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第01話 視界がブラックアウト。

俺――和田好希の人生は、まあ「無難」というやつだった。


波乱もなく、大成功もなく、ただただ平均点。


……いや、正直に言えば、ちょっと物足りない。もっと言えば、人生のスパイスが少なすぎて、毎日が薄味のお吸い物みたいな感じ。でも、家族がいたから、味気なさに甘んじることもできた。


若い頃、俺はイラストレーターを夢見て地方の美大に入った。


スケッチブックに落書きしては「将来は絵本を出すぞ!」なんて、根拠のない自信で胸を膨らませていた。


けど、現実は冷酷だ。コンペ・作品展に出しても評価はイマイチ。「あー、これは……斬新ですね」とか、評価者の口癖はテンプレ丸出し。


いや、俺の絵が斬新すぎて誰も理解できなかったんじゃないのか? たぶんそうだ、絶対そうだ(自分に言い聞かせる)。


プロを夢見ても道は険しく、生活のために安定を選んでデザイン会社に就職。


――そこからが本格的な「人生サバイバルゲーム」だった。


朝は満員電車に押し込まれ、昼はクライアントの無茶振りに振り回され、夜は終電ぎりぎりまで修正作業。


「赤をもっと“元気な赤”に」とか「フォントをもっと“おしゃれ”に」とか、抽象的すぎて、何をどうすればいいのか全くわからない。


正直言うと、「元気な赤って……俺が元気じゃないとだめですか?」と毎回思っていた。


気がつけば俺が描いていたのは“夢”じゃなくて“バナー広告”。


太陽をまともに見たのはいつだったか、もう思い出せない。たぶん最後に日の光を浴びたのは大学時代、友人に「青春を感じろ!」と言われて校庭に立ったときだ。あれはたしか……雨が降っていた。


でも人生は不思議なもので、悪いことばかりじゃなかった。


同窓会で後輩のサチエと再会。都会で知人が少ないこともあり、性別を感じさせないサチエと意気投合してよく遊んだ。


でだ、彼女の家に遊びに行ったら、その姉の亜澄と出会う。それが今の妻。



あれよあれよという間に結婚して、三人の娘に恵まれた。


長女はおっとりしていて、次女は気が強くて、三女は甘えん坊。


仕事で疲れて帰っても、「おかえりー!」と小さな手が駆け寄ってくる日々。

……まあ、これがあるだけで多少の理不尽も耐えられる。


人生のテンプレ回想シーンみたいに聞こえるかもしれないが、事実だから仕方ない。


――で、ここで転生フラグが立つんだろうな、と俺も薄々気づく。


五十五歳のある夜。


同窓会で久々に酒を飲んだ。若い頃なら朝まで飲めたが、今では缶ビール二本で顔が赤くなる。


まさに「老化」という名の魔法が俺を蝕む瞬間である。


駅へ向かう途中、なぜか気まぐれでロトくじを買った。


――昔から「買わなきゃ夢もない」って思ってしまうタチだ。


当たるわけないのに、買わずにはいられない。


財布の小銭をジャラジャラ入れながら、「どうせ当たらん、どうせ当たらん」と心の中で唱える俺。

――もう何が希望で何が絶望か、わからない。


終電間際のホーム。


人影もまばらで、冷たい風が吹き抜ける。


俺は買ったばかりのロトくじを握りしめて、酔った勢いでつぶやいた。


「一等当たったら沖縄移住だな! いや、ハワイもいいか……娘たちが来て、孫とビーチでBBQ……」


――誰も聞いちゃいない。もし聞かれたら、ただの痛いオッサン。


でも、この時間、この場所なら許されるだろう。

ホームの蛍光灯がジジ、と鳴り、影が揺れる。


俺の声だけが無駄に響いて、ちょっと寂しいけど、なぜか心地よい。


「……さて、明日も仕事か。いや、でも夢のために生きるか。いや、やっぱり酒かな」

――と、まるで人生の二択を永遠に繰り返すオッサン。


まさかこの後、俺の平凡な人生は完全にぶっ壊れることになるなんて、知る由もなかった。




その数秒後だった。


「ズキッ」


胸の奥を、誰も持っていないナイフで突かれたみたいな痛みが走る。


最初は「胃もたれかな?」と思った。酒、弱くなったし。


いや、待てよ……胃もたれってこんなに息できなくなるか?


呼吸が浅くなる。胸が締めつけられる。足もガクガク。


握っていたロトくじが、まるで人生の希望そのものみたいに指の間からヒラリと床に落ちた。


「……これ、もしかして心筋梗塞……?」


膝が崩れる。視界が傾く。冷たいタイルの床が、まるで俺の人生を嘲笑うかのように迫ってくる。


「あ、いや待て。俺の人生、マジでここで終わるのか? 沖縄のビーチは? ハワイのBBQは? 未来の孫たちは!? 俺のラストシーン、駅のホームって、なんだそれ!」


遠ざかる蛍光灯の光。


耳鳴り。心臓がまるでバスドラムの連打のように暴れる。


必死に助けを求めようと口を開くが……声にならない。


「マジかよ……俺、ここで……死ぬのか……」



最後に浮かんだのは、妻と娘たちの笑顔。


長女の「おかえりー!」、次女の「お父さん!」、三女の「抱っこー!」


いや待て、それ全部思い出かよ! せめて現実で会わせろ!


ブラックアウト直前、俺の頭にひとつの疑問が浮かぶ。


「……ちょっと待て、このまま死んだら、俺のロトくじはどうなるんだ?」


「……いやいや、現世の未練ランキングで『ロトくじ未確認』って、かなり上位じゃね?」


そして、意識が闇に飲まれる瞬間――


「最後に一言だけ……言わせろ……人生って、無難って……クソだな!」


――目の前が真っ白になった。


天国行きのチケット? いや違う。白すぎて、逆に怖い。


死に際にブラックユーモア全開のオッサン、それが俺――和田好希、五十五歳。


視界の白さに包まれ、心の中でつぶやく。


「……いや、ちょっと待て、こんなところで終わるわけないだろ。俺の人生、もうちょっと派手にしてくれよ……」


次の瞬間、世界がひっくり返るような感覚とともに――


――俺の無難な人生は、思いもよらぬ方向へ大転換することになる。



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