出立
その日、イレーネ・ディカイオ前公爵夫人は結婚後長年暮らした公爵邸を発った。
これから先はただのイレーネとなる。
王都の直轄地の修道院まで、途中で何度も休憩を取っての道行きは一週間近くかかるという。
朝、その出立をルーカスは見送った。
次に相見えるのはいつになるのか。
それともこれきり会うことはないのか。
イレーネはこの3日間で親しくしていた者と別れの挨拶をし、そして時間の許す限りニコラオスの子と会いたがった。
これに関してはフォティアが容認したから叶ったことだ。
この短い時間でイレーネの気持ちにどんな変化があったのか。
険が取れた顔は以前と比べて穏やかな表情を浮かべていた。
「手紙を書いてもいいかしら」
別れの時にイレーネはそう言った。
そこにどんな思いが込められていたのか、ルーカスに知る由もない。
そしてルーカスはその申し出を受け入れた。
自分でもなぜ受け入れる気になったのか不思議だった。
ただ、手紙を書くことでイレーネが自分と向き合い、そして手紙を書くことが生きるよすがになればいいと思ったのかもしれない。
思えばルーカスとイレーネは必ずしも良好な関係だったわけではないが、イレーネが意味もなくルーカスにつらく当たってきたことはない。
それはイレーネとしても乗り越えてはいけないラインだと理解していたのだろう。
絶妙なバランスで成り立っていた関係が、間を繋いでいたニコラオスを失ったことで崩れてしまったのは二人にとってさらなる不幸だった。
(兄上、あなたはこの結果をどう思うだろう)
もう聞くことのできない問いを、ルーカスは胸の中で呟いた。
読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったら、ブックマーク登録や評価などしていただけるととても励みになります。
評価ポチリをぜひとも。
よろしくお願いします。




