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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

取手

作者: 綿鎬虎具

夜の海には入ってはいけない。

子供の頃よく大人に聞かされたきまりごと。

親だけでなく近所のおばさん、先生、おじいちゃんやおばあちゃん色んな人が口すっぱく言い聞かせてきた。

その甲斐あってか僕は海に関わることもなく育った。

海水浴には行かなかった。プールがあったから。

船に乗って旅行することもなかった。車や飛行機があったから。

海に行かなくても人生はつつがなく進んだ。だから、海に入ることはなかった。

何年も経ち、おじいちゃんやおばあちゃんが亡くなり、地元に戻ってきた僕は、葬式のあとにそんな言いつけを思い出していた。


その夜、僕は海に向かっていた。なんでそんな曖昧な言いつけを皆が伝えてきたのが気になったから。

浜につくとそこには誰も居なかった。子供たちは皆言いつけを守っている。そこはゴミもなくとても綺麗な砂浜だった。

もしかしたら、この綺麗な砂浜を汚さないよう大袈裟に言いつけてたのではないかと思うほど、僕は目的もなく砂浜を歩いた。

人はいない。だけでなくそこには何の音も存在しなかった。

先ほどまで路の端には虫が、獣が五月蝿く鳴いていたのだが、海が見えた途端に何も聞こえなくなったように思える。

静寂だった。人によっては好ましく思えるのかもしれないが、僕には不気味に思えた。

そのままあてどなく砂浜を歩き、ふと、海の方に何かないかと目を向けてみた。

海は非常に美しく月を反射していた。僕は魅いられるように海を見ていた。

こんなに美しいものだったのか。

こんなに海が美しかったなら、どこかで言いつけを破ってればよかったなんて罰当たりなことを考えていた。


パシャン…

どこかで水音が聞こえた。

反射的にその音の発生源を探す。

パシャン…

沖の方に白い何かが見えた。

目を凝らすとそれは、水面から伸びる腕だった。

もがくように暴れるそれはそこに誰かが溺れていることを示していた。

途端に冷や汗が流れる。誰か助けをと思い周りを見渡すが、この町の人間は皆言いつけを守る善良な人間のようでこの場には僕しか存在しなかった。

あわてて腕の見える方向に飛び込み夢中で泳いだ。

夜の海は非常に暗く、水中に何があるかもわからなかった。

何とか腕のもとまでたどり着き、もう大丈夫と安心させるように腕を掴んだところで異変に気付いた。

腕の先にあるはずの胴体、頭部が見当たらない。

いくら海中が暗いからといって見えないはずがない。

突然、強い力で引っ張られて僕は海中に引き込まれた。

海中で僕は見た。腕を、

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、無数の腕が海中を埋め尽くしていた。

無数の腕が僕に絡み付き、動きを封じた。そしてその全てが大きな鮫の身体に繋がっていた。

その鮫は身体のあちこちから人間の腕を生やしていた。

そのまま鮫は大きな口で僕を頭からひと呑みにして、その鋭い歯で咀嚼を始める。

鋭い痛みが腕の付け根からはしる。

僕は薄れゆく意識の中腕の感覚が無くなると共に、

僕の腕もコイツの一部になるのかと

場違いなほど冷静に思っていた。



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