報告
その日の夜、アリシアの部屋の応接間でルーカスはアリシアが領地に戻ってからのことを話してくれた。
今まで敢えてアリシアには伏せられていたことも余さずすべて。
「イレーネ様がそんなことを…」
アリシアの中でイレーネは完璧な公爵夫人のイメージだったからこそ、その結末に驚きが隠せない。
「誰もが道を踏み外すタイミングはある。そこを踏み止まれるかどうかはその者次第だ」
言葉に感情を乗せずにルーカスは言い切った。
そこにどんな思いがあるのか、アリシアにはわからない。
「裁定されたのはニキアス皇太子殿下だ。義母上は王家直轄地の修道院へ入られたよ」
「そう…」
何と声をかけるべきなのか。
こんな時にかける言葉を持たない自分を、アリシアはもどかしく感じた。
「出立の日、義母上はどこかすっきりした表情をされていた。もしかすると義母上も何か重たいものを下ろせたのかもしれない」
そう言うとルーカスは自分の手を見つめる。
「手紙を書いていいか、と言われたよ」
今まで決して親しかったわけではないのに。
考えてみればディカイオ公爵家で残されたのはイレーネとルーカスのみ。
血の繋がりを言えばフォティアの産んだ子がいる。
そしてイレーネとルーカスに血の繋がりはない。
それでも、なぜか残されたのは2人だけなのだと、お互い感じていたように思う。
辛うじて家族を繋いでいた楔を失い、残された内の一人は俗世を離れた。
もはや今までのディカイオ公爵家は失われたも同然だ。
だから。
これからは残された最後の一人としてルーカスが家を繋いでいくのだろう。
その傍らにはいつでもアリシアにいて欲しい。
すっと伸ばされた手がルーカスの視界に入る。
アリシアの手が無意識に握りしめていたルーカスの拳を包み込んだ。
手から温もりが伝わってきて、気が立った心をそっと撫でられているように感じた
。
「ルーカスも手紙を書くのでしょう?」
イレーネから手紙が届けばきっと自分は返事を書くだろう。
その内容はそっけないものになるかもしれないが、拒否する気にはならなかった。
イレーネに対してあんなに複雑な思いを抱いていたのに。
ささくれ立つ気持ちがなくなったわけではないのに。
それでも。
アリシアが側にいるだけで、ルーカスの心は穏やかに凪いでいく。
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