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特使の狙い

3月の予定が一週間遅れになりました。

 ジョセフィンは、依頼を受けると答えた。依頼人と話してから決める、とかだとギルドマスターの面目はつぶれてしまうが、そういう話ではない。

 ギルマスの顔を立てたのだ。

 ギルマスは、実際に客として乗る特使との引き合わせを依頼されたのであって、相手は依頼人である領主ではないのだから、こちらから面会に伺う、という話でもなくなる。

「では、領主様には、依頼をお受けいただけるとご報告させていただきます。そのうえで、特使ご本人との事前の打ち合わせの場を設けましょう。今すぐ使いを出してあちらのご都合を確認しますので、このままお待ちを」

 ものの十分も立たないうちに、使いとして行った若い受付嬢が息を切らせて戻ってきた。

「と、特使が間もなくいらっしゃいます!」

ご都合伺いのはずが、本人がすぐ来るという話になったらしく、慌てて先ぶれのために走って戻ってきたらしい。

「ご苦労様だったね。おや、お着きのようだ」

 ギルドマスターのねぎらいの言葉が終わらぬうちに、ギルド受付あたりが騒がしくなっていた。

 ギルドマスターがカウンターの方まで迎えに行って、特使を案内してきた。

 入ってきたのは、ピンクのドレスに紫の外套を羽織った、若い女性だった。

 机に腰かけていたグッテレイが、慌てて姿勢を正そうとしてずっこけてしまい、一同が笑いをこらえる。特使はにっこりと笑って、名乗った。

「初めまして。今回、お世話になります特使を拝命しております、エリザベス・カラリオンです」

 街を治める王弟カラリオン公爵の次女であった。

 ジョセフィンはすかさず立ち上がって彼女と対面し、お辞儀をした。

「ジョセフィン・パーカーです。お呼び建てしたみたいになって申し訳ありません。出発の日時や、荷物や乗車場所のことをお話ししておきたくて」

「いえ、こちらこそ。父が無理なお願いをして申し訳ありません。荷台の隅でいいので私と大きめのカバンを一つ運んでください。日時についてはそちらのご都合で、この街での仕入れや積み込みが終わってご出発という折に、わたくしが荷物とともに馬車までお伺いします」

領主の娘だというのに、普通の乗り合いの客の扱いで良いらしい。

「帰りの荷があるかもしれないとお聞きしましたが、それはどういう・・・?」

ジョーに訊かれて、エリザベス嬢は部屋にいる一同を見まわし、最後にギルマスと目を合わせ、ちょっと表情を曇らせた。

「ここではちょっと。・・・ギルドマスターにご迷惑がかかってしまいますので。出発後に野営のときとかでしたらお話しできます。あちらでのわたくしの交渉次第では、馬車にいっぱいの重い荷物をお運びいただくお願いをしたいのです。復路の荷が多くてご商売のお邪魔になると思いますので、その分は別途、お支払いいたします。提示させていただいてる額は、わたくしの交渉がうまくいかずに、そのまま戻ってくる場合のものだとお思いください」

 今ここで話すとギルドマスターに迷惑がかかるが、旅に出ればジョー達には話せる荷。いったいどういうことだろうか、とジョーは考えたがわからない。この街に事前に情報が流れることを不安視してのことだろうけれど。

 しかし、おそらくは無駄な詮索をしないことを含んだ依頼料なのだろうと納得することにした。隠し事はあるが、だまそうとしているわけではないことは、兄から警告がないことからもあきらかだ。もしも騙そうとしているのなら、兄の指輪が反応するはずなのだから。

「わかりました。では、明日の正午。お屋敷にお迎えにあがりますので、お乗りください。よろしいですか?」

 ジョーの言葉に、エリザベスの表情が、ぱっ、と明るくなる。感情がよく表情に現れるタイプのようだ。交渉事の特使としては、どうなのか心配だが、好人物だとジョセフィンは感じていた。

