勇者のこだわりと峠越え
月1ペースでなんとかいきたいところ。話の中では1日しか進んでいません。まだ360日分もあるのに……
半日分ラバの速度で進むと、出発した時には遠くに見えていた山脈の麓までたどりついた。
なだらかな傾斜の扇状地を蛇行しながら登る道。
ところどころに針葉樹の林がある他は、背の高い木々はなく、草原が広がっている。最後に人が住む家を見てから、もう二時間ほど進んでいた。
扇状地を抜けて谷間の道になると、脇に清流が流れはじめる。扇状地では地下川となっている川だ。
空が暗くなって、星が複数見え始めたころ、道はやがて斜面で折り返し、峰へ向かう急な登りの入り口に行き当たった。
「今日は水辺を離れず、ここでキャンプしよう」
先頭を行くジョーの後ろでブラウジットが言った。
意義を唱える者はなく、それぞれが慣れた様子で手分けして、キャンプの準備を始めた。ジョーだけが不慣れで何を手伝えばいいのかわからず、うろちょろしていた。
やがて、焚火の上で保存食の干し肉を入れたスープを煮る鍋の具が焦げ付かないように、混ぜ続けるという役を得て、ジョーは真剣にそれに没頭しはじめる。
兄と二人旅のときは、兄にまかせっきりだったが、雇人も加わったので、なにもしない姿を晒すわけにはいかない、との思いがあった。尊敬を得るところまではいかなくとも、侮辱されるような雇い主にはなりたくなかった。
やがて、下流から戻った軽装ファイターのグッテレィ・コルンが、狩ってきた小動物と魚をさばいて焼きはじめ、焚火を囲んで、星空の下の夕食になった。雪こそないが、冬の山の気温はかなり下がってきたので。皆、毛布を体に巻いて暖を取っている。例外は、兄のブラウジットで、詰まるところ、大魔王が放つ極寒の冷気攻撃にも耐える彼の装備は、この程度の寒さなど彼の肉体に伝えたりしないのだ。
ブラウジットの左隣に2メートルほど間を空けて座っている吟遊詩人のハートミン・ウェルが、我慢できなくなって本人に尋ねた。
「あのう、いったい、何の効果で寒くないのですか? 勇者のスキル? それとも指輪のようなお守り?」
ブラウジットは、吟遊詩人の顔を瞬き二回分眺めてから、焚火に視線を戻して新たな牧をくべながら答える。
「この鎧に付与された力のひとつ、耐熱効果のおかげだよ。火山の火口にも戦いに行ったし、氷の海にも潜って戦ったが、暑さも寒さも感じない。ほかにもそういうアイテムは持ってるけど、今効いてるのは、鎧の力だよ」
答えを得て、ハートミン・ウェルは笑顔になったが、すぐさますまなそうな顔に変わる。
「あ、ありがとうございます。す、すみません、こういうこと、いろいろ訊かれるのって、迷惑ですよね」
ブラウジットは今度は即答する。
「いいや。そっちは職業上の習性なんだろ? 吟遊詩人がパーティに加わってたこともある。彼とは、いっしょに旅してる間に、いろいろ話をしたよ」
「あ。フォーテス・マイアーさんですね。羨ましい。あの方はあなたとの旅を唄って、今では王都最高のマスターバードだ」
「ああ、王都に着いたら、久しぶりに会ってみるのもいいかもな。また、いろいろ訊かれるだろうけど」
さらに話が聞けそうな雰囲気になったので、ハートミンが訪ねる。
「鎧に付与された力、とおっしゃいましたが、その鎧はもともとはどういうものなのですか?」
「これかい? これは、俺が旅立つとき、親父が用意してくれた普通のフルプレートアーマーだったものだよ。俺が取り換えたがらないものだから、神官さんやら妖精やらが、いろいろ力を付与してくれて、今ではおそらく世界一の防具になっちまってる」
ハートミンがゴクリとつばを飲み込んだ。こういう話こそが、人々を感動させる良い唄になるのだ。父から送られた鎧を使い続ける勇者。そしてその旅を応援する者たちによる無償の援助が勇者を強くしていく。そんな話が良いのだ。
もっと訊きたい、と、次の質問をしようとした吟遊詩人の対面にいたマジックユーザーのシオンヌ・ヴェスタが割り込んだ。
「ハートミンだけ話を聞いて、ずるいわよ。勇者様、旅の途中でたくさんの女性に遭ったのでしょう? 結婚したいような相手はいらっしゃらなかったの? せっかく平和になったから、およめさんにしたい、とか」
答えを聞き漏らすまいと、右隣からじっとみつめる妹のジョーの視線を感じながら、ブラウジットが言葉を選ぶように答える。
