出産
その日、カリス伯爵家は緊張に包まれていた。
夜中からアリシアが産気づき、朝を迎えた今、まさに産まれそうになっているからだ。
「アリシアは大丈夫だろうか?」
夜中に知らせを走らせたのでルーカスもまたカリス家に来ていた。
「ルーカス兄、うろうろしていたって産まれるわけじゃないから座ってたら?」
イリアに言われて一旦は座ったものの、ルーカスはすぐにまた立ち上がるとドアと椅子の間を行ったり来たりする。
呆れたのか諦めたのか、イリアもそれ以上は何も言わなかった。
ルーカスのいるカリス家の応接間にはルーカスとイリアだけでなくアリシアの両親もいる。
二人は落ち着きのないルーカスを見ながらも優雅にお茶を楽しんでいた。
経験上、お産には時間がかかることを知っていたからだ。
「ルーカス殿、心を落ち着けるお茶もあるが、どうだ?」
落ちつかないルーカスを見かねたのかソティルがお茶をすすめる。
それどころではないと断ろうとして、しかしルーカスは気を取り直すと椅子に座ってカップに口をつけた。
「ルーカス殿を見てると思い出すよ」
ふと何かを思い出したのか、ソティルが話し始める。
「?」
「私も最初の子が産まれる時は落ち着かずにうろうろしていたものだ」
懐かしそうな顔をしてソティルはクロエと顔を見合わせた。
「すぐに産まれる子もいれば、時間がかかる子もいますわ」
「そういえばアリシアはのんびりしてたな」
思わぬところでアリシアの話を聞き、ルーカスはかつてのアリシアに思いを馳せる。
アリシアはおっとりしてるから産まれる時もゆっくりだったのだろうか。
となるとそのアリシアの子だからのんびりしているのかもしれない。
自身が産まれた時にどうだったのかをルーカスは知らなかった。
今後も知ることはないだろう。
そうやって話している内にザワザワとしていたルーカスの気持ちもやっと落ち着きを取り戻してきた。
「アリシアに似ているからゆっくりなのかもしれませんね」
軽口を叩く余裕すら出てきたかもしれない。
そうやって過ごして1時間は経っただろうか。
遠くの方から微かに泣き声が聞こえてきた。
アリシアの部屋は2階だ。
すぐ近くで控えていられると落ち着かないからと言ったアリシアの希望もあり、ルーカスたちが待機しているのは1階の応接間だった。
「…!」
ルーカスはバッと立ち上がると部屋を飛び出す。
そしてアリシアの部屋のある2階まで一気に駆け上がった。
「アリシアは?」
部屋の前に待機している侍女に問いかけると、部屋からタラッサが出て来た。
「ルーカス様。おめでとうございます!無事にお産まれになりました!」
タラッサは皆に知らせるために部屋を出て来たところだったのか、ルーカスの顔を見るとすぐに満面の笑みで答えた。
「部屋に入ることはできるだろうか?」
「そうですね、ルーカス様なら大丈夫だと思います」
貴族令嬢の部屋には家族か婚約者しか入れないものだが、今のように出産直後ともなれば家族すら入りづらいだろう。
でもルーカスはすぐにでもアリシアの顔が見たかった。
「失礼する」
一声かけて、ルーカスは部屋へと入った。
そして応接間も兼ねている居室を抜け寝室のドアをノックする。
「アリシア、入っても大丈夫だろうか」
ルーカスの問いかけに中から扉が開いた。
扉を開けた侍女越しにベッドが見える。
ベッドには幾分疲れのみえるアリシアがアフガンに包まれた赤子を抱いて座っていた。
そしてルーカスに気づくと、嬉しそうに微笑んだ。
「ルーカス!元気な男の子だって!!」
本当に嬉しそうに、幸せそうに微笑むアリシアを見て、ルーカスは胸がいっぱいになった。
「お疲れさま。そしてありがとう」
ベッドに近づきアリシアに声をかける。
(二人の子を産んでくれて、ありがとう)
ルーカスはアリシアを抱きしめたかったが、アリシアの腕の中の子を潰してしまいそうで躊躇した。
その姿を見て子どもを抱っこしたがったと勘違いしたのか、アリシアがアフガンごと赤子を差し出してくる。
「ルーカスも抱っこする?」
差し出されたアフガンの中に小さな存在が在る。
無力で、自分では何もできない存在。
でも可愛くて愛しくて優しい気持ちをかき立てる存在。
あまりにも繊細でルーカスが抱っこしたら壊れてしまいそうだ。
固まったっきり動こうとしないルーカスにルーカス自身の戸惑いを感じたのか、半ば有無を言わさずアリシアはその腕に赤子を預けた。
「!」
柔らかくて小さくて。
自分が守るべき存在。
「これからよろしくね、お父さん」
笑いを含んだアリシアの言葉が耳をくすぐる。
暖かい気持ちが、ルーカスを満たしていた。
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