嫁入り道具と大魔王軍の残党
お見合いパーティ、ただし勇者側は家具見本市のつもり、です。
迎賓館は王城と渡り廊下で繋がれた大きな館だった。
一階は丸ごと大ホールで、二階に無数の客間がある。
今夜の集団見合いパーティは一階ホールで開催される。そしてその会場では、王城の大庭園に面した側にずらりと見事な家具が並べられていた。
王都でも最高の高級家具工房、シュトレーゼンの在庫の全てだった。ペイマップ子爵が一計を案じ、ジョセフィンの家具仕入れを優先する勇者ブラウジットをパーティに出席させるように、そう手配したのだ。
勇者一行は、冒険者たちも含めて、パーティに出席するように言われていて、今、ペイマップ子爵が手配した衣装に着替えているところだった。パーティの出席者たちは、勇者ブラウジットのハートを射止めるべく集められた、国内の王侯貴族の年頃の娘たち。そして、その保護者たちだった。
集められた花嫁候補は40人以上になっていた。いずれも、自分が目立とうと、華やかな流行りのドレスを纏っている。互いにけん制し合い、自分のポジションを確認するために観察し、値踏みし合っていた。
若々しい魅力では、ハシュケン公爵家の三女、金髪のウェライドが抜きん出ていたし、妖艶な色気では、挑発的な衣装をグラマラスな身体にまとったコーラル男爵のひとり娘、オベリアーヌに勝る娘は居なかった。だが、二人の地位は、あっけなく失われた。
二階からの階段を下りてきたジョセフィンの若さが放つ輝きは、パーティ会場の隅々まで照らしていた。エスコートする正装の吟遊詩人ハートミン・ウェルの美男ぶりも、会場の女性の目を集めたが、彼が差し出す右手の指先に触れるか触れないかで支えられたジョセフィンのドレス姿は、会場じゅうの独身娘とその縁者を不安にした。
彼女の素性は、すでに知れ渡っていたが、勇者にとって一番身近な女性である妹が、勇者にとって女性の基準になっているということだから、これは大問題である。
そして、彼女の後ろから降りてくるのは、貴族っぽい正装を着慣れてないことが一目瞭然のグッテレィ・コルンを従えて、真っ赤なドレスに身を包んだマジックユーザー、シオンヌ・ヴェスタだった。会場のあちこちで、男たちが思わず「おお」と声を上げる。
蜘蛛の生糸で織られた真っ赤なドレスは、滑らかなシルエットで、彼女の煽情的なプロポーションを強調していた。
この美女も、勇者の近くに居るのかと思うと、見合い相手とその関係者たちは弱気にならざるを得なかった。
そしてその後ろから、いよいよ、今宵の主役、勇者ブラウジットパーカーが降りてくる。隣に居るクレリックのドボラ・コーン同様、自前の白い法衣をまとっている。ドボラ・コーンのそれは、教会での彼の地位を示す正装だったが、勇者が身に着けている法衣こそは、神衣カリコラム。並みのマジックアーマーを超える物理防御力を持ち、あらゆる魔法を通さないと言われる北極の神殿に保管されていた伝説の防具だ。
ブラウジットは自前の衣装のうち、もっともパーティ向けと思われるものを選んだにすぎないのだが、このチョイスは大勢の人間の思惑を打ち砕いた。
パーティ会場の家具の陰に控えていたマジックユーザーたちのリーダーが、軽く舌打ちをして、二十人ほどのメンバーに撤退命令のサインを出す。彼らは、会場に魅惑のエリア魔法を施す役目だったのだ。勇者がいずれかの娘と恋に落ちるように、お膳立てするのが彼らの任務だった。しかし、神衣を身に付けたブラウジットには、魔法はまったく効果ない。彼らの出番はなくなったのだ。
さて、ジョセフィンは階段を下りるなり、勘定帳を取り出して、展示されている家具を見回した。そして、エミリアとの約束を果たすために、兄の方へ近寄った。
「お兄様、家具をいっしょに見ていただきたいの。わたしは高級なものを見慣れてないから、領主の跡継ぎに嫁がれるエミリアさんにふさわしそうなものを選んでほしいの」
ブラウジットは、ちょっと不思議そうな顔をした。
ジョセフィンは、はっ、とした。ひょっとして、兄の例の指輪が反応するのではないかと。真相を隠して頼むことは、兄を騙すことになっていないかと。
ガントレットははめていないので、兄の指輪はすべてむき出しだ。両手の指は親指を除いてすべての指に指輪が嵌っている。普通に考えれば成金趣味に見えかねないが、それぞれの指輪はあきらかにアーティファクト級の貴重なもので、神々しくはあっても華美なものではないので、装飾品と言うよりも、なにかの工具を装備しているようにしか見えず、いたって自然だ。
