準備
ルーカスが来ると聞いてアリシアがまず取りかかったのはお菓子を作ることだった。
そもそも貴族の令嬢は厨房に入ることはない。
ましてや料理をすることなど稀で、やったとしても予め作られた料理やお菓子に飾りつけをするくらいだ。
しかしアリシアは違った。
元々アリシアの母も時々手ずから作ったお菓子を振る舞うことがあったため厨房に入ることを止められなかったのも大きいが、アリシアは母以上に厨房に顔を出し、その度にルーカスに贈るお菓子を作っていた。
アリシアが作るお菓子は昔から決まっている。
ルーカスの母が好きだったというナッツ入りのビスケット。
ルーカスの母親は可憐で儚げな見た目に反しあまり甘い物を好まなかった。
思えば性格もさっぱりしていて、案外男勝りだったかもしれない。
確実に言えるのは芯の強い女性だったこと。
元王女でありながら人質同然に他国に嫁ぎ、けれども嘆き暮らすこともなく常に前向きだった。
元王女としての品格を貶めることなく、凛としたまま逝った人。
ルーカスもまた甘い物を好まないがこのビスケットだけは違った。
だからアリシアは、公爵家の別荘へ遊びに行かせてもらった時に図々しくも厨房の料理長にレシピを書いてもらったのだ。
もちろん、公爵家の料理長たる者簡単には教えてくれなかったが、遊びに行くことが決まって以降アリシアが何度も手紙でお願いし、さらには父親の権力なんかも少し使ってなんとか叶ったことだった。
アリシアとルーカスの、そしてルーカスの母の思い出の味を、久しぶりに会うルーカスと楽しみたいと思った。
「料理長、明後日厨房をお借りしたいのだけど、いいかしら?」
厨房の全てを取り仕切っているのは料理長であり、当然そこには材料や厨房の管理が含まれている。
アリシとしては彼らの邪魔はしたくなかったし、また、アリシアが何かを作るのであれば材料の在庫にも影響が出るだろう。
「何か食べたい物などあれば私がお作りしますが?」
「違うのよ。ルーカスが来るから久しぶりにあのビスケットが作りたいの」
「ルーカス様がお見えになるとは伺っておりませんが…」
困惑気味の料理長にアリシアは笑顔で答える。
「3日後に来るんですって!あとで連絡があると思うわ」
「承知いたしました。厨房はもちろんお使いいただいて差し支えありませんが、危険も多い場所なのでご一緒いたします」
料理長としては身重のアリシアに何かあったらと気が気でないのか、厨房を使うのであれば必ず一緒にと約束させられてしまう。
「わかったわ。迷惑をかけたいわけじゃないのよ」
アリシアとしても料理長の気持ちはわかるのでそこに異論は無い。
「次はお部屋の用意かしら?」
いまだルーカス来訪の知らせが無いにも関わらず、アリシアは次の準備に思いを巡らせた。
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