「美しい人にはたくさん遭ったよ。神がかった美女って、実際神様の血を引いた人とかもいたし。ある意味、美人には慣れちゃって感動しなくなったかな。それに、姫と結婚を、って言う王様も何人かいたけど、そういう結婚したら、俺の力がその国の軍事力に取り込まれてしまうだろうから、そういうのはだめだって、思ってる」
「あら! それはお姫様じゃなくても同じよね。どこかの国に住んでる娘を娶ったら、その国の味方ってことになってしまうから」
シオンヌはにっこり笑って小首を傾げた。
「そうだね」
「だったら、どこにも属さない相手がいいですわね。旅人とか、冒険者とか」
かなり露骨に「冒険者」に力が籠っていた。
「そうだろうけど……今までパーティで一緒だった女性は、夫なんか一生必要ない、って感じの人ばかりだったなあ」
シオンヌの意図を察し、鈍い兄が誘惑に引っ掛からないよう、ジョーが横から口を出す。
「この国でお嫁さんを見つければいい話よ。お兄様は、もともとこの国の国民なんだから、取り込まれることにはならないわ」
ジョーの意図するところを読み取ったシオンヌは、ちょっと眉をしかめて見せたが、勇者の妹と敵対するつもりはない。勇者の心を射止めるには、味方にすべき相手なのだから。
「確かに、大魔王を倒した後の勇者様の動向は、世界の重大事項ですよね。まだ大魔王軍の残党があちこちに居ると言うのに、国同士の争いや、宗教上の争いが表面化し始めている話は伝わってきています。勇者様を戦力に取り込んだ国家は、地上最強の軍事強国ということになりますからな」
そう言った僧兵のドボラ・コーンは、自らが属する教会が、宗教戦争の火種になろうとしている現状を憂いていた。
「うん、俺は、この国も含めて、どこの国の戦力にもなるつもりはない。そもそも、人と戦うための力じゃないんだ。たとえば、俺の剣に付与された三日月の光の力は、人を切ったら失われる」
それを聞いて軽装ファイターのグッテレィ・コルンも話に参加する。
「それじゃあ、この先の峠あたりに出没するっていう盗賊団に襲われたら、どうするんです?ああいう悪人も切らないわけ?」
「ああ、そうだよ。もし遭遇したら、俺は妹と荷物を護ることに専念するから、盗賊団は君たちで撃退してほしいね」
「ま、まあ、お兄さんに頼りっきりのつもりで雇われたわけじゃないですからね」
皆も頷く。
その夜は、それぞれの出身地の話などで夜が更けた。
朝食は、温めなおした昨日のスープの残りと、日持ちのいい硬パンをかじって、朝露が消える前の出発となった。何度も折り返すカーブがあり、急な登り坂が続く街道だったが、ラバや馬は力強く登っていく。
昼前に、二つの尾根の間、峠道の一番高いところに到達した。ちょっとした広場になっていて、ごく最近のものと思われるキャンプの跡があった。おそらくは、半日先に出発したという絹織物を帝都に運ぶ旅商人たちのものだ。
だが、
「これは、血の跡だ。なにかあったな」
馬を降りてキャンプ跡を調べたグッテレィが周りを警戒しながら言った。
一行は馬を降りて周りを警戒する。
広場の入り口と出口、峠道の両側に槍と弓で武装した男たちが、それぞれ6人現れて道を塞ぐ。進行方向の右側の斜面の茂みから、上半身を出した男が呼びかける。
「へへへ、こりゃあ、連日のお客様だな。おい! 積み荷と装備や馬を全部置いていけば、命は助けてやるぞ。ガードは5人か。どうするんだ?」
本来、一行のオーナーたるジョセフィンが決断すべき問いかけなのだが、最初に行動したのはマジックユーザーのシオンヌ・ヴェスタだった。杖で空中にルーンを描きながら呪文を唱える。
「プロテクト フロム ミサイルウェポン」
空中に描かれたルーン同様、一行六人の身体が黄色く光る。
「ちっ! おい、野郎ども、弓は仕舞え!」
そのスペルの効果は、通常の飛び道具の効果無効化。魔力を帯びていないダーツや弓矢では、一行にダメージは追わせられない。斜面の高度を利用した、絶好の、弓矢による集中攻撃の包囲待ち伏せだったのが、接近戦を余儀なくされた形だ。
両斜面から槍や剣を構えて飛び出した盗賊たちは30人ほど。道を塞いでいた者たちと合わせて40人以上の戦力だ。鎧はまちまちで、レザーかスケイル、チェーンだ。いずれも茶色く着色されている。
護衛の四人は前衛となる進行方向左が軽装ファイターのグッテレィ・コルン、右が重装僧兵のドボラ・コーン、それぞれ後ろに、マジックユーザーのシオンヌ・ヴェスタと吟遊詩人のハートミン・ウェルが居る。台形のフォーメーションの四人の底辺の中央あたりに、ジョセフィンと、それを庇う様に盾だけを構えたブラウジットがいて、ラバや馬9頭が続く。
