番外編 テリオスのつぶやき<1>
僕が自分の置かれている環境に初めて疑問を持ったのは五歳の時だった。
それまでの僕の世界はとても狭く、そばにいる人も限られていたから自分が特殊な状況にいることに気づかなかったのだろう。
一番古い記憶は黒髪黒眼の男の人に抱っこされているところだ。
男の人の抱っこは何となくぎこちなく、体もゴツゴツしていて硬かったからか少し泣いてしまったことを覚えている。
たぶんその後に良い匂いがする柔らかくて優しい存在に抱きしめられたと思う。
そんな記憶を持つ僕の周りの人たちは基本的にとても年上の人ばかりだった。
いつも僕と一緒にいてくれるばあやも、簡単な勉強を教えてくれるじいやも、どちらもとても年齢が上だ。
家の中を整える仕事をしてくれている侍女のルナは若い方なんだろうけど、それでもお姉さんというよりはお母さんといった方がしっくりくる。
そして時々、家の誰よりも若く、でも誰よりも立派な感じの男の人が現れる。
その人は黒髪黒眼だったから僕の一番古い記憶の人なのかもしれない。
その人が来るのは決まった日ではなくて、続けて来てくれたかと思えば少し日が空いたりするなど、いったい僕にとってどういう人なんだろう?とよく思っていたものだ。
彼は僕に会いに来ていると言った。
そして会う時にはいろいろなプレゼントを持って来てくれたり、ばあややじいやにはつき合ってもらうのが難しいような遊びを一緒にしてくれた。
思えば乗馬を教えてくれたのもその人だ。
絵本で父親という存在を知ってから、もしかして僕のお父さんなのかな?と思ったこともあったけれど、彼に聞いたら違うと言っていた。
彼は僕の父親ではなく、叔父なのだと言う。
その時は小さかったから叔父さんというのが僕にとってどんな人なのかわからなかった。
でもだんだん大きくなるにつれてその言葉の意味も理解できてくる。
そして成長するということは、同時に疑問が増えるということだ。
僕の世界は本当に狭かったから、置かれた状況が普通ではないことを知らなかった。
だけど世界はいつまでも僕が子どもでいることを許してはくれないらしい。
ある日現れた女の人が僕の世界を壊してしまうなんて、その時の僕はまったく気づいていなかった。