そして、今、効力を発揮して光っているようなものはない。
胸の内で、ひとつ、安堵の息を吐きながら、ジョセフィンはうそにならないように、もう一押しした。
「エミリアさんも、お兄様が選んだって聞いたら、きっと喜ぶわ。ほら、結婚のお祝いだと思って、ね」
「ああ、わかったよ。お嬢さん方のお相手をするよりは、よさそうだな」
周囲の注目を浴びながら、ふたりは並んだ家具の右端から品定めをはじめた。
「注文は、たんすが二つと鏡台がひとつよ」
「まずはたんすかな。引き出しのやつと観音開きのやつってことになるのか? 運ぶのにサイズの問題とかは?」
「運ぶ馬車は、あとで用意するんだから、馬車のほうを家具に合わせればいいわ。お値段も、予算が300ゴールドだから、制約にはならないわね。つまり純粋に、使う人にとって良さそうなものをこの場で選べばいいってことね」
ドレス姿で勘定帳を構えて家具に向かう妹と、それに着きそう神々しいまでに白い法衣を纏った偉丈夫の兄のペアは、パーティ会場にはそぐわない。だが、その兄のほうは、このパーティの主役なのだから、当然注目を浴びる。自然と、パーティに参加している主だった花嫁候補たちは、兄妹の周りに半径10メートルの半円形に集まって、二人の移動に合わせて移動していた。
勇者が家具から目を離して、パーティ会場の中央を振り返ったときに目に止まるように、と、皆、最高の笑顔や色っぽいポーズで構えている様子は、異様だったが、兄妹はそんなことに気づきもせず、品定めを続ける。
広いパーティ会場の、そこだけが人の密度が高かったが、ほかも無人というわけではない。
花嫁候補に付き添って来たものたちや、呼ばれて花嫁候補として来たものの、家柄や容姿からして、自分は選ばれまい、とあきらめている娘たちは、普通にパーティ会場のあちこちで歓談しながら、勇者の様子をちらちらと見ていた。
そんな中で、もう一カ所娘たちや付き添いの女性陣の集まりができている場所があった。
中心にいるのは吟遊詩人ハートミン・ウェル。彼の容姿も十分女性の注目を浴びるものだったが、美しい歌声のような喋り声と、その内容が女性の心をつかんでいた。彼は、旅の途中で見た、美しい花の話をしつつ、その花にたとえて、女性陣の美しさを称えていたのだった。冷静に聞けば、歯の浮くようなお世辞なのだが、直接聞いている者は、すでに彼の術中にはまっていた。
「その花は、妖精たちによって受粉されるので、虫ではなく妖精を集めるため、美しく咲くのです。そして香りは、一里先からでも、開花を知らせるように、独特の香りを振りまいているんです。香水の原料として貴重なものなのです。あなたがつけたら、男性がただけでなく、妖精も引き寄せられるでしょう。引き寄せられた妖精はあなたを見たら、花が無くて香水の香りに騙されたと不満がったりしないで満足するでしょうね」
言われた娘は頬を染めて笑う。周りの女性陣は、次は私に、とばかり身を乗り出す。
その様子を見ながら、グッテレィとシオンヌとドボラは三人で固まっていて、ワイングラスを傾けていた。
シオンヌに話しかけようとする貴族の男性たちが何人も遠巻きにチャンスをうかがっていたが、グッテレィとドボラが、それをガードしていた。
「まったく、バードってやつは。敵でさえたぶらかす力があるんだから、女性を引っかけるなんてお手の物なんだろうな」
とグッテレィ。
「うちのボスと勇者様は、家具に夢中みたいね。主催者はあれでいいのかしら」
シオンヌが気になるのはブラウジットの動向だった。
「策士、策に溺れ、ですね。家具でおびき寄せたわけですから、仕方ない話ですよ」
ドボラはグラスを空にして、次を給仕から受け取る。
「うちのボスが兄さまを連れまわして家具の品定めするとは、考えなかったんだろうな。お。どうやら、司会が話に行ったぞ」
ペイマップ子爵が兄妹に近づいていく。
花嫁候補たちの半円の中に割って入って、勇者に話しかける。
「勇者様、家具選びは妹君にお任せになって、あなたとお話ししたいという娘たちがこんなに待っておりますので」
「あ、はい。でも待って、選び終わるまで。友人たちの結婚のための品なんです。妹には商売ですが、私にとっては」
花嫁候補たちに興味がないブラウジットは、簡単に断ってしまう。