実際には周囲を囲まれているので、側面や後面はガードが無いに等しい配置だ。だが、盗賊たちは、戦闘中に金目の物をかすめ取ろうとしているのではなく、制圧して全て奪おうとしているのだから、人を目指して攻撃してくることになる。このフォーメーションの選択は正しかったし、四人が何の相談もなく、この形を取ったことに、ブラウジットは満足していた。
「うおおおおお」
雄たけびを上げて、盗賊たちが一斉に襲い掛かってくる。
細身のロングソードを振るうグッテレィは、三人の攻撃を軽くいなしながら、そのうちの一人の胸を貫いた。
鎧同様、重さを感じさせるメイスを軽々と振り回すドボラは、かかってきた三人のうち、一人の剣を鎧で受け、残りの二人を一度にメイスで吹き飛ばした。
シオンヌは突進してくる二人の盗賊の前に「ファイアーウォール」炎の壁を出現させ、勢い余ってそれに突っ込んだ二人は、悲鳴を上げながら激しく燃え上がった。
ハートミンは、近づく盗賊三人に、よく通る声で「血気にはやる盗賊は、バードの前で足がもつれて倒れてしまう」と唄った。バードの言霊に捉えられた三人の盗賊は、言葉どおり、足がもつれて地面に身体を叩きつけて大きなダメージを負う。リュートの柄を左手で持ったまま、右手で腰から抜いたスピアで、倒れた三人にとどめを刺して回るハートミンは、さらに迫ってくる数人をちらりと視線で牽制した。彼らは警戒して足を止め、唄を聞くまいと、両手で耳を塞ぐ者もいる。一番手薄そうなバードを狙った自分たちが、実ははずれを引いたのだということは理解していた。
第二派も四人に歯が立たず、盗賊団は少しずつ戦力を削がれている。四人のフォーメーションの中に入って、ひとりひとりを囲んで攻撃するなり、オーナーである娘を抑えるなりする必要がある。
その突破口は、前線としての戦力が一番弱いマジックシューザーのシオンヌのところで開くのが定石だ。そこに、盗賊団の中で一番大柄な男が、ハンマーを持って襲い掛かる。シオンヌはスペルで応戦していたが、唱える時間が必要なので、ちょうど隙ができたタイミングだった。横に薙ぎ払ったハンマーを杖で受けたシオンヌは、吹き飛ばされて倒れた。
「いいぞ、ゴーン、鎧の男も吹き飛ばしちまえ!」
吟遊詩人のスピアとつばぜり合いを演じている盗賊団のリーダーが、大男に命ずる。フォーメーションの中に居る鎧の―ブラウジット―がいなければ、残りの三人をそれぞれ包囲して攻撃できる。
武器も構えずに娘を護ることに専念している鎧の男は、その立ち位置以外には大した脅威とは思えなかった。
だが、その判断は完全に間違っていたし、さらに盗賊団にとって不運なことに、その盗賊団一の大男は人間ではなかった。大魔王軍の残党のオーガだったのだ。ひとりで軍からはぐれたオーガのゴーンは、盗賊団に誘われて仲間になっていたのだ。
ブラウジットは、シオンヌを殴り飛ばしたのがオーガだと見ると、ジョーとオーガの間に入って、盾の横からオーガを睨んだ。剣を抜くでもなく、スキルやスペルを発動するでもなく、ただ、睨んだのだ。
効果はてき面だった。目を合わせたオーガは、恐怖に捕らわれた。ハンマーを捨てて両手で目を覆い、倒れ込んで身体を縮め、ただただ怯えた。
「おい! ゴーン、何してる! どうしたんだ、あ!」
オーガの様子に気を取られた盗賊団のリーダーは、吟遊詩人のスピアーに喉の下を貫かれて息絶えた。
倒れていたシオンヌは、ベルトポーチから一掴みの赤い宝石を取り出し、手のひらを上に向けてマジックアイテムの発動ワードを唱えた。
「飛べ! バレットビー!」
真っ赤な宝石は赤い蜂に姿を変え、何本もの緩やかな曲線の軌道で広場を飛び回り、盗賊団たちの身体を貫いた。バタバタと盗賊が倒れる。恐怖に身を縮めていたオーガのゴーンも含め、広場に居た盗賊団は全滅した。
真っ赤な曲線の軌道の数本は、シオンヌの手のひらの上に戻って来た。
「ニ十匹は放ったのに、五匹しか戻らなかったわ」
どうやら、それが、このアイテムを最初から使わなかった理由だったらしい。
あたりを見回したグッテレィは手近な盗賊の遺体を探りながら
「こんな大がかりなのが居るとは、物騒な峠だ。さて、ジョセフィンちゃん。あんたがうちのリーダーだ。こいつら、どうする? 盗賊に襲われて返り討ちにした場合、こいつらの装備や財産はあんたの自由になるものだ。あと、おそらく近くにこいつらのアジトがあって、そこには数人の留守番が残って、こいつらの財宝を護ってるはずだ。ま、俺たちが冒険目的のパーティなら、これから探すってことになるが、商隊はそうじゃないかもな」
