頬を押さえ、文字通り「もじもじ」と体を揺らす。


 その反応を見たアクティの目がギラリと光る。


 「……なるほど。おにーさまは、てがはやすぎ!」


 そして次の瞬間、全力の肺活量で叫んだ。


 「おかーさまぁぁぁー!! おにーさまがヴァリーさんとちゅーしたってーー!!!」


 廊下や部屋に控えていた執事、侍女、従者たちの耳に、見事に響き渡った。


 「っ!?」


 ヴァリーは悲鳴を上げてしゃがみ込み、頭を抱えた。真っ赤に染まった顔は今にも爆発しそうである。


 一方、ヴェゼルは「いや、その……」と釈明の言葉を探したが、使用人たちが「へぇ……」という目で見ているのを感じ、余計に居心地が悪くなった。


 ――その夜。


 食卓には、フリード、オデッセイ、アクティ、グロウ、ヴァリー、そしてサクラが勢揃いしていた。


 「ふはは! 賑やかな食卓はいいもんだな!」


 フリードが上機嫌で笑うと、オデッセイも「本当にそうね」と頷いた。


 食卓の雰囲気は温かく、どこか新婚旅行帰りの一家のようですらあった。


 そんな時、執事のカムリが恭しく手紙を差し出す。


 「ヴェゼル様、急ぎのお知らせでございます」


 開封したヴェゼルの顔がぱっと明るくなる。


 「明日、バーグマンさんとアビーがホーネット村に来るって!」


 「えぇっ!」


 アクティがにやにやとヴァリーを横目で見た。


 「ついに、らいばるがとうじょうね、ヴァリーさん」


 挑発的な口調だったが、ヴァリーは少しも怯まなかった。


 「楽しみです! アビーさんとまたお話できるなんて!」


 無邪気にそう答えるヴァリーの真剣な笑顔に、アクティは「ちっ」と舌打ちした。


 ――この人、ぜんぜん警戒してない……。


 アクティの心に、邪悪な策を練る黒い炎が静かに燃え上がった。


 「……なにか、さくせんをかんがえないと」


 不敵な笑みを浮かべる三歳児。その顔は妙に老獪だ。どこぞの軍師よりも老獪だ。


 一方、オデッセイとヴェゼルは顔を見合わせて笑った。


 「本当に、どうでもいい日常ね」


 「うん。でも……こういう時間が、一番幸せかも」


 フリードは肉を頬張りながら、うんうんとうなずき、目頭を押さえていた。


 「……俺は幸せだ……」


 食卓は笑いと小競り合いで、賑やかに過ぎていった。


 ――夜。


 ヴェゼルの部屋には、いつものようにサクラがいた。


 ヴェゼルの小さなベッドの上で、ちょこんと枕を占領している。


 本当は収納箱にきちんとした部屋があるんだが。


 「ねえ、ヴェゼル」


 眠る前、サクラが急に真剣な声で呼びかけた。


 「目をつぶって」


 「え、なんで?」


 「いいから!」


 訝しみつつも、ヴェゼルは素直に目を閉じた。


 その瞬間、柔らかで小さな感触が唇に触れる。


 「――っ!」


 驚いて目を開けると、目の前でサクラが顔を真っ赤にしていた。


 「い、今の……」


 「チュー」


 妖精は小さな手で口を押さえながら、得意げに笑った。


 「でも、言っておくけど……ヴェゼルが寝てるときに、もう何度もしてるから」


 「えええええええっ!?」


 部屋中に絶叫が響き渡った。


 「な、なんでそんなことを……!」


 「ふふん。だって私、ヴェゼルの“妖精第一夫人”だもん」


 そう言ってサクラは小さく舌を出し、布団にもぐり込んだ。頬は赤いが、その目は妙に勝ち誇っている。


 ヴェゼルは天井を仰ぎ、両手で顔を覆った。


 「……なんなんだよ、もう……」


 疲れ果てた声を漏らしつつも、心の奥がほんのり温かくなる。



 ――こうして、ホーネット村の一日は、騒がしくも幸福な余韻に包まれて終わっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