表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/24

勇者との旅は、あまくない

旅の仲間が揃い、ほぼキャスティング完了となる話です。


 最近の周辺のモンスターの状況を話し始めた、兄とギルドマスターを置いて、ジョセフィンはギルドのカウンターの内側で、エミリアと話した。

「あ、あのう、エミリアさん? わたし、お父様からの依頼で、王都にあなたの嫁入り道具の仕入れをしに行くことになりました」

 エミリアは驚いた様子だったが、予感はあったようだ。

「そうですか。よろしく・・・・・・お願いします。きっと、あなたには、わかっているのでしょう? わたしがなぜ、嫁入り道具にこだわったりしたのか」

「ええ・・・・・・鈍い兄で、ごめんなさい」

 エミリアはにっこり笑った。

「お兄様は素敵な方よ。私を救ってくださった方。多分、あちこちの女王様やら王女様やらが、私と同じように救われて、お慕いしているんだわ」

どこか寂しげな笑顔。

「わたしのことなんか、覚えてくださってるだけで幸せと思わなくちゃ」

 掛ける言葉がみつからないジョーは、聞いておきたかったことに話を向けた。

「花嫁道具、仕入れて持ち帰ってしまって、かまわないんでしょうか」

「そうね。お兄様がいっしょなんじゃあ、無事持ち帰っちゃうわね。いよいよ私も嫁入りね。リヒャルトは、いいひとなのよ。私のことを想ってくれてるし。せめて、そうね、あなたにお願いがあるの」

「は、はい」

「家具を選ぶとき、あなたが候補を上げてくださって構わないんだけど、最後の選択は、お兄様がするように仕向けてほしいの。わたしは、あの方が選んだ花嫁道具とともに、お嫁さんになるんだって、そう思いたい。お願いします」

 エミリアの目が潤んでいた。

 ジョーは、力強く頷き、エミリアの手を両手で握った。言葉は出なかった。何と言っていいのかわからなかったから。

 そのとき奥の部屋から、書簡を持ったギルドの事務員らしき男性が出てきた。ギルドマスターが書いてくれた冒険者ギルドへの紹介状だ。

「じゃ、わたしは冒険者ギルドに先に行ってきますから、兄が出てきたら、そう伝えてください」

 書簡を受け取ったジョーは手を振って商人ギルドを出て行った。


 冒険者ギルドは、商人ギルドとは全く違った雰囲気の場所だった。

 まず、部屋の中が暗い。

 人は多かったが、ほとんどはテーブルで昼間っからお酒を飲んでいるグループもある。

 依頼が掲示されている壁のボード前で依頼書を読んでいる冒険者などいない。商人ギルドのテーブルで商談が行われていたように、依頼者と冒険者が交渉する、などという場面もない。冒険者たちが、ただたむろして休んでいるようにしか見えない。ギラギラした部分がないのだ。

 大丈夫なんだろうか。

 ジョーの疑問はもっともなものだったろう。仕事を得たいという意欲が感じられないのだ。

 彼らにとって新顔であるはずのジョーが入ってきても、興味を持った様子が見て取れたのはニ、三人。あとは無関心だった。一番反応したのは、受付カウンターの奥のテーブルで飲んでいた四人組のうちのひとり、軽装のファイターらしい若い男だった。目つきがきつくて、それでいて、ジョーに対する反応は、うわついたチャラ男のそれだったが。

 もっと注目されると思っていたジョーは肩透かしをくらった形になったが、かまわず、ツン、と顎をそらしてカウンターにまっすぐ歩いて行った。

 チャラ男をちらりと見た瞬間、チャラ男はグラス片手に手を振って笑ってアピールしていた。

 あきれ顔を作って目を閉じると、もう、カウンターはすぐ前だった。

 目を開けて前を見上げるとカウンターでギルドの受付嬢が、左手の四指にはめた豪華な指輪と、それに負けないほど派手なネイルに息を吹きかけながら、ちらりと自分より頭一つ背が低いジョセフィンを見下ろした。「なあに?」とでも気だるげに言いそうな表情だったが、ジョーが書簡を差し出すと、今度は「あら?」と言いそうだったが黙ってそれを受け取った。書簡には蝋で封がしてあり、商業ギルドのギルマスの印が押されている。

