危うい仕入れと出発
旅の前の仕入れと準備の話になっちゃいました
さて、商人ギルドのマスターも言っていた通り、王都への往路も商売はすべきだ。しかし、行きは近道の峠越えで行くべきで、馬車は不向き。小さいワゴンを買って行く手もあるが、そのワゴンは王都で売ることになる。まあ、往路の荷運びには、復路の馬車でも使える馬を買って行うべきだろう。
雇った冒険者たちは馬を持っているので、それに乗って移動する。雇い主は、雇用中の馬にかかる費用を負担するだけで、特に借り上げ金などを支給する習わしはない。馬車用の馬を四頭買って荷物を運ばせ、その馬は一頭ずつ冒険者の馬に繋いで引かせることになるだろう。
まず馬と馬具、そして四頭に載せられるだけの商品の仕入れ、そして食料だ。
「馬の調達なら、やっておこうか? キミは商品を選んで仕入れるほうに集中すればいい。雇われたんだから、初仕事にするよ」
コルンの提案に、ジョーは首を横に振った。
「ありがとうございます。でも、自分でやって覚えておきたいの。両方自分でやってみます。でも、馬は四頭買うつもりだから、受け取って連れて行くのはお願いしたいわ」
コルンは、ジョーの反応を、ちょっと意外に思ったような素振りで、しかし、にっこり笑って答えた。
「心得た。馬屋が吹っ掛けたりしないか、後ろから見はってるよ」
ジョーは新しいスタッフ四人を連れて馬屋に行き、四頭を自分で選んで価格交渉も自分で行った。
馬具付きで四頭85ゴールドと言われ、ちらりとコルンを振り返る。馬屋はここ一軒ではない。交渉のたたき台の値としてふさわしくない値なら、早々に他所へ行くべきで、コルンは相場に詳しそうだったから、顔を立てることにもなる。
コルンは『まあまあじゃないの?』という顔をしてから、にっこりと笑った。
ジョーは、価格ではなく、条件交渉をすることにした。
「お値段はそれでいいけれど、鞍に希望があるんです。これから荷を背負わせて峠超えで王都まで行くんですけど、帰りは馬車を引かせて、海岸沿いで戻ってくる予定なの。荷駄用の鞍に、馬車をつなげる器具も付けていただけないかしら」
馬屋の主人は太い眉を八の字にして答えた。
「それはいいが、海岸沿いは無理だからやめておきなさい。大魔王の軍の残党が居るんだ。残党、なんていうなまっちろいものじゃないくらいの軍勢らしい。ベテランの冒険者を揃えてる風だが、軍隊でも連れて行かなきゃ、ここまで帰って来られない」
親身になってくれている馬屋の主人に、申し訳ないと思いながら、ジョーは答える。
「軍隊は連れてませんが、兄がついていますので」
馬屋の主人の表情が「?」になる。
「ブラウジット・パーカーと言います。わたしは妹のジョセフィン・パーカー」
馬屋の主人の表情が「!」に変わる。
「勇者様の! それは、それは! ぜひ、海岸道路に巣食う大魔王軍残党を蹴散らしちゃってください。街道交通が途絶えては、商売にならなくて」
主人はジョーの手を両手で握ってシェイクする。
いやがらずに、にっこり笑顔を返すジョー。
「兄に伝えておきますわ。じゃあ馬具の件」
商談は成立した。しかし、対価が大魔王軍残党退治だとしたら、桁違いに釣り合わない条件だ。
馬屋を後にして、商品の仕入れに向かいながら、兄にすまないな、とか思っていたら、当のブラウジットが合流してきた。
「やあ、馬を買ったんだね。あ、スタッフも揃ったのか、よろしくね」
街中だが、ブラウジットはフルプレートの鎧を纏ったままだ。もう、身体の一部になっている。魔法の武具なので、まるで薄着のままのように動きやすいのだ。
白馬アンドロメダ号は、まるで寄り添うように、手綱を引いているわけでもないのに彼にぴったりと付いてくる。
初対面の四人の緊張が、ジョーにも伝わってきた。兄は、まったく意に介していないようだが。あのおおらかさ、鈍感さは、勇者に必要な資質なのだろう。
「あ、ええと、みなさん、わたしの兄です。どういう人かは、ご存知だと思いますけど。えと、それで、お兄様、この方々と契約を結んだの。
軽装のファイターがグッテレィ・コルンさん。マジックユーザーのシオンヌ・ヴェスタさん、僧兵のドボラ・コーンさん、最後が吟遊詩人のハートミン・ウェルさん」
ジョーが手で指し示しながら四人を兄に紹介する。名前を聞くたび、ブラウが会釈するので、呼ばれた本人も頭を下げてあいさつしていた。