家具の方に向き直ったブラウジットは一組の家具に目を止める。
「これは、百合だな」
そのセットは、金具や装飾に百合をあしらっていた。ほかの家具にもバラや牡丹など花をモチーフにしたものは多かったが、ブラウの目を引いたのは百合のそれだった。
「ええ、そうね。美しい加工だわ。……百合になにか?」
兄の様子に、何かを感じ取ったジョーが問う。ブラウは昔を思い出しているようだった。
「エミリアを助けに行くとき、リヒャルトがエミリアの話をして、バラのような人だ、って言っていたんだ。でも助け出したあと、実物を見た俺は百合のような人だと思った。凛として精練なイメージが、ね。それで彼女に直接そのことを言ったことがあって」
思いがけない兄の恋バナっぽいエピソードに、ジョーは「これだ!」と思った。
「それで、それで」
「彼女は驚いた顔をして、それから、笑ったよ。まるで、口説いてるみたいだって。そうだよな。そういうつもりじゃなくて、素直な感想を言っただけだって言ったら、それは残念ですね、って、また笑われた。笑われたけど、嫌味がないんだ。こっちも楽しくなって笑ったよ」
家具の選択理由としては、またとない、いいエピソードだが、ジョーには心配な点があった。
「その場に、リヒャルトさんはいたの?」
「あ? いや。キャンプで、リヒャルトが食料調達に行ってるときだ。焚火の火の番をしてたとき、だったかな。俺とエミリアだけが残ってた。ほかにメンバーが居たら、そんな話できないよ」
「じゃあ、これに決まりね。だって、これならエミリアさんは兄さまが選んだんだって、すぐにわかるわ」
そして、見るたびに兄のことを思い出せる。
ジョセフィンは家具に付けられた品番の札を読み取って、自分の勘定帳に書き取ると、勘定帳の辺を使って、家具のサイズを測り始めた。そして、無情なひとことをはなった。
「ありがとう、お兄様、もういいわよ。あとは、お嬢様がたのお相手をして」
スタートの号砲が鳴ったのを聞いた女性陣が、一斉にブラウに群がった。妹に助けを求めるが、採寸に懸命の妹は振り返ってもくれなかった。
司会のペイマップ子爵が、チャンスとばかりに楽師に指示をし、BGM用の音楽がダンス用の音楽に切り替えられる。ブラウは、花嫁候補たちと、連続して踊る羽目になった。
伝説となって伝えられていて、周知の事実なのだが、勇者は社交ダンスの名手である。
かつての大魔王討伐の旅の途中、精霊王の協力を得るため、ダンス勝負に勝たねばならなくなり、社交ダンスを習得したのだ。そもそも勇者とは、あらゆる技術を習得するスピードが常人の数倍、数十倍という存在だ。常人であれば付け焼刃にしかならないようなレッスン期間だったが、彼は完璧にマスターしてしまっていた。
当然、この場でも、ペアを組んだ女性たちが、これまで体験したことのないほど幸福感あふれるひとときを体験することになった。
ホールでは他にも、男性陣がエスコートして何組かダンスを踊っていた。だが、勇者のペアほどの注目を集めていたのは、吟遊詩人ハートミン・ウェル、そして、マジックユーザー、シオンヌ・ヴェスタだった。
そして、曲の合間。パートナーを変更するタイミングで、それまで踊っていたパートナーと礼をして、振り返った勇者とマジックユーザーがたまたま向かい合って、次のパートナーを組むことになると、吟遊詩人は、鏡台の採寸を終えた勇者の妹の前に跪いて手を差し伸べ、ダンスに誘った。
二組が踊る姿に、周囲のあちこちから称賛の溜息が上がる。そんな中残念がって溜息を漏らす司会の子爵の姿があった。
かくして、ペイマップ子爵の努力は実らず、ジョセフィンの仕入れは終わって、翌日には、馬車も購入して出立となった。
騎士団を連れたペイマップ子爵と、勇者の旧友であるマスターバードのフォーテス・マイアーが外壁の門まで見送りに来ていた。
ひととおり勇者との旧交を温めたフォーテス・マイアーは若き吟遊詩人に話しかける。
「幸せ者だぞ、君は。彼との旅は、またとない唄の題材になるだろう。わしももう一度同行したいくらいだ。だが、昨夜の話は聞いたぞ、いかんな」
「は?」
「いっしょになって踊っていたそうではないか。戦いの場でなくても、勇者は最高の題材だ。観察せずしてなんとする」
「あ!」
「くらいついて、付いて行けよ。彼を見失わないように。すべて、見逃さないように」
「はい!」