 受付嬢は、小さな音の口笛を鳴らし、驚いた顔を作って

「少々お待ちを」

と言って、奥の部屋に入っていった。

 一分ほどして、受付嬢が入った扉から出てきたのは、ギルマスらしい男性だった。

 男はジョーに向かって何か言おうとしたが、それを後回しにして、そのことをジョーに伝えるために人差し指を立てて、ジョーに目で合図して、ギルド内に聞こえるように通る声で言った。

「おおい、みんな、よく聞け! こちらのお嬢さんは商人ギルドのギルマスから仕入れの依頼を受けて、護衛スタッフをお探しだ。ギルマスの紹介状には、ギルマスが支度金を渡していることが書かれていて、十分な給料が支払われるだろうことは折り紙付きだ。そして驚け、こちらのお嬢さんは世界を救った勇者ブラウジット・パーカーの妹君で、ここまで勇者と二人で来られた。

 つまり、彼女に雇われるってことは、勇者のパーティに参加するってことになる」

 ギルド内の空気が変わった。そこにいた冒険者たちが、一人残らずジョーに注目していた。

「さあ、ささささ」

 ギルマスは受付カウンターから出てきて、ジョーの両肩をつかんで、一番大きなテーブルの席に案内して座らせた。

 ギルド内の冒険者たちが、ぞろぞろとテーブルの周りに集まる。やや離れて立つものもいたが、例のチャラ男はとなりの椅子を逆向きにして、背もたれを抱くようにして座った。

 ギルマスが仕切るように言う。

「おい、みんな、勘違いするなよ。募集がかかってるのは旅商人の護衛スタッフだ。大魔王軍の残党狩りじゃない。勇者様といっしょに旅ができるってことには違いないが、英雄になれるわけじゃないからな」

笑いが起こる。

 ジョセフィンもうれしくなって笑顔になった。

「あの、皆さん。募集は四人くらいで、当面の目的地は王都なんですけど、できれば、その後もお願いできる方を求めています」

 ジョセフィンは条件の話をしようとしたが、集まった冒険者の興味は勇者との旅だった。年配のクレリックがジョーの言葉を遮るように質問してきた。

「あー、それよりお嬢さん。クロッサ村からここまで馬で来たのかい? 二日くらいで着いたのかな?」

「わたしがラバを引いて歩いて。兄は自分の馬に乗ってました。わたしを乗せようとしたんですけど断ったので。四日かかりました」

 ジョーが答えるとファイター風の男の冒険者が、乗り出すようにして訪ねてくる。

「ここまで来る間に、戦闘はあったのかい? このへんじゃゴブリンかオークあたりだろうけど、勇者様がふっ! って吹いたら吹き飛んじまったんじゃないのかな?」

 兄の武勇伝が聞きたいのだと思ったジョセフィンは、旅の様子を熱心に話し始めた。

「兄は『勇者のオーラ』っていうスキルを発動していて、並みのモンスターは近寄ってこないんです」

ほー!と感嘆の声が上がる。 さっきの男がさらに聞いてくる。

「じゃ、ここまではなんもなし? これからの旅も?」

「いいえ。兄のスキルにも問題があって、ひとつは動物も遠ざけてしまうので狩りもできないんです。もうひとつは、兄の居場所を知らしめることになってしまって、兄を狙うモンスターを引き付けることになってしまって」

「何か、出たの?」

「はい。一度」

 周りの冒険者が身を乗り出して迫ってくる。生唾を飲む音があちこちでした。ジョセフィンはありのままに話した。

「コウモリのような羽根を拡げた魔物が道に立ちふさがって」

「デーモンかデビルか? 勇者のオーラを恐れないほどの?」

ファイターが合いの手を入れる。

「兄はアークデビルって呼んでました」

「あ、アークデビルぅ?!」

合いの手の声がひっくり返る。

 周囲の表情が、興味から恐怖に変わっていたのだが、ジョセフィンは気が付かずに話を続けた。

「兄が馬を降りて近づいていくと、そいつが『サモンモンスター』って言って。四体モンスターが増えたんです。人みたいに立ったトカゲと、石の大男と、首から上が馬の戦士と、手足が触手のイカ頭」

