テリオスのつぶやき<12>
「テリオス!」
鍵がかかっていたはずの扉がガンッと大きな音を立てて開いた。
椅子の上で縮こまっていた僕はその音にびっくりして顔を上げる。
開いた扉のところに大柄な人がいた。
夕日がその人の背後から差し込んでいるからか、彼の顔は陰になっていて見えない。
誰?
一瞬そう思ったけれどすぐに気づく。
伸びてきた腕が僕を引き寄せその大きな胸に抱き寄せたから。
そしてその人からは馴染みのある匂いがした。
「叔父さん?」
「怪我はないか?」
突然現れた叔父は僕をぎゅっと抱きしめた後今度はあちこちに触れながら聞いてくる。
いつも冷静で取り乱すことのない叔父はその顔に焦りを浮かべていた。
そして心配そうな色を浮かべた瞳が僕をジッと見つめている。
「大丈夫だよ」
本当は大丈夫じゃなかった。
怪我こそしていなかったけれど、訳もわからないまま一人で閉じ込められていた心細さやミリヤが僕にしたことが心に重くのしかかっている。
それでも、弱音を吐くことはできないと思った。
だって、僕が勝手に屋敷を出てきたんだ。
少しならいいかなって思って内緒で出てきてしまった。
じいややばあやを心配させて叔父さんにも迷惑をかけた。
やってはいけないことをした僕が悪い。
僕の言葉を聞いた叔父さんは少し悲しげな顔をした後すぐに僕を抱き上げた。
なんで悲しそうなんだろう?
そう思ったけれど叔父さんの腕の中はとても温かく、心細かったのを忘れるくらい安心できたから。
初めての遠出による体の疲れと気持ちの落ち込みで限界を迎えていた僕は、気づけば叔父さんの腕の中で気を失うように眠りに落ちてしまったんだ。
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目覚めは緩やかに訪れた。
フッと意識が浮上して耳が誰かの声を拾う。
「だから、もっと早くに会いに来るべきだと言ったのよ」
「わかっている。だが何事も準備が必要だろう?」
「事前準備ももちろん大事ですけれど、それでテリオスを危険な目に合わせているのでは意味がないわ」
柔らかな女性の声がそう言った後小さなため息をついた。
「子どもは成長するものよ。いつまでも屋敷の中に閉じ込めておくことはできないとあなたもわかっていたでしょう?」
「ああ。しかし時期が悪かった。問題を片付けたらすぐにでも迎えに来るつもりだったんだが……」
「先を越されたということね」
女性の言葉に何も言うことができなかったのか、男性が黙り込む。
僕は男性の声に聞き覚えがあった。
僕を助けてくれた叔父さんだ。
では相手の女性は誰なんだろう?
そう思いながら僕はゆっくりと目を開く。
始めに視界に入ったのは見慣れた天井だ。
僕の部屋?
今朝も目覚めた時に目にした自分の部屋の天井。
つまり僕は今自分のベッドに寝ているということだろうか。
そう思いつつ顔を横に向けるとベッドの脇に置かれた椅子に女性が、その隣に叔父さんが立っているのが見えた。
「叔父さん?」
問いかけに叔父さんがベッド脇に跪くと僕をのぞき込んでくる。
「調子はどうだ? どこか痛いところとかは?」
「どこも痛くないし大丈夫だよ」
『大丈夫』という言葉を僕は呪文のように使っている。
たとえ大丈夫ではない時も、自分自身に言い聞かせるようにそう言い続けていれば不思議と何とかなってきたから。
でも叔父さんは僕が「大丈夫」と言うと決まって少し悲しそうな顔をするんだ。
そういえば、そんな顔をする理由をいつか聞いてみたいと思っていたな、なんて、この場にそぐわないようなことをぼんやりと考える。
「大丈夫なんてことはないでしょう?」
どことなく少しぼんやりした僕に優しい声が言葉をかけてきた。
視線を向ければ柔らかな笑顔を浮かべた女性が僕を見つめている。
ああ……。
手の温かさはこの女性からだったんだ。
ベッドの上に投げ出された僕の右手を女性が両手で包み込んでいる。
目覚めた時から感じていた温もりは彼女が与えてくれたものなんだ。
「あなたは?」
彼女は誰なんだろう?
そう思って言った問いかけに、彼女が答えるのを僕はじっと待っていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
久しぶりの更新となりました。
なかなか更新ができておりませんが、未完のままにするつもりはありませんので今後ものんびりペースでおつき合いいただけると嬉しいです。
また、新しい話を二作公開しました。
一作目のタイトルは『クズ男と別れたらハイスペックな後輩に溺愛されました。』です。
こちらは全11話の短編となっており、すでに完結しています。
二作目のタイトルは『あなたに捧げる愛はもうありません。』です。
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