番外編 テリオスのつぶやき<9>
街は見るものすべてが僕にとっては初めてのものばかりだった。
そもそも耳に入ってくる音からして違う。
僕の屋敷は人が少ないし、そもそも静かな人ばかりだ。
だから大きい物音を聞くことだってほとんど無い。
それに対して街はどこからでもたくさんの音が聞こえてくる。
道を走る馬車の音。
お店の人の呼び込みの声。
誰かと誰かのおしゃべりの声が聞こえるかと思えば小さな子どもの泣き声や歓声も聞こえる。
あまりの音の洪水に酔いそうなくらいだった。
だから僕は必死にミリヤの手を握る。
冗談じゃなく、この手を離したらどうしたらいいのかわからなくなると思ったからだ。
ミリヤは勝手知ったる場所なのか迷うことなく歩いていく。
「ミリヤ、牛乳屋さんと卵屋さんはどこにあるの?」
「テリオス様、その二つは一緒のお店には売っていません。それぞれ別のお店になります」
そうなんだ。
いつも僕の家には一軒の商店が持ってきてくれるから、てっきり一つのお店で売っているのかと思ってた。
もしかすると街の子どもたちはそんなこと当たり前に知っているのかもしれない。
僕は本当に世の中のことを何も知らないんだ。
そう思った。
そうしてしばらく歩いていると、さすがに僕も街の音に慣れてくる。
周囲を見回す余裕も出てきてキョロキョロと辺りを見れば、気になる物がたくさんあった。
八百屋さん、お肉屋さん、パン屋さん、おもちゃ屋さん。
絵本で読んだままだ。
そういえば、本を読むようになっていろいろなことを知った。
でもそのどれも実際に見ることはなかったから、自分の目で見る世界は何もかもが新鮮に感じる。
ほどなくしてミリヤは一軒のお店に入った。
看板には牛の絵が描かれていたから牛乳屋さんなのだろう。
「いらっしゃい!」
店主の威勢の良い掛け声が聞こえてくる。
「牛乳を二本くださる?」
ミリヤと店主のやり取りを僕はミリヤの背中に隠れて眺めた。
お金がどういう形をしていて買い物とはどうやってするのか、知識で知っているだけなのと実際にやり取りをしているところを見るのでは全然違う。
初めての経験に僕は興奮していた。
そしてミリヤはその後卵屋さんにも寄って卵を手に入れた。
「これでお買い物は終わり?」
「そうですね。ああ……あと一軒寄りたい所があるのですが、よろしいですか?」
ミリヤの言葉に僕は今度はどんな所に行けるのかと楽しみになった。
だから、その時ミリヤがどんな表情をしていたのか、後になっても思い出せなかったんだ。
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