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王都問屋街と集団見合い

ふた月空いてしまいました。話の中の暦も追い越してしまったし。

今回は戦闘なしの商談モードです。

  王都が見え始めたのは、峠を下り始めて二日目の午前中だった。

 見渡す限り広がる牧草地と区画整理された農地。点在する林やため池と交差するたくさんの道、用水路。その中心には数えきれない屋根がひしめく市街地。ひょうたん型の長径十キロはありそうな城壁の中はぎっしりと建物が詰まっていて、いくつもの高い塔の先に旗が翻る王城が真ん中にそびえている。

 昼頃には農地を縫って城壁の正門へ至る石畳の道に到達する。何人かの農夫が手を止めて王都への来訪者一行を見ている。平時は農業を営む屯田兵だ。その一人が、白馬に乗った鎧の人物の素性に気が付くと、農具を放り出して報告のために走っていった。

 勇者の来訪は政府の知るところとなり、一行が正門の前にたどり着いた時には、重装備の騎馬中隊が整列し、正装した役人がうやうやしく頭を下げて出迎えた。

「ようこそ、勇者ブラジット・パーカー殿。先月、大魔王討伐のご報告に来られて以来ですな。ご一行を迎賓館までご案内いたします」

 ブラジットは馬を降りて会釈すると、その人物に歩み寄りながら答える。

「ペイマップ子爵、どうぞお構いなく。私的な旅です。宿を取って泊まります」

子爵と呼ばれた男は、笑顔を絶やさず、そして、引き下がらなかった。

「前のご来訪の折に、次にお越しの時は、結婚相手をお世話するお約束。王侯貴族の姫君に通達して集める手はずは整えておりますれば、今宵はお見合いの場を設けさせていただきますゆえ、なにとぞご出席を」

 ブラウジットを国の要人の娘と結婚させて、この国の戦力として取り込むことは重要な国策だった。

「いや、それはお断りしたはずです。今回は商売でして。と言っても私じゃなくてこいつが仕入れに来た付き添いで。商売が終わったら、すぐにまたガゼバハルトに戻りますので」

 ブラウジットの横にジョセフィンが並ぶ。ペイマップ子爵がジョセフィンをつま先から頭のてっぺんまで呆けた顔で見まわしたタイミングで、ジョセフィンが自己紹介する。

「ジョセフィン・パーカーと申します。旅商人をやっています」

 貴族の女性のような挨拶はできないが、できるだけ丁寧に頭を下げる。

「な、なんと! こ、これは、一大事、王にご報告を! あ、いや、勇者様、後程また! 必ず!」

 ペイマップ子爵はあわてて駆け出して行った。騎馬中隊がそれを追走する。

 ブラウジットたちは門の前に置き去りになった形だ。

「あの方は、この国の宰相閣下の首席補佐官を務めておられて。まあ、つまり、実質、この国を動かしてる人だ」

後ろで聞いていたシオンヌとグッテレィが思わず噴き出して笑った。

「お兄様、私のこと、妹だって紹介なさらなかったわ」

ジョセフィンがとがめる口調で指摘する。

「おまえだって、妹だって名乗らなかったじゃないか」

ブラウに言い返されて、ジョーも意図的な応対だったことを認めた。

「だって、勝手に集団お見合いの手はずとか、懲らしめたくなるじゃない?」

 一行がゆっくりと門に歩を進めると、門兵がお辞儀をして彼らを通した。

 勇者が新妻を連れて王都にやってきたというニュースが、王城じゅうをにぎわしていた。


「妹さん? そりゃあ、また、ペイマップ子爵の早とちりにも参ったものですな。あははは」

例によって、商人ギルド登録の際に、ギルドマスターによるVIP待遇の歓待を受けていたブラウとジョーの話を聞いて、元戦士長という異色の経歴を持つ筋肉質のギルドマスターが太い声で笑い飛ばした。そして、銀の鈴で秘書を呼び寄せて耳打ちする。

「家具工房シュトレーゼンあてに紹介状を用意しろ。勇者様の妹君が、ガゼバハルトのバーノルド商会の娘さんの嫁入り道具を仕入れに来られてる。あと、ペイマップ子爵に急ぎの伝令を出せ。勇者様のお連れは妹さんだ。そしてガゼバハルトへは海岸道路を通って帰られるご予定。当然、大魔王軍の残党は駆逐されることになる」

 秘書が駆け足で応接室を出ていくのを確認して、笑顔で振り返る。

「ガゼバハルトから、空荷で来られたわけじゃないんでしょう?」

 商売の話だ。ジョーは身構えて答える。

「は、はい! 蜘蛛の絹織物を七箱」

 椅子に腰かけたころにはギルドマスターの笑顔は消えて商売人の顔になっていた。

「織物ですか。ひと箱ふた箱なら、高級服飾店に直接売ったほうが単価は高い。でも、多くは引き取ってもらえない。織物の卸業者に売るべきでしょうな。服飾店にふた箱売った残りを持ち込むのは心証が悪いから、まとめて全部で交渉したほうが、結果的に合計の売上は高くなるでしょう」

