動揺
「先に伝えていたように今日から一週間留守にする。その間の処理は任せるが、何か至急の要件があれば早馬を飛ばすように」
カリス家のカントリーハウスへ向かうにあたって、ルーカスは当面の仕事に関して家令のイオエルに指示を出していた。
ルーカスが当主に就いてから初めての長期不在になるが、今まで長きに渡り当主を補佐してきたイオエルがいれば問題は無いだろう。
「かしこまりました」
「フォティア嬢は変わらずか?」
「はい。乳母は不要と仰られましたので、子育て経験のある侍女をつけております」
イレーネが雇った乳母を解雇してからルーカスは新しい者を雇ってはいなかった。
何よりフォティアがそう望んだからだ。
貴族の家では子育ては乳母が担当することが多い。
おそらくフォティアも当初はそのつもりでいたはずだが。
「…何かあればすぐに知らせるように」
「承知いたしました」
ルーカスは急ぎの仕事を終わらせて今日からカリス領へ向かう。
仕事の目処が立ったのが昨日だったため、先触れはまだカリス家のカントリーハウスには届いていないだろう。
本来であればもう少し早めに知らせなければならないところだが、今回に関しては当主のソティルからすでに許可を得ていた。
偶然王城でソティルに会い、その場で許可を得られたのは好運だった。
不意に、イオエルが辞したドアがノックされる。
「入れ」
許可の声に入ってきたのはビオンだった。
「…まともにドアから入って来ることもあるんだな」
思わずルーカスの口から驚きの言葉がこぼれ落ちる。
「人間なので」
あまりよくわからない返答をしながら、ビオンが一枚の書類を机の上に滑らせた。
「猫には見えんな」
常の身軽さを猫に喩えつつルーカスは書類に目を通す。
「ご命令いただいていたアリシア様周辺の情報です。今日からカリス領に行かれるのであれば必要かと」
「これは影が直接見聞きしたことと解釈していいか?」
「もちろんです。我々は自身で得た情報しか報告いたしません」
報告書にはアリシアの近況が記されていた。
健康に憂いなく過ごしていること。
事件解決後は幾分和らいだ表情になったこと。
イリアとの仲の良いやりとり。
しかしその中に気なる記述を見つける。
「このノエという護衛は以前アリシアに就いていた者とは違うだろう。どういう男だ?」
「カリス伯爵家で一番の実力者だそうです。少し前、おそらくアリシア様のご懐妊がわかった頃に伯爵が護衛の中から抜擢しています」
気になったのは報告書に書かれた一文。
『専属護衛のノエは常にアリシア様を気にかけています』
護衛の仕事は対象者を守ること。
そう思えば気にかけるのは当然ではあるが、その場合『見守っている』という表現になる方が自然だ。
気にかける、というのはそれ以上のものがあるようにルーカスには感じられた。
「なんでも、金髪碧眼で見事な体躯の美丈夫だそうで、今では近隣でも話題の護衛とのことです」
淡々と、ビオンが報告を続ける。
「金髪碧眼…」
ロゴス国では最も好まれる容姿だ。
ルーカスは自身の容姿に対して過剰に卑屈にはなっていないが、異色であるための苦労はしてきた。
アリシアの側にノエという万人に好まれる男がいるという現状に、ルーカスは心穏やかではいられなかった。
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