番外編 剣術大会<7>
今までアリシアはルーカスが剣を振るう姿を見ることがあまりなかった。
ルーカスは大会に出場することがなかったし、仕事中に遭遇することもなかったからだ。
訓練を見かけることはあってもそこでのルーカスも本気を出している感じではなかった。
「まぁ…」
アリシアの感嘆したような呟きにニキアスが反応する。
「アリシア夫人はルーカス公が戦っている姿を見ることはないだろう?」
「ええ。そんな場に出くわすこともありませんし、夫は私たちの前では一切剣を持ちませんから」
「あれは能ある鷹は爪を隠すを地で行くからな。ここにきてやっとその力を解放する気になったか」
どこかしら嬉しそうなニキアスの言葉にアリシアは不思議な思いにかられた。
ルーカスとニキアスのつき合いはニコラオスを失ってからだ。
時間としてはまだそう長いわけではなかったが、ニキアスの言葉からは彼がルーカスのことをよく理解していることがうかがわれる。
ルーカスのことを理解してくれる人が増えるのはアリシアにとっても喜ばしいことだ。
「ルーカス公はお前のことが鬱陶しいのではないか?」
そんな2人の会話に横からディミトラが口を挟む。
鬱陶しい。
ニキアスを捕まえての容赦ない言いようにアリシアは驚いた。
「そんなわけないだろう。私は良い上司のはずだ」
「上に立つ者はたいていみなそう思っているが、実際のところは鬱陶しがられていることも多いぞ」
ニキアスはショックを受けたふりをする。
2人の軽妙な会話を聞いて、やがてアリシアも理解した。
こういうやりとりが2人にとってのコミュニケーションなのだろう。
「お。ルーカス公が次の試合に出るようだ」
「逃げたな」
「誤解だよ、ディミトラ。見ればわかるだろう?」
ニキアスの言葉にアリーナの方を見ると、ルーカスとその対戦相手であろう若い騎士の姿が見えた。
「ああ。第1騎士団の若手か。たしか不満を抱いていた一人だな。まぁ実力の違いをその身で実感すればいい」
思わぬニキアスの冷めた言いように、アリシアはその真意をうかがう。
「誰しも現状に不満を抱くことはある。しかし相手の実力を見誤るようでは騎士としては二流だ」
そういえばルーカスが言っていただろうか。
ニキアス皇太子殿下は人格に優れ、公平で優秀な人だが人使いが荒い。
そして穏やかな物言いをしながらも求めてくるもののレベルが高いと。
そういう考え方の人にとって、実力も伴わないにも関わらず文句を言う者は論外ということなのかもしれない。
「やはりあっという間だな。ルーカス公はあの場から一歩も動いていないんじゃないか?」
呆れたようにニキアスが言い、
「そうだな。前回同様圧勝だ。一振りで終了とは、騎士団の連中はそろいもそろって能力が低いんじゃないか?」
その言葉を受けてディミトラが答える。
夫婦の辛辣なやりとりに、アリシアは賢明にも口をつぐんだ。
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