「妹に聞いたかもしれないが、私は12月の末までの同行だ。出来ればみなさんには、その後も妹のことをよろしくお願いしたい」
四人の方は、まだ圧倒されているようで、声が出ない。その様子に、なんとか進行係を勤めなきゃいけない、という義務感を持ったジョーが、皆を見回しながら仕切る。
「えっと、積もる話は旅に出てから、キャンプしたらたっぷり時間があるでしょうから、とりあえず今は、市場に仕入れに行くってことでいいかしら。食料も買っておくし、わたしも今度はラバのロバーさんに乗って旅をするから、乗馬用のズボンも買わなくちゃ。みなさんもなにか買い物があれば今のうちに。買い出しが早い時間に終わったら、今日、さっそく出発して進んでおきたいのです」
市場の通りに出ると、子供たちがブラウの周りに群がった。勇者の姿を一目見ようと、大人たちも遠巻きに人垣を作る。
その脇を、ジョー達五人が四頭の馬を引いて通る、が、かなり進みにくい状況だ。
ジョーは仕入れの品に、まだ当てがあるわけではないから、情報収集から行うつもりだったが、とてもそういう状況ではない。
だが、いかにもこれから四頭の馬に荷物を背負わせて旅に出る商人だと見える一行に、売り込みに近づく者がいた。
痩せた、ターバン姿の中年男が、ジョーに近づいて話しかけてきた。
「仕入れの品をお探しで? 王都へ行かれる勇者の妹君かな? うちの絹織物はいかがですか?」
手にはシルクの反物を三巻き抱えていた。素人目にも美しい光沢の繊維だ。ジョセフィンは興味を持った。
「おいくらです? どれくらい在庫がありますか?」
おそらく相手は、冒険者ギルドでの募集のときの情報を仕入れていて、こっちの予算なども知っている相手なのだろう、とジョセフィンは推理した。率直な商談に持ち込んだ方が良いと、とっさに判断していた。
「お話しは、わたしの店で。ひとつ奥の通りです」
男が路地に入る。ジョセフィンが続いて入ると、馬を引いた四人も続く。兄だけがメインストリートを子供たちに纏いつかれながらそのまま進んでいた。
裏通りは、メインほどの人通りはない。業者向けの店が並び、バイヤーたちが歩いている通りだ。小ぶりな店の中に、男とジョーたち五人が入ると、もう、一杯だった。カウンター横には、反物が詰まった木箱が10箱積んであった。
「冒険者が北の森の洞窟で狩った、ジャイアントスパイダーたちの巣から取った生糸の反物です。この地の特産ですから、王都では高く売れましょう。在庫は店内にある10箱だけです」
ジョセフィンは箱の中の物も検めさせてもらった。品質は、さっき男が抱えていたものと同等で、上物だ。
「荷駄は四頭で、食料にひと箱充てる予定なので、欲しい荷は7箱なんです。おいくらかしら?」
「7箱でしたら480ゴールドでいかがでしょう?」
わざと7で割り切れないように値を付けてきた。490から、まとめ買い分10ゴールド値引いている、という意味合いだろう。
ジョセフィンは暗算して検討した。この品なら、クロッサ村なら小売りで20ゴールドだった。ひと箱に10本入っているから小売価格は200ゴールド。保管でダメになる品ではないから、小売店の粗利が50パーセントだとしても、小売店の買値はひと箱100ゴールドとなる。
7箱全部を同じ品にすることのリスクを考えても、良い買い物だ。
「450なら買いましょう」
どのあたりまで言っていいかわからないなりに、値引交渉をするジョー。
「そうですね。7箱で450ゴールドなら・・・・・・」
そのとき、ほぼ満員の店内に、ブラウジットが入ってきた。とりまきは、引きはがしたか、まいて来たらしい。
交渉の途中から来たブラウジットが、黙って見ているのだろうと思っていたジョーだったが、その予想はたちまち外れた。兄は、不快そうな様子を隠そうともせず、前に進み出て絹織物を売ろうとしている男にカウンター越しに詰め寄った。
「店主、私を知っているか?」
「は、はい、それはもちろん! 世界を大魔王から救った、勇者ブラウジット・パーカー様」
恐縮する店主に、ブラウジットは左手のガントレットを外し、四つの指輪をはめた素手を見せた。
「中指の指輪が青く光っているのが見えるか? これはゴルト族の大賢者ハープノイ様がくださったものだ。大魔王の配下には、脅しや魔力で人を操り、俺のパーティを騙して、罠に嵌めようとした者たちが居た。そういう罠にかからぬようにと、人を騙そうとする者の悪意を俺にオーラとして見えるようにしてくれている指輪だ。青く光っているときは、効果が発動しているときで、俺の目には、人を騙そうとしている者の周囲に青いオーラが見えている」
