解放
イレーネを見送った後ルーカスは王城に出仕した。
フォティアの結論はまだ出ていないものの、ひとまずの現状報告をニキアスが求めたからだ。
もはや通い慣れた感もある道を通り、案内も必要としないまま皇太子の執務室まで行く。
以前は応接室的役割も兼ねている皇太子の間に通されていたが、いまや執務室に入るのを許されるまでになっていた。
「失礼します」
一声掛けて入室すれば、ニキアスは執務机で書類の決済をしている。
「イレーネ夫人は発ったか」
書類から視線を上げてニキアスが問う。
「はい。今朝方発ちました」
「あと残るはフォティア嬢の決断のみだな」
ニキアスは立ち上がると執務机の前の応接椅子に移動した。
思えば彼は基本的に人と話をする時に何かをしながら話すことがない。
必ず相手の目を見て話を聞く。
「侯爵家の裁判はいつ頃になるでしょう?」
「あちらはまだ集めたい証拠もあるし、もう少ししてからになるだろう」
そばに控えていた侍従がすぐにお茶の用意をすると辺りに紅茶の香りが広がった。
「ところで、カリス家のカントリーハウスまで迎えに行くのか?」
突然の話題転換にルーカスは不意をつかれた。
あまりない表情だったのかニキアスが人の悪い笑みを浮かべる。
「今回の件はほとんど決着がついた。もう危険は無いだろうし、いい加減アリシア嬢に会いたくなっているかと思っていたが」
からかわれている。
ルーカスはそう思ったが、逆にいえばそんなことが言える程度に今回の事件が終わったのだとも感じた。
「もちろん。すぐにでも」
アリシアのことを想うと自然と顔には微笑みが浮かぶ。
「おっと」
呟いたニキアスはなぜか手のひらで顔を覆っていた。
「ルーカス公、その顔はあまりあちこちで振りまかない方がいいだろう」
言われる意味がわからず問い返すように見やれば、ニキアスはやれやれというような顔をする。
「自覚なしか。一番手に負えないパターンだな」
自覚とは何のことか。
全く心当たりのないルーカスに、ニキアスはさらに言葉を続けた。
「常に無表情と言われるルーカス公の、花が綻ぶような笑顔というのは心臓に悪いものだ」
基本的にルーカスの表情筋は仕事をしていない。
己の顔を撫でてみても笑っているとは思えなかった。
「ルーカス公にそんな顔をさせるアリシア嬢に俄然興味が湧いてきた。王都に戻ったらぜひ王城まで連れて来てくれ」
「お断りします」
ニキアスの言葉に、不敬と考える間もなく間髪入れずにルーカスは答える。
もはや脊髄反射レベルの反応にニキアスはさらに笑みを深めた。
「その反応は相手の興味をさらに煽ると覚えておいた方がいいぞ」
藪蛇だった…と思った時には時すでに遅し。
苦い表情をするルーカスに対して、ニキアスはさらに楽しそうだ。
「ところでルーカス公、側近になる気はないか?」
さらなる話題転換にまたもやルーカスは面食らう。
「側近ですか?殿下の周りにはすでに優秀な方々がみえると思いますが」
「残念なことにまだまだ人材不足なんでね」
(まぁ、たしかに)
ニキアス皇太子殿下は人格に優れ、公平で実務能力も高く武芸に秀でている優秀な人ではあるが、なんと言っても人使いが荒かった。
物言いは穏やかに、でも求めてくるもののレベルが高い。
今回の件でルーカスはつくづくそれを感じた。
「私では荷が重いかと思います」
「ニコラオスが…」
ルーカスの返答に対してニキアスはさらに言葉を重ねる。
「ニコラオスが以前言っていた。ルーカス公は自分よりも優秀だと。優秀なのに周りを気にして本領を発揮する気がないようだと」
(そんなことは無い。優秀なのは兄上の方だ)
瞬間的に反発心を覚え、ルーカスは心の中で独り言ちる。
「そしてそのことすら本人は無意識なのだとね」
ニキアスの瞳にどことなく優しい色が灯るのをルーカスは見た。
「だったらその力を解放してやればいい。ニコラオスと違って私は優しくないからね。優秀な人材の能力を埋もれさせておくほど無能ではない」
瞳の色とは裏腹に、どこか露悪的にニキアスが言った。
「ルーカス、その能力を私のために使え」
強制的にでも、解放してやる。
ルーカスを縛るものから。
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