第10話 鑑定の儀を受けに辺境伯の城へ-4
城門を抜けてすぐ、馬車は石畳を軽快にコトコトと進んでいった。
夕暮れの橙色が石の壁に反射して、通り全体がほのかに赤く染まっている。
城下町の建物はどれも整然と並び、屋根瓦は均一な色合いで、窓には花が飾られているものも多かった。
田舎の村とはまるで別世界。まるでテーマパークの中に迷い込んだようで、俺は思わず窓に張り付いた。あそこに似てるな。千葉のアン◯ルセン公園。。
やがて、辺境伯から指定された宿に到着した。気を利かせて、ヴェクスター男爵家とは隣の部屋になったようだ。
外観は木造と石壁を組み合わせた、落ち着いた雰囲気の建物だ。
白い漆喰の壁は丁寧に磨かれており、木枠の窓からは暖かなオレンジの灯りがこぼれていた。
入口には清潔にされており、馬車が止まると同時に、宿の主人らしき男や従業員が勢揃いして、深々と頭を下げた。
「ヴェクスター男爵家、ならびにビック騎士爵家御一行様、ようこそお越しくださいました。お部屋の用意は整っております」
その声色も態度も、村の宿屋で聞くぶっきらぼうなものとはまるで違う。
俺は思わず(……なんか、超VIP扱いじゃん……!)と心の中で突っ込み、同時に場違いな居心地の悪さに小さな肩をすくめた。
中へ入ると、床は磨き込まれた木板がつややかに光り、壁にはランプが等間隔にかけられていた。
廊下を歩くだけで、革靴が「コツ、コツ」と響き、宿というより小さな館のような雰囲気だ。
宿の主人は丁寧に頭を下げながら、俺たちを二階の部屋へと案内した。
部屋に入った瞬間、俺は驚いた。
広々とした空間に、真新しい白いリネンがかけられたベッドが二つ並び、窓際にはしっかりとした木の机と椅子。
壁には織物のタペストリーが掛けられていて、色鮮やかな鳥の模様が描かれていた。
窓を開ければ、石畳の通りを行き交う人々の声や、遠くで鳴る楽器の音色が風に乗って流れ込んでくる。
「まぁ……!」
母オデッセイが感嘆の声を上げる。
「とても清潔ね。これなら安心して休めそうだわ」
父フリードは腕を組んで、天井を見上げる。
「む……梁も丈夫だな。剣を振ってぶつかっても崩れそうにないな」
(父さん、泊まる宿の評価ポイントそこじゃないだろ……)と内心突っ込む。
部屋を覗きにきたアビーはというと、ベッドの端に腰掛けて「ふわぁ……」と小さな声を漏らしていた。
彼女の瞳はきらきらと輝いていて、きっと俺と同じように、田舎では見られない「文明の匂い」に圧倒されているのだろうか。
やがて夕食が運ばれてきた。
またもやヴェクスター家とは同じテーブル。
スープは透き通る黄金色で、香草の香りが食欲を誘い、肉は骨ごと煮込まれ柔らかく仕上がっていた。
俺が匙を口に運ぶと、舌の上で肉の旨味と野菜の甘みが広がり、思わず目を見開いた。
(……やば。これ、コンビニのレトルトなんか一生勝てないやつだ……!)
母は「美味しいわねぇ」と微笑み、アビーは頬をふくらませながら「ヴェゼルも食べなさいよ!」と俺の皿にパンをちぎって乗せてきた。
(いや、俺もう大人の男だぞ……!)と心の中で抵抗しつつも、なんだかんだでありがたく食べてしまう。
食後、皆が順に湯浴みを済ませると、夜は静けさを取り戻した。
窓の外には無数の灯りが瞬き、石畳を歩く人々の影がちらちらと映る。
酒場から笑い声が遠くに響き、屋台の呼び込みの声もまだ途切れていなかった。
俺はベッドに潜り込んだが、緊張と期待が胸をざわつかせて、どうしても眠れなかった。
(明日はいよいよ辺境伯の城へ……そして鑑定の儀か……)
この小さな体は疲れているはずなのに、頭の中は現代人意識は意識でぐるぐると動き続ける。
(……あの「白い人型」……あいつ、俺にどんなチートスキルを与えてくれるつもりなんだ?
いや、チートって確定してるわけじゃないけど……でも転生ってそういうイベントだろ?)
期待と不安が交互に押し寄せ、胸の奥がむずむずと落ち着かない。
そのとき――。
ドアのノックの音が、静かな部屋に「コツ、コツ」と柔らかく響いた。
俺はびくりと身を起こし、返事を迷っていると、すぐに聞き慣れた声が続く。
「ヴェゼル……起きてる?」
囁くようなアビーの声。
俺は少し間を置いて、布団の中から這い出て、ドアをそっと開けてて小さな声を返した。
「う、うん。……眠れなくて」
すると、くすっと笑う気配がした。
「わたしも」
その瞬間、胸の奥にあった重苦しいものが、ふっと軽くなる。
同じ気持ちを抱えてる人がいる――それだけで、不思議な安心感に包まれる。
「明日、きっと大丈夫よ。ヴェゼルだもん」
短く、でも確信に満ちた声。
子どもらしい無邪気さよりも、むしろ大人びた強さを感じさせる響きだった。
その言葉は、心の奥にこびりついていた不安をするりと溶かし、代わりにあたたかな灯をともしてくれる。
(……なんだよそれ。俺よりよっぽど大人じゃないか)
俺は思わず小さく笑い、お互いおやすみと呟き、そっとドアを閉めた。
自然とまぶたが重くなり、呼吸も穏やかに落ち着いていく。
その様子を、同じ部屋にいる両親は気づいていた。
母オデッセイは布団の中で目を細め、小さく息を吐く。
「まったく……あの子たち、まだ小さいのに」
だがその声は出さず、ただ胸の中でそっと呟くだけ。
父フリードは無言で目を閉じる。
武人らしい無骨な顔に、わずかに柔らかな笑みが浮かんでいた。
(……明日も、大丈夫だろう)
そう信じながら、彼も眠りに身をゆだねていった。
窓の外では、城下町の灯りが風に揺れ、点々と星のように瞬いている。
遠くからは酒場の笑い声や楽器の音がかすかに届き、旅人を慰めるように夜を彩っていた。
俺はその光景を、薄れゆく意識の中で最後に見た。
そして――温かな安心感に包まれながら、静かに深い眠りへと落ちていった。