ブラウジットは店主を睨んだ。
店主の顔が、みるみる青ざめる。カウンターから飛び出してきて、ジョーの足元にひれ伏し、床に額を擦り付けた。
「も、申し訳ありません! 申し訳ありません!」
「え? えっ? 騙そうと……してたんですか?」
ジョセフィンは訳が分からなかった。品は本物だった。箱の中身は全部確認した。値段も相場に対して適切な提案だったはずだ。いったい、どこに嘘が。
「実は……昨日までは在庫は40箱だったんです。今朝、30箱を買って、王都で売りさばくという商人に売って。その商人は、すぐに旅立ちました。いかに王都とはいえ、一度にそれだけ持ち込まれたら、この10箱は、相場通りでは売れないでしょう。そのことを伏せたまま、あなたに売ろうとしました」
ブラウはジョーを見て頷いた。
「もう、光ってないよ」
今度の言葉に嘘はないらしい。
ジョーは、できるだけ商人として、この状況を考えてみた。利益を生む話にならないかと。
品の価値は変わりない。王都の相場が問題になるだけだ。先に出た30箱の商人を追い越して先に売り払えば良いか? いや、それは難しいだろう。もう半日以上先行されている。
売る場所を変えるのはどうだ? 王都意外にまで運べば、相場で売れる。たとえば帰り道の海岸道路の大きな港町で売ればいい。その場合、困るのは、今度の行程の行き先である王都で金に変わらないということだ。
換金できないと家具の仕入れに支障が出るだろうか? いや、ギルドマスターから準備金も受け取っているおかげで、仕入れ用の費用はそっくり残せる。王都で新しい品を仕入れる費用が不十分になるが、その分この商品で利益を出せばいいことだ。
「ではご店主。商談に戻りましょう。先ほどのお話し通り、7箱頂戴します。でも、わたしに情報を隠して売りつけようとしたことを後悔していらっしゃるなら、価格に誠意を見せていただけないかしら」
店主は顔を上げ、ジョーの目を見上げた。
「わ、わかりました。320でいかがでしょう。ほぼ、私の仕入れ値となりますが、このまま在庫で抱えるよりましです。40箱仕入れたときに見込んだ利益は、すでに先の30箱で得ておりますし」
値段に現実味を持たせようと、必死な様子だった。
「じゃあ、決まりですね。良い買い物ができました。あ、そういえば、この辺りで乗馬用のズボンを買えるところ、ご存知ないかしら?」
買ったばかりの馬に蜘蛛の絹織物を背負わせて、ワンピーススカートの下に乗馬用のズボンも買って履いたジョセフィンは、旅用の保存食を購入した後、冒険者ギルドに立ち寄った。
雇った四人の冒険者の乗馬用の馬を繋いでいたのは冒険者ギルドの厩だったので、冒険者ギルドで、旅支度が完了した。
まだ日の入りには時間があった。ラバのロバーに跨ったジョーが一行の先頭に立った。
「では、今日、行けるところまで進みましょうか」
町の出口の門を抜けると、踏み固められた道が、青く連なる山脈に向かって、蛇行しながら伸びていた。
★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳★★
1月5日 ガゼバハルト町の門外、王都への街道(山越えルート)
【収入の部】
<予定分>
家具仕入れ後払い報酬 100ゴールド
【支出の部】
<確定分>
仕入れ【蜘蛛の絹織物】7箱(70本) 320ゴールド
乗馬用ズボン 5シルバー
保存食40食 4ゴールド
荷物運搬用の馬と馬具(4頭) 85ゴールド
<予定分>
家具仕入れ費用 300ゴールド
来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い 80ゴールド
【残高】
<確定>
445ゴールド 15シルバー(1ゴールド=20シルバー)
<予定含む>
545ゴールド 15シルバー
うち、家具仕入れ費用300ゴールドと来月初め給与80ゴールドを除く
王都支出用残高は165ゴールド。ただし100ゴールドは仕入れ成功報酬
のため、65ゴールドがリスクない馬車および追加仕入れ予算となる。
【在庫商品・消耗品】
【蜘蛛の絹織物】7箱(70本
保存食40食
次は本当に旅の話です。