第102話 走馬灯 そして虚無
……ああ、見える……
あの日の庭が、まだ目の前にあるようだ。
幼い子供たちが集まった鑑定の儀。
誰よりも大きな体で、朗らかに笑っていたあの少年――フリード。
俺と同じ年なのに、誰もが彼の周りに集まっていた。
剣を振れば敵なし、声を上げれば皆が笑った。
……羨ましかった。
あの光の中に、俺も入りたかった。
けれど父は言った。
「貧乏な辺境の万年騎士爵の小僧に劣るとは、恥を知れ」
拳が頬にめり込み、血が鉄の味を残した。
……俺は、声をかけることさえできなかった。
本当は友になりたかったのに。
そして学園で出会った少女――オデッセイ。
小さな体に、真っすぐな瞳。
いつも一人で、誰も寄りつかないその姿が、俺には……眩しかった。
声をかけたくて、けれど言えなくて。
ある日、彼女に友ができたと知った時、なぜか安堵した。
自分は孤独のままなのに、なぜか嬉しかった。
……それが恋だったのだと、今になってわかる。
あの時、ただ一度だけ二人の会話を聞いた。
フリードが「お前は賢くていいな」と言い、
オデッセイが「あなたの剣はすごいわ」と微笑んだ。
……それだけの言葉なのに、世界がきらめいて見えた。
俺も一歩踏み出していれば――
いや、三年も躊躇した臆病者に、そんな資格はなかったのだろう。
やがて父の声が俺を縛った。
「平民を侮れ。貴族の矜持を忘れるな」
その声が耳に焼きつき、心を侵した。
気づけば俺は、父のように憎しみでしか人を測れなくなった。
本当は……ただ、認めてほしかっただけなのに。
クリッパー。お前のことも愛していた。
だが……お前を見るたび、俺自身の劣化した姿が映ってしまった。
心のどこかで、お前を拒んでいた。
ローグ、お前は真っ直ぐに育ったな。
それは喜ばしいことのはずなのに、なぜか俺には遠すぎた。
……フリード。
……オデッセイ。
俺は……ただ、お前たちと笑いたかった。
隣に立ちたかった。
それだけだったのに……
なぜ、こんなに歪んでしまったのだろう。
――ああ……暗い……
もう、何も……見えな……
でも…お前達の…記憶に……少しでも…俺の…
そして、スタンザの瞳は虚ろに開いたまま、光を失った。
それは、一瞬の出来事。そして、一瞬の最期の記憶。