「アークデビルが呼び出したんだ、直立トカゲはドラゴニュートだろうよ?! 大魔王の親衛隊の生き残りとか」

「ストーンファイターは反則だろう? 大精霊だぞ」

「イビルの馬頭戦士ってのはアリかよ? 大魔王軍のブラホー将軍以外にもいるのか? それとも本人か?」

「イカはクラーケンナイトだな。スナフワイトの港町を一匹で滅ぼしたっていう」

「で? 勇者はあんたを守りながらどうやって戦ったんだ?」

聞かれるまま正直に答えるジョー。皆が聞きたがっていることをなんとか伝えたいと必死に話す。

「兄は剣を抜いて横に振るって、三日月剣、って言ってました。三日月型の光の刃がモンスターたちに飛んで行って、直立トカゲとイカは倒れちゃって、残った石の大男と、首から上が馬の戦士は襲い掛かってきて、兄が二体の間を駆け抜けたんですけど、私には動きが見えなくて。で、その二体は胴が切れてて、上下真っ二つで」

 周りの冒険者たちは、身を乗り出していたのが、すこし引き始めていた。

 その変化に、ジョセフィンは気付かない。そんな彼女を、隣のチャラ男が心配そうに見ている。

「残ったアークデビルは、身体から炎を出して、あたりが火の海になって」

「『地獄の業火』だ」

かすれた声でそう言ったファイターは大きく一歩後退して聴衆の輪から離れた。

「兄の盾が光って、兄は炎が平気みたいで、アークデビルを縦に真っ二つに切っちゃったんです」

 周囲で、止めていた息が吐き出される音がする。と同時に、前かがみになっていた冒険者たちは身体を起こして回れ右すると、元の席に帰っていった。

 きょろきょろとそれを目で追うジョセフィン。彼女の周りに残ったのは四人。チャラ男と共にテーブルを囲んで飲んでいた連中だ。チャラ男とマジックユーザーの女、ごっつい鎧を纏った僧侶とリュートを抱えた吟遊詩人だった。

 きょろきょろしていたジョーは、すぐ隣に残って自分に秋波を送っているチャラ男に視線を止めた。どういうことなの? と目で訴える。チャラ男が解説し始めた。

「つまりみんなは、勇者のパーティに参加したら、経験値のおこぼれでレベルアップできるかな、って期待してたのさ」

「おこぼれ?」

「戦闘では、とどめを刺したのが誰であれ、戦闘参加した者全員にレベルに応じた経験値が入ってくる。戦闘参加するためには、敵から攻撃されてダメージを負うか、敵に攻撃してダメージを与えるか、戦闘参加した者に戦闘中に補助魔法をかけるか、どれかに該当しなきゃならない」

ジョーは頷き、すればいいんじゃないの? と言いたげだ。

「ところがさっきの戦闘の話、親玉のアークデビルだけじゃなく、呼び出された四体のうちの一体でも、今この町に現れたとしたら、ここにいる冒険者と領主の兵隊が全員でかかっても、あっさり全滅させられて、町が滅びるレベルのモンスターだ。攻撃されたら一発で即死だし、攻撃したってダメージなんか与えられない。しかもお兄様はなんのサポートも必要なく、そいつらに一人であっさり勝っちまった。つまり、おれたちレベルじゃあ戦闘参加なんて無理。おこぼれにはあずかれないって、思い知ったわけだ」

「解説ありがとうございます。よくわかりました。でも、だったらわかんないですけど、あなたたち四人は、どうして残ってくれたの?」

 四人の顔をひとりずつ見る。最初に答えたのはチャラ男だった。

「俺は最初っから君が目当てだからね。一目で惚れちゃったよ。君にアピールするために、いっしょに旅がしたいのさ。俺の名はグッテレィ・コルン。軽装だけどれっきとしたファイターだ。シーフスキルを一通り持ってる。役に立つぜ」

