勇者の魔物討伐
勇者は魔物の残党狩りをすることに。
吟遊詩人は、それを見るために同行して…
高台に降ろされたハートミンは、切り立った絶壁ぎりぎりまで行って、城跡を見下ろした。
距離は四マイルほどあった。
魔物たちは小さな黒い点にしか見えない。
ハートミンを置いて飛んで行ったユニコーンペガサスと勇者も、もはや白い点だった。
まっすぐ城跡の一番高い塔の上を目指して飛んでいく。
魔物たちの黒い点に変化があった。
勇者の接近に気づいたのだ。
飛んでいた黒い点は一斉に、勇者の白い点をめがけて集まっていく。黒い点が集まって、黒い塊となり、白い点と接すると思った瞬間、白い点が光を放った。
勇者が技を放ったのだ。
黒い塊からボロボロと黒い点が落下していく。勇者に正面から挑んだ魔物たちが、ことごとく倒されて落ちていく。
それは、透明な細い管の中を進んでいった黒い粉が、管の端まで来て重力に引かれて零れ落ちるように、白い点に触れると落ちていくことが必然であるような流れだった。
「おお、なんという圧倒的な強さ。あれが勇者の戦いか」
ハートミンは身を乗り出して戦いの様子に見入る。
やがて、他の黒い点とは別の軌道で白い点に近づく大きめの点が五つ。指揮官クラスの魔物だ。
それぞれが千匹の魔物を率いる指揮官クラスの魔物は、抜きん出た力を持っているのだが、勇者と対峙するとき、末端の魔物との差異は無きに等しかった。
白い光の点に接して支えを失った黒い粒は、ぱらぱらと落ちていく。
その後再び、白い点が強い光を放った。
空中に浮かんでいた残りの黒い粉たちは、いっせいに支えを失って地面・海面に降り注ぎ、地面に居た―おそらくは飛行能力を持たない魔物たち―は、光りを浴びて、急に動かなくなった。
勇者の技だ。
一方的な蹂躙。これが勇者の戦いだった。
単騎で魔物の拠点に乗り込み、魔物の大群を相手にしながら、ピンチや困難といったものとはまったく無縁に、魔物を全滅させてしまう戦い。
ハートミンは自分が見たものを、人に伝える歌に昇華させるべく、感性を激しく働かせていた。
終わったかに見えた戦いは、それで終わりではなかった。
城跡の塔の向こうの海面が、大きく盛り上がる。盛り上がった海面のてっぺんが、塔の高さを超えたとき、海面が弾けた。塔の高さを超える黒い巨体。かろうじて人体に似通った体系の、ずんぐりした巨人の姿が現れた。
この地の魔物のボスか、あるいは切り札となる戦力か。
普通の戦いであれば、これまで多数の魔物たちと戦ってきた勇者が疲れ切ったところで出てきた真打ちに対して、勇者が不利な状況ということになるのかもしれない。しかし、勇者の戦いはそうではなかった。勇者ブラウジット・パーカーは、まったく疲れても消耗してもいなかった。まだまだ、完全戦力のままだったのだ。
勇者から光が放たれる。ひときわ太い光の槍が、城跡の塔を貫き、その向こうの巨人に突き刺さる。そして、塔のてっぺんの部分と、巨人の頭が、同時にゆっくりと落ちていく。
ゆっくりに見えるのは、実際に遅いからではない。巨人も塔も巨大であるがゆえに、ゆっくり落ちているように見えるのだ。
巨人の身体が沖へ向かって倒れ、大きな水しぶきが波となって城跡に押し寄せる。
今度こそ、本当に、動く黒い点も居ない。魔物は全滅だった。
白い点、勇者とユニコーンペガサスが、空を駆けて戻ってくる。
ハートミンの横に、羽をたたみながら着地する。
「逃げ出されるとやっかいだったが、向かってきてくれたのでよかった」
涼しい顔で勇者が言った。
「そ、そうですね」
吟遊詩人は肯定するしかなかった。
「おかげで早く片付いたよ。ジョーたちのところへ戻ろうか」
勇者は馬上から手を差し伸べた。ハートミンを後ろに乗せると、再びユニコーンペガサスが飛び上がった。
結局、勇者と吟遊詩人が馬車と別れて行動していたのは半日ほどでしかなかった。
「早かったじゃないか」
ユニコーンペガサスから降りたハートミンと、馬車の御者を交代しながらグッテレィが話しかける。
「ああ、戦いはあっという間だったよ」
ハートミンが答える。
「それで? 歌にできそうか?」
「ああ! もちろんさ」