家具を載せた馬車は、四角い幌がついた縦二列の四頭立てで、幅を抑えたものが選択されていた。家具を積んでも、まだスペースがあったが、家具に傷をつけるのを嫌ったジョセフィンは、今回は他の荷を購入することをあきらめ、かわりに家具工房でもらった緩衝材を馬車一杯に詰め込んで家具を保護していた。
王都の一部は大河の河口に面した港になっていてそこから南に向かう道路が海岸道路と呼ばれていた。しばらくは石畳で整備された道が続く。
出発してすぐ、ブラウが馬車の御者席横に座ったジョーに告げる。
「フォーテス・マイアーに聞いた情報では、海岸道路の大魔王軍残党の拠点があるのは、ファイテマっていう漁村の先の岬のあたりだそうだ。ファイテマまでは馬車で三日。お前は、そのペースで旅を続けなさい。俺が先に行って、残党を駆逐しておくから。わざわざお前や荷物を危険に晒すことはないからな」
兄の提案はもっともだった。ブラウジットはすぐにも別れて、先行するつもりらしい。御者を務めていた吟遊詩人ハートミンは、それを見て、
「あ!」
と思わず声を上げた。その意図するところを、隣に座ったジョーが読み取った。
「待って兄さま。彼を連れて行って」
「え?」
冒険者たちは妹と馬車の護衛に残すつもりでいた勇者は、怪訝な顔をする。
「お兄様との旅、っていうのが雇用条件だったの。討伐が終わってから合流、では、条件を満たせないわ」
ブラウはしばらく思案したが、基本的に、妹に弱い兄だった。
「わかった。じゃあ、俺の後ろに乗れ。飛んでいくから普通の馬じゃついて来れない。それと、戦いは遠くから見るんだ。俺の近くに味方が居ないほうが戦いやすい」
「は、はい!」
御者をグッテレィと交代して、ハートミンが白馬アンドロメダに乗る。そうするとすぐさま、
「つかまってろ。いくぞ! アンドロメダ!」
白馬の胴から ばっ!と大きな白い翼が生える。同時に白金色に輝く一本の角が額に現れる。
ばさっ! と一度はばたくと、土ぼこりを舞い上げ、ふわりと宙に浮く。
さらに羽ばたきをニ三度続けると、あっという間に加速し、空の彼方に飛び去って行った。
グッテレィが口笛を吹く。
「へぇ~。ほんとに勇者様だなあ」
馬に乗ったシオンヌが馬車の横に近づいて愚痴を言う。
「あれって、私もいっしょじゃだめなの?」
「だめです。あなたは、戦いの場に同席しなきゃいけないわけじゃないでしょう?」
はっきり断って、ジョーは兄が飛び去った空を見つめる。
ジョーから見れば、ハートミンは十分に強い冒険者だ。だが、兄にとっては、彼すら足手まといなのだ。兄はそういう戦いを続けてきたのだ。ジョーや父母が知らないところで。
「うわあわあああ」
飛び上がったユニコーンペガサスの背から落ちないように、勇者にしがみつきながら、ハートミンは目を見開いて、周りを見続けた。
どんどん高度を上げ、地表が遠ざかっていく。振り返ると、馬車はもう、点にしか見えない。
ユニコーンペガサスに乗った人間など数えるほどしかいないのだから、この体験も貴重な唄の題材だった。
雲を突き抜け、ぐんぐん速度を上げていく。
話に出ていた漁村を遥か眼下に見つけると、その先の岬に古い城跡のようなものが見えた。
「あそこだな」
ブラウが言う。
城跡の周りには、小さな黒い点が飛んでいるのが見える。魔物が飛び回っているのだ。アンドロメダが降下していくと、城跡の周りの地上にも、いくつもの黒い点が動いているのが見え始めた。
岬の付け根に高台を見つけ、勇者はアンドロメダをそちらへ向ける。
「君は、あそこの高台に居てください。戦いが終わるまで、俺に近づかないように。約束してください」
「は、はい」
★★★★★★★★★★
1月9日 海岸道路、王都の外
【収入の部】
<予定分>
家具仕入れ後払い報酬 100ゴールド
【支出の部】
<確定分>
家具仕入れ費用 285ゴールド
馬車 125ゴールド
<予定分>
来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い 80ゴールド
【残高】
<確定>
874ゴールド 15シルバー(1ゴールド=20シルバー)
<予定含む>
894ゴールド 15シルバー
馬車は家具運搬後に売却予定。
【在庫商品・消耗品】
商品在庫
家具一式。仕入れ依頼のため、代金は受け取り済み
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次回は戦闘、のはずです。