 ジョセフィンは警戒して身体を引いてチャラ男からできるだけ距離を取ろうとする。チャラ男はニコニコしてる。次は色気を発散している女魔法使いが答えた。

「わたしも彼と似たようなものね。あなたのお兄様に興味があるの。勇者としてじゃなく、男性として。強い男って理想よ。マジックユーザーのシオンヌ・ヴェスタよ。攻撃よりも防御が得意。あなたのお兄様も、あなたを守るスタッフのほうがいいっておっしゃるはずよ。ねぇ。わたしがお姉さんになるのは嫌かしら?」

 ジョセフィンは彼女からも距離を取るように身を引く。もう居場所がなくなりそうだ。

 ごっつい鎧を纏った僧侶は、色ごとが目的ではないだろう。

「わたしは僧兵のドボラ・コーン。天界に行かれたこともあるというお兄様は、神に仕える身としては憧れですよ。いっしょに旅ができるのであれば、またとない経験ができると思っています。もちろん、雇い主がお兄様ではなくあなただとうことはわきまえていますよ」

やっとまともな動機が聞けて、一安心したジョーが、最後の一人に視線を送る。リュートを抱えた吟遊詩人だ。貴族のような服装で、腰にはレイピアをぶら下げている。端正な顔立ちで、ウエーブがかかった淡い金髪は、まるで金糸のように輝いている。口を開くと、あまい声で歌うようにしゃべった。

「わたしはご覧の通りの吟遊詩人です。名前はハートミン・ウェル。わたしたち吟遊詩人は、世の珍しいことや素晴らしい出来事や人物を歌にすることで経験を得て、レベルアップします。あなたのお兄様は、この世で最高の歌の題材です。さきほどあなたが語った戦いの場に、もしもわたしが居合わせていて、その場面を歌にすることができていたら、わたしは今頃マスターレベルを獲得して、マスターバードになれていたでしょう。ぜひお兄様とご一緒に旅がしたいですね」

 ジョーは四人が語った理由を吟味した。チャラ男ことグッテレィ・コルンを除けば、兄との旅が目的ということになる。だが、ジョセフィンは13月には兄の援助なく旅をせねばならず、そのときも、またさらに旅商人になれた場合はその後も、彼女に同行してくれるスタッフを求めている、

「ええと、グッテレィ・コルンさんを除けば、兄との同行が条件なんでしょうか。実は兄がわたしの旅に同行するのは12月いっぱいまでなんです。でも、わたしがスタッフを必要としているのは13月末まで。実は父との約束で、13月の収支次第で、その後、商人を続けてよいかどうかを認めてもらえる課題が出ているんです。13月次第では、来年以降もスタッフを続けていただきたいけど、それはそのときに再契約のお話をするとして、少なくとも13月。兄がいなくなってもひとつきは同行していただかないと。だから、兄との旅だけが目的だと、困るんです」

 勇者との旅を理由として挙げた三人は、ジョセフィンの言葉を、特に問題ない、という表情で聞いていた。そして吟遊詩人が代表して答えた。

「あなたは、ぼくらがここに残ってあなたの話を聞くことにした理由を尋ねた。だから、ああ答えたのです。雇われるかどうかは条件次第ですよ。あくまでビジネスです」

 あとの二人も頷いて、同感であることを示した。

 ジョセフィンの心配顔は消え、彼女は条件を書いた紙をテーブルに拡げた。

「商人ギルドで教えてもらった、旅商人のスタッフの平均的な条件をもとにしたものなんですが・・・・・・」

 ニ十分ほどの懇談の後、ジョセフィンは四人のスタッフをパーティに加えた。



★★★★★★★★★★


1月5日 ガゼバハルト町の冒険者ギルド




【収入の部】



<予定分>


家具仕入れ後払い報酬 100ゴールド


【支出の部】


<確定分>


冒険者ギルド求人手数料   1ゴールド

冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い  80ゴールド


<予定分>


なし



【残高】


<確定>


855ゴールド




<予定含む>


955ゴールド



【在庫商品・消耗品】


保存食4食



さて、いよいよ本格的な旅が始まります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