「ありがとうございます。では、仕入れや旅支度のお邪魔をしてはいけませんから、今日のところはこれで。いろいろお話ししたいこともありますけど、それは旅の道で。よろしくお願いしますね」

座っている一同それぞれに目線を合わせて挨拶してから、彼女は立ち上がり、貴族風のお辞儀をして踵をかえした。グッテレイの前を過ぎるときに、にっこりと微笑みかけて、笑みを含んだ表情のまま、従者が開けたドアをくぐって出て行った。


 応接室に残った面々は、しばらく黙っていた。

 エリザベス嬢がギルドを出ていく気配を読み取ってから、ジョセフィンが口火を切った。

「お役人ではなく、お姫様が特使なのですね。これは、鶏を仕入れて馬車に積むというわけにはいかないですね。荷台に腰かけていただくクッションを用意しないと」

 ギルドマスターに挨拶して、一同はギルドを出た。

「それで」

市場方面へ向かいながら、先頭を歩くジョーが振り返って尋ねる。

「お三方は、この旅の間、兄とともに同行してくださるということでよろしいのですね?」

ジョーの問いかけは、マリエとスファーラとハルツに向けてのものだった。『ついてくるのか』ではなく、自分のほうから来てほしいのだという言葉で呼びかけて。

「よければずっと同行ってお願いできるかしら。なんだか、旅をしてない自分っておちつかなくて」

マリエの本来の目的はブラウだったが、この言葉も嘘ではなかった。

「わたしも、戻っても堅苦しくて退屈な生活が待ってるだけだし」

スファーラも同様だった。

「ぼくは、パーカーさんの押しかけ弟子ですので、ついて行かせてもらいたいです」

ハルツ・ベルツにとってはそれがまちがいなく本筋だった。

「では、お三方は兄の客人ということで、街に滞在するときにはこちらで宿などお世話させていただきますので、お給料とかはお出しできませんが、ごいっしょしていただければ心強いです」

実際、護衛として三人を雇用する場合、その給料を払うだけであっという間に破産してしまう。

「旅の間は、ハルツ・ベルツさんは御者台にグッテレイさんと座っていただいて、マリエ・シャンテさんとスファーラ・ハテンさんは、わたしや特使とご一緒に、馬車の荷台に席を作って乗るようにしましょう」

 家具屋で、座布団に木枠と低い脚がついた座椅子を4つ購入し、荷台の隅に4人が二人ずつ向かい合わせで座れるように固定した。揺れても倒れたりしないように、床に足をのばしたり崩したりして座る20センチくらいの高さの座席だ。

 ほかに、医薬品とじゃがいも・たまねぎなどを木箱で買い込んで崩れない高さに積む。鶏やうさぎを馬車で運ぶのはあきらめたが、家畜も試すということで牛を四頭購入して、引いていくことにした。

 あとは、旅の間の食料を多めに購入する。運賃が法外なものだから、それなりの食事を提供すべきだろうということで高級な食材も含んでいた。

 この日のうちに仕入れを終えて、約束の翌日正午に、領主の館に馬車で向かった。

 カラリオン公爵も見送りに出てきて、大勢の使用人や兵たちに見送られて、特使のエリザベス嬢が荷馬車の後ろから荷台に乗り込んだ。荷物はおちついた装飾のカバンひとつで、事前に聞いていた大きさのものだったので、座席の近くに確保していたスペースにグッテレイが積み込んだ。

「う、よ、よっこらせ、と」

冒険者であるグッテレイが、ややよろめきながら持ち上げていた。かなり重いらしい。

 カラリオン公爵は、娘の見送りよりも、勇者様への挨拶に必死な様子だったが、馬車が出発すると、後ろにロープでつながれた牛の列越しに、幌の中から手を振るエリザベス嬢に見えなくなるまで手を振り返して見送っていた。