とジョーに状況を説明する。ジョーはちょっと身を引くように盗賊団の遺体を見回す。息があるものはいないようだ。
「この遺体はどうするんですか?」
これに答えるのは僧侶のドボラだった。
「わたしが死出の言葉を唱えて回りますが、放置して野葬にします。土葬や火葬の義務は、我々にはありません。つまり、肉食獣たちのエサになるわけですね」
ドボラ以外の三人は、もう、遺体から金目の物を漁り始めていた。
「この人数だと身に着けてる金品だけでもそれなりになりますね。どうするかを決めるのはあなたですよ」
とドボラ。
「わたしは商人として得る利益意外に興味はありません。金品はあなた方四人へのボーナスということで、自由に分けてください」
ジョセフィンはそう言って兄を見た。兄がその判断を否定する様子はない。
「じゃあ、今回派手に出費しちまったシオンヌの一人取りってことでいいよな、みんな」
グッテレィの言葉に、他の二人が同意する。
「ありがと、なんとか損が埋まるわ」
とシオンヌ。
「じゃあ、やつらのアジト探しとかもナシですね?」
集め終わったグッテレィが、シオンヌに金品を渡しながら言った。
「ええ。あ、でも私たちの前に襲われた人が捕らわれてたりするんでしょうか?」
「それはないんじゃないかな。ジョセフィンちゃんを捉えようとかしなかったやつらは、人身売買や人質身代金とかは目的じゃないんだよ」
とグッテレィ。
「それと、このことはガゼバハルトの冒険者ギルドのギルドマスターにメッセージの魔法で伝えます。明日には盗賊団のお宝目当ての冒険者が登ってきて、残党を倒して金品回収と、もし捕らわれてる人が居たら解放するでしょう」
金品をポーチに仕舞いながら、シオンヌが言った。
「じゃあ、なるだけ早くに出発しましょうか。あ、シオンヌさんの怪我は?」
「だいじょうぶですよ」
ジョーの心配顔に答えたドボラは、死者に唱えて回る作業の途中で、シオンヌのそばに行き、癒しの魔法で傷を癒した。癒されながら、シオンヌもなにやら唱えている。さっき言っていたメッセージの魔法らしい。
結局、戦闘も含めて1時間ほどのロスで、一行は峠を出発した。
ラバのロバーの背に揺られながら道を下るジョセフィンに馬を並べて、グッテレィが話しかける。
「結構な収入になるのに、よかったのかい?」
「ええ、商売で成功したいけど、お金だけが目的ってわけじゃないし。それに、商人としての利益なら、嫌な話ですけど、もう得たことになるんです。あの盗賊団は、私たちより半日先行していた隊商を襲ったらしいこと言っていたじゃないですか。つまり、絹織物の暴落は起きなくなっていて、私たちが運んでいる絹織物は王都で良い値で売りさばける」
よほど不本意なのか、ジョセフィンは口をとがらせながら言った。
「前を行ってた隊商が、この四人のような十分なガードを雇わずに旅をしたせいさ。お前は教訓にして、商人として護衛経費を軽んじないようにすればいい」
後ろからブラウジットがジョセフィンをなだめた。彼は、妹が雇った四人に満足していた。自分がいなくなっても、彼らになら任せられると。
★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳★★
1月6日 ガゼバハルト町と王都を結ぶ街道(山越えルート)峠の先
【収入の部】
<予定分>
家具仕入れ後払い報酬 100ゴールド
【支出の部】
<予定分>
家具仕入れ費用 300ゴールド
来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い 80ゴールド
【残高】
<確定>
445ゴールド 15シルバー(1ゴールド=20シルバー)
<予定含む>
545ゴールド 15シルバー
うち、家具仕入れ費用300ゴールドと来月初め給与80ゴールドを除く
王都支出用残高は165ゴールド。ただし100ゴールドは仕入れ成功報酬
のため、65ゴールドと商品の絹織物の販売額がリスクない馬車および追加仕入れ予算となる。
【在庫商品・消耗品】
【蜘蛛の絹織物】7箱(70本)※暴落の可能性が無くなったため、王都で販売できる。
保存食38食
【メモ】護衛の費用はケチってはいけない!
さて、王都での商談は? 花嫁道具の仕入れは? そして馬車の旅と大魔王軍の残党は?
年を越さないようにします。