答えながら、ハートミンは手綱で馬車馬を進ませた。彼の脳裏にはさっきの戦いの場面が映し出され、それを歌詞に変換する感動に打ち震えていた。バードとしての最高の喜びだ。あの戦いを見た人間は、おそらく自分一人であり、それを多くの人に伝えることができるのだから。
ユニコーンペガサスだと数刻だったあの城跡までは、馬車では三日の旅だった。
塔の頭が落ちた廃墟となった城を遠目に臨むあたりまで海岸道路を進むと、漁村が見えてきた。
漁村ファイテマの入り口には、真新しい木製のゲートがあり、美しい色の貝殻や花やリボンで飾られている。その向こうでは道の両側に村民が集まっていた。勇者一行を歓迎しようと待っていたのだ。
一行が歓迎のゲートをくぐると、女子供たちが手にしていた花びらを空に向けて投げて、一行に花吹雪が舞い落ちてきた。勇者をたたえる声が上がる。ブラウが右手を上げてそれにこたえると、歓声はさらに大きくなった。
村の奥へ進むと、人垣の先に壮年の男が立っており、その両側には花を編んだレイを持った若い娘たちが並んでいた。
ブラウはアンドロメダから降りて、その男の前に進んだ。
「勇者様、この村の村長のボポルと申します。三日前の魔物討伐、お見事でございました。隠れて暮らしていた我々は、こうして村に戻ることができました。ありがとうございます。今宵はささやかながら歓迎の宴を開かせていただきます。どうか、この村でお泊り下さい」
勇者は差し出された手を握り返す、そして娘たちが勇者とその一行にレイをかける。
これは、儀式なのだ。勇者ブラウジットはこういう歓迎に慣れていた。だが、連れたちは戸惑っていた。
勇者が一行を振り返る。
「少し早いが、今日はここに泊めていただこう。いいよな、ジョー」
宴は屋外で、祭りのように行われ、夜が更けて宿としてあてがわれた家で、勇者一行はやっと落ち着いてくつろいだ。家の横に停められた馬車には、荷の見張りが交代で付いた。車輪に持たれて座るハートミンと交代するためにドボラが近づく。
「交代の時間だ。ベッドで休むといい」
「ああ」
酔いを醒ますように大きく息を吹いたハートミンは浮かない様子だ。
「どうしたんだ?」
「いやね。この村の人たちは、勇者の戦いを直接見ていたんだって聞いて。わたしだけが見たのだと思っていたのに」
自分が見たことを唄で伝え広める、バードにとっては残念な話だ。
「そうらしいが、見てたバードはきみだけなのだろう?」
「…そうだけど」
すねた子供のように、口をとがらせて、ハートミンは立ち上がる。
「次の港町の人々は、だれも見ていないさ。そこで唄えばいいでしょう?」
「…そうだな。ありがとう」
ハートミンが家に入る。酒宴のあとが残るダイニングに、ドアが3つ。右端の男性用にあてがわれた寝室へ向かう。女性用の真ん中の部屋では、ベッドで眠るジョーの姿があった。枕元には勘定帳が置かれている。
宴の最中、ジョーはちゃっかりと商売をしていた。タンスを輸送中で、商品は運んでこなかったが、ここで軽くてかさばらないものを仕入れて、先で売ることにしたのだ。天然の真珠と珊瑚を小袋一つ分。それは村にとっては、大事な収入源だった。魔物によって避難生活を強いられていた村人のために、ジョーは値切らずに買った。それでも、都会に持っていけば十分利益が出るはずだった。
旅を始めて、もうすぐ半月。商人としては、順調すぎる旅だった。ジョーの寝顔の口の端も、自然と緩んでいた。
★★★★★★★★★★
1月12日 海岸道路、漁村ファイテマの宿
【収入の部】
<予定分>
家具仕入れ後払い報酬 100ゴールド
【支出の部】
<確定分>
真珠と珊瑚仕入れ費用 20ゴールド
<予定分>
来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い 80ゴールド
【残高】
<確定>
854ゴールド 15シルバー(1ゴールド=20シルバー)
<予定含む>
874ゴールド 15シルバー
馬車は家具運搬後に売却予定。
【在庫商品・消耗品】
商品在庫
家具一式。仕入れ依頼のため、代金は受け取り済み
真珠と珊瑚小袋一袋分
保存食38食
商売がメインのお話しです。商売の旅はまだまだ続きます。