 街の近くの街道は整備されていて、午後の旅は順調そのものだった。牛が、思っていたよよりもサクサク歩いてくれたのはうれしい誤算だった。

 日が暮れて街道沿いのちょっとしたスペースにキャンプを設営し、グッテレイとハートミンが新鮮な食肉を確保しに森に狩りにでかけた。

 自分の存在価値を示そうと、やる気満々のグッテレイだったのだが、興味本位でついてきたマリエが、シカを見つけるなりグッテレイたちの常識をはるかに超えた遠距離からの電撃矢を放って一発で仕留めてしまった。シカは、もう、焼く必要がないほどまる焼け状態だった。

 シカのステーキをメインとしたその日の夕食は、料理人としてのスキルも極めているブラウが腕を振るったごちそうになった。食後に焚火を囲んで和やかに話していた途中で、エリザベスが切り出した。

「さて、キャンプでお話しする、と申していたことがありましたね」

一同はそれぞれの会話を止めて、彼女に注目した。

「まずは、特使を送ることになった経緯からお話しするべきでしょう。わが、ホートレンウォージャー王国と、隣国サルサラース王国は、大魔王と闘うために協力し合う以前は領土争いを繰り返していた敵同士でした。ドネツン川を挟む国境の街ホドワースとバルトースはもともとは両国の国境の守りとなる砦街です。国同士の大きな戦だけでなく、二つの街の領主は小競り合いを繰り返してきた歴史があります。

 大魔王が倒されて、両国の関係は、昔に逆戻りしようとしています。そんな中、二つの街の情勢に変化が生まれました。平和を享受し、富を貯えつつあるわが街ホドワースと、豊富な武器によって軍力を増強し、財政的には軍の費用に圧迫されて裕福とは言えなくなってきているバルトース。その兵力比は父の調べでは現在5対1。あちらがその気になれば、わが街は簡単に略奪、蹂躙され、占領されるでしょう。

「この状況に対し、国境警備のために王都から国王軍がホドワース領に移動すると、我が国の方が、先に戦争の火種を作ったことになってしまいます。まずは、事を荒立てぬよう、街同士の交渉で、現状を打破する、というのが今回の特使派遣です。

「わたしは、バルトース領主と交渉し、あの町の兵力の二割解体を求めます。解体によって解雇される兵士たちの退職金はホドワースが負担し、彼らが纏っていた装備は、市場価格以上の価格でホドワースが買い取る、という条件で。

「その装備を持ち帰ってホドワースは新たな兵を養成します。これで5対1だった兵力比は2対1になります。富と兵力の均衡によって、緊張を緩和しましょう、という交渉なのです」

エリザベスは言葉を切った。

「それじゃ、あの、やたら重いカバンの中身は・・・」

グッテレイが確認する。

「金貨です。そして、帰りの荷は、重装兵二百名分の武具」

商業ギルドのギルドマスターは、この交渉の内容までは知らされていないのだ。もし知れば、大量の武具が持ち込まれることで市場にも少なからず影響を与えることをギルド内に漏らさぬようしなければならなくなり、立場的に板挟みに苦しむことになる。あの場で話せないというのは、そういう意味だったのだ。

 そしてエリザベスは裏の話まで明かし始める。

「交渉の主導権を握るため、約定を結んでいったん戻ってお金と装備の交換を行うのではなく、交渉の場に金貨を積み上げて見せるのです。そんなこと、普通に行えば、それこそ力で強奪されて戦争の火ぶたが切られてしまうでしょう。しかし、立場的に中立である絶対強者の勇者様が同行したとなれば、手出しなどできようはずがありません。この交渉が、勇者様主導の調停ではないかと誤解する者が出るかもしれないことも織り込み済みです。

「特使にわたしが選ばれたのは、交渉が高圧的にならぬよう平和目的であることを強調するためです。大魔王との闘いのさなか、両国、両領主の結束のため、あちらの領主のご長男とわたしの縁談の話が進んでおりました。ところが大魔王が討伐されて、自然と立ち消えになっておりました。そのことを思い出していただくためにも、わたしが参る必要があったのです」