 ジョーはまた。必死に勘定帳にメモを取る。

「黄色通りの中ほどにハッテレンという織物問屋があります。相応の値で引き取ってくれると思いますよ」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

ジョーは勘定帳を胸に抱えて何度もお辞儀した。


 黄色通りは、通りの街頭に掲げられた旗の色で一目瞭然だった。問屋街らしく、商人たちが荷を運んで右往左往している。一般客が居るような通りではないようだ。ぞろぞろと馬を引いて、織物問屋ハッテレンの前まで来て、往来を塞がないように店側の道端に馬を寄せて並べると、店から番頭が出てきた。

「ガゼバハルトの蜘蛛の絹織物だそうですね。ギルドマスターから知らせは受けてますよ。うちに全部卸していただけるんですね」

「はい。お値段次第ということになりますけど」

 ジョセフィンは精一杯頑張って商談に臨んだ。

 そのとき、とんでもない援軍があらわれた。

「勇者さま~。おお! ここに居られた! どうも! 先ほどは失礼を! 妹君にも、ご挨拶もせず」

重装備騎兵中隊を従えて、通りを塞いでしまったペイマップ子爵は、満面の笑顔をジョセフィンに向けたまま腰を直角に曲げてお辞儀した。

「ペイマップ子爵。困ります。妹の商談の後にしてください」

 勇者の言葉に、子爵は笑顔で織物問屋ハッテレンの番頭へプレッシャーをかけ始めた。

 番頭は、ごくりと喉を鳴らし、こめかみに汗をにじませる。この国を牛耳るペイマップ子爵の機嫌を損ねれば、店が消し飛ぶことになりかねない。待たせてはならぬ。商談を一発で終わらせるため、彼は落としどころに想定した価格に、さらに上乗せした額を提示することにした。この初心者商人の娘がそれを理解してくれることを願って。

「すばらしい品です。いかがでしょう、ひと箱120ゴールド。七箱ですので840で!」

語尾に力が籠る。

 想定していた価格を超えた値をつけられて、ジョセフィンは戸惑った。さらに交渉すべきだろうか。そのとき、ジョセフィンは番頭さんがチラチラと自分の後ろに視線をやっているのに気が付いた。振り返ってペイマップ子爵の笑顔のプレッシャーを感じ取り、すべてを悟った。ここは早く切り上げるべきなのだ。

「あ、ありがとうございます。そのお値段で。すぐに荷をお渡しします」

「おお、ありがとう! ありがとう! ささ、早く、みんな、荷をお預かりして。おい、お前、お代をすぐにお持ちしなさい。お待たせしないように!」

 ジョセフィンは勘定帳に書き込みながら、320ゴールドで仕入れた品物が840ゴールドで売れたことを驚いていた。500ゴールドって、こんなに簡単に得られるものなの? いや、そこで、彼女は、今回の商売に重なった幸運を思い返した。

 仕入れ交渉のとき、450で仕入れることになりそうな品だった。それも、そのときは暴落を恐れた売り手の投げ売りでの価格。さらに、320になったのは兄のおかげ。

 そして山賊が先の荷を襲うという喜べない幸運。

 さらには、兄が待たせた政府要人のプレッシャーで釣り上げられた問屋の買取価格。

 兄と一緒でなければこうはいかなかったし、それ以外にも幸運が重なった商売だったのだ。いつもこうだと思ってはいけない。


 商談がまとまったのを見届けて、ペイマップ子爵はまた頭を下げた。

「勇者様、どうぞ迎賓館へお泊りを。妹君もお供の方々も、ぜひ今夜のパーティへ。家具工房シュトレーゼンには、パーティ会場に店の品をすべて展示させるよう手配しておりますれば、仕入れの商談はそちらにて。工房へ参られましても、家具はひとつも残っておりませんので」

 ブラウジットは天空の兜越しに頭をかいた。どうやらこの攻撃は回避できそうにないな、と。




★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳★★




1月8日 王都の問屋街、黄色通り





【収入の部】




<確定>


【蜘蛛の絹織物】7箱(70本) 840ゴールド(粗利520)



<予定分>


家具仕入れ後払い報酬 100ゴールド




【支出の部】


<確定>

ギルド登録料  1ゴールド


<予定分>


家具仕入れ費用 300ゴールド



来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い  80ゴールド




【残高】



<確定>


1284ゴールド 15シルバー(1ゴールド=20シルバー)



<予定含む>


1384ゴールド 15シルバー



うち、家具仕入れ費用300ゴールドと来月初め給与80ゴールドを除く

王都支出用残高は1005ゴールド。ただし100ゴールドは仕入れ成功報酬

のため、905ゴールドがリスクない馬車および追加仕入れ予算となる。




【在庫商品・消耗品】


商品在庫なし

 

保存食38食



【メモ】問屋さんのメンツをつぶしてはいけない。


次回はお見合いと、戦闘?

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