暗躍の露見
4月の予定が、もう7月ですね。
ジョセフィンは、馬車の荷台に作った座席での話題を、意識的に兄の話題から逸らすよう努めた。
兄の話をすると、ジョーへの依頼による取り込みの話になってしまい、居心地の悪い話題になってしまうからだった。
マリエとスファーラに話題を振ると兄の話になってしまうので、特使とバルトース領主の息子の恋バナに話を向けた。
「どんな方なんですか? お見合いみたいな感じだったんですか?」
ジョーのくったくない問いかけに、エリザベスは、くすっ、と笑った。
「婚約は国同士が決めたことなので、お見合いとは違いますね。お会いしたときにはすでに婚約は既成事実で、顔合わせのご挨拶、といった感じでしたね。サミュエル様はわたしよりも18も年上で、やさしそうなおじ様って感じです」
「え? そんなに歳が離れて。まさかあっちは再婚とかじゃ」
マリエが無遠慮に問い返す。
「いいえ。若いころから冒険者として旅をなさっていて、婚期を逃した、とおっしゃってましたよ、ご本人が」
にこやかに答えるエリザベスの言葉は、勇者一行として旅をしていた二人の女性の琴線に触れたようだ。
「解る!」
「たしかに、婚期を逃しますね」
マリエとスファーラは、即座に肯定した。彼女たちは、冒険者としての旅が伴侶を得る機会を失うと痛切に感じている、いわば証人だった。もっとも実際には二人に言い寄る男どもはたくさんいて、ブラウジットに熱を上げていたふたりがそのすべてを袖にしてきただけなのだが。
兄の話題になりそうな気配を感じ取って、ジョーが話題を変える。
「ホドワースの武具不足の情報とバルトースの格安武具の情報はギルドや市場にありました。これまで、大量買い付けや、商人の持ち込みはなかったのですか?」
「今回の交渉と違い、単なる武具購入は、軍拡競争しか生みません。バルトースの経済も好転しない。それではだめなのです。でも、当面の危機回避のために、軍備に走ろうとした者も居ました。旅商人に買い付けを依頼したこともありましたが、前金を渡した商人は帰ってこなかった。ギルドを通していなかったので、持ち逃げしても商人を続けられると思ったのかもしれないですね。高価買い取りの情報を流しても、バルトースから武器を仕入れて持ち込む商人は、これまでいませんでした。武器の流れを妨害されているのではないかという情報もあります。武具を奪われた隊商の残骸が領内の街道沿いで見つかったとか。金品は奪われておらず、武具だけを狙ったなどと、普通の賊の仕業とも思えません」
エリザベスの話に、ジョーの直感が働いた。
ジョーは荷馬車の幌から身を乗り出し、前方の御者台のグッテレイと、アンドロメダに乗って随伴する兄に呼びかけた。
「グッテレイさん! お兄様! この街道には、多分ルストアントが居ます!」
経験を共有する兄と護衛たちは、即座に状況を理解した。新しい同行人たちには意味不明だ。
「ルストアント? あいつはダンジョンの深層にしかいないモンスターよ?」
マリエが訊きかえす。
「前に、武器輸送していたときに待ち伏せされたんです。金品に手を付けなかったのは、錆びない貴金属や宝石をルストアントが無視したから。何者か、武器の輸送を妨害したい街道に、ルストアントを配置している者がいるんです!」
ジョーは自信をもって言った。御者台のハルツ・ベルツが賛同する。
「モンスターサモニングは魔王アデオンが得意とするスキルのひとつです!」
「あの野郎だったのか!」
グッテレイがその名に反応した。
「わかったわ。種がはっきりしてるなら、私が感知できます」
スファーラが呪文を唱え、そして結果を、幌から身を乗り出して報告する。
「いたわ! この先、街道がドネツン川のほとりに出るあたり。川側の反対の森の中に百匹くらい固まってる!」
グッテレイたちは、木製の槌に武器を持ち帰る準備をしていたが、マリエが先行した。
マリエは馬車から飛び出して、羽根を広げる。
「固まってるなら、わたしに任せて! やつらには、お気に入りのブレスレットを錆に変えられた恨みがあるのよ!」
空高く舞い上がり、前方へ飛んでいく。
ホドワースとバルトースを結ぶ街道は、それぞれの街から国境となっているドネツン川のほとりに出て、それぞれ川に沿って馬車で1日ほどつづき、国境を超える橋「ラセット橋」で川を渡る。
今、馬車は、ホドワースからドネツン川への道の終盤で、もうすぐ川に突き当たって川沿いになるあたりだった。
高い魔法耐性を誇り、硬い外皮で守られたルストアントには、ファイアボールやライトニングボルトは効果が薄く、剣や槍で傷つけることはできても、体液によって剣や槍が錆て粉と化す。本来はダンジョンの深層に住み着いていて、冒険者を苦しめ、彼らのテリトリーには冒険者たちが持っていた貴金属や宝石類がころがっている、というモンスターだ。
ルストアントの群れが集結している森の上空に到達すると、マリエが空中で停止した。そして魔法詠唱する。
彼女が選んだ魔法は、メテオシャワー。空を横切る隕石を集めて、一か所に集中して降らせる魔法。降り注ぐ隕石は魔法の産物ではなく、呼び寄せられた自然の産物。その質量と運動量で対象物を攻撃する。その威力は、ルストアントを外皮ごとつぶすのに十分だった。
問題は、群れを駆逐するのに必要な数を集められるかどうかだったが、それは魔力の大きさに依存するものであり、ブレスレットの恨みで本気を出したマリエの魔力は、優に三百を超える隕石を集めていた。
降り注ぐ隕石は、森の木々を粉砕し、地上に集まっていたルストアントをことごとくつぶしていった。
ただし、隕石の半数ほどは炎をまとっており、地上の森は森林火災を起こしていた。あとからフライの呪文で飛んできたスファーラが、上空から呪文で消火作業を行って、延焼を防いでいた。
「ルストアントの反応が消えたわ。あなたも消火作業していきなさいよ!」
「はいはい」
ふたりの水魔法で大量の水が降り注ぎ、火事は数分でおさまった。
「おいおい、百匹瞬殺かよ」
御者台で木製の槌を構えて戦闘準備していたグッテレイがあきれる。
★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳★★★★★★
2月16日
【収入の部】
<確定分>
<予定分>
特使の状況次第では帰りに武具の輸送の依頼がある。
【支出の部】
<確定分>
<予定分>
来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い 80ゴールド
【残高】
<確定>
3194ゴールド 1シルバー(1ゴールド=20シルバー)
<予定含む>
3114ゴールド 1シルバー
【在庫商品・消耗品】
商品在庫
牛4頭
医薬品7箱
ジャガイモ37箱
玉ねぎ24箱
その他
高級食材 10ゴールド分
保存食10人5日分
【メモ】
証人の邪魔をして、人同士が戦うよう仕向けている魔王がいる。兄さまたちといっしょに旅する私なら、それに対抗できるのかも。