 エリザベスの話はいったん終わった。まだ、何か言いたげな様子はあったが。

 この特使の輸送依頼の話が、よそへ行かなくて良かった、とジョセフィンは思った。

 特使の任務が成功すれば、ホドワースには大量の武器がもたらされ、市場からの武具の買い上げがなくなることで、武器の価格が暴落することを意味する。知らずに往復の復路の商品を武器にしていたら、損が出たかもしれない話だった。

 思案顔のジョセフィンの方を、エリザベスが何か言いたげにチラチラと見ている。

「まだ、なにかお話しなさりたいことが?」

気が付いたジョーが問うと、ほっとしたように、エリザベスは答えた。

「・・・そうですね。このことはもう、お話ししてしまったほうが、わたくしも気が楽になります。父や国王陛下の思惑を。今回の特使の件は、さきほどお話しした交渉内容よりも、むしろ、みなさんに往復していただく依頼をすること自体が目的なのです。手段と目的が、逆なのですね」

ジョーは首を傾げた。エリザベスが続ける。

「為政者たちにとっては、ジョセフィンさんの一行は勇者様ご一行です。勇者様が、どこか特定の国の戦力として取り込まれるおつもりがないことは、為政者たちは理解しているのです。それでも、独身でおられる勇者様に自国の姫を嫁がせよう、とか、なにか要職についていただこう、とする動きがやまないのは、他国への牽制になると思っているからです。つまり、人同士の争いになったとき、勇者様が他者を攻める力になることはなくとも、縁のある国を守る力になってくださることはあるのではないか、という共通認識が存在するのです。たとえ巨万の兵力を有したとしても、その軍勢の前に勇者様が立ちはだかったときに、勝ち目があるなどと思っている愚か者はいないのです。そして、勇者様と直接縁を結ぶことはかなわずとも、その妹君のジョセフィンさんは商売をなさっているから、依頼という形で縁を深めることが可能です。父や国王陛下はそのつもりです。ギルドマスターはそのことを言い含められています。今後も、ひょっとすると今回の旅から戻ってすぐにでも、次の依頼が用意されているかもしれません」

なるほど、とジョセフィンは思い当たった。あのギルマスの困惑はそういうことだったのだ。依頼でジョセフィンの自由な商売の旅を束縛するのは、ジョセフィンにとって害に当たると考えられなくもない。そう考えると、ジョセフィンを騙そうとしていることになる。だが、旅商人として利益になるような仕事の依頼なのだからジョセフィンのためになっていることだと考えるならば、騙しているのではなく真意を隠しているだけだ、と、そう考えることで、勇者の指輪の力を回避しようとしていたのだろう。



★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳★★★★★★


2月15日

【収入の部】


<確定分>

特使の輸送前払い            500ゴールド


<予定分>

 特使の状況次第では帰りに武具の輸送の依頼がある。


【支出の部】


<確定分>

牛4頭仕入れ               100ゴールド

医薬品7箱                140ゴールド

ジャガイモ37箱              16ゴールド

玉ねぎ24箱                12ゴールド


高級食材                  12ゴールド

保存食10人6日分(高級)         20ゴールド                   

座椅子4つ                  8ゴールド


<予定分>

来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い  80ゴールド


【残高】

<確定>

3194ゴールド 1シルバー(1ゴールド=20シルバー)


<予定含む>

3114ゴールド 1シルバー


【在庫商品・消耗品】

商品在庫

牛4頭

医薬品7箱

ジャガイモ37箱

玉ねぎ24箱


その他

高級食材 12ゴールド分

保存食10人6日分


【メモ】

商売をして平和のお手伝いができることもある。商人ってやっぱりすばらしい。

次こそ4月中に。

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