合流と法外な輸送依頼
やっとつづきです。今後ペースがあがる・・・予定なんですが。
翌日は休養日ということで、4人の護衛たちはそれぞれ思い思いに過ごした。グッテレイは武器や防具、冒険道具を見て回ったが、いつのまにか、買い物よりも商人の情報収集になってしまっていて、この町が武器不足だということをつかんだ。ここに持ち込めば高値で販売できるということだ。
ドボラは教会で司祭と語り、あとは、瞑想の時間にあてた。
ハートミンは酒場や広場を回って歌を歌い、ささやかな収入とともに経験値を獲得した。
シオンヌは魔導書の書庫に行ったものの、昨日の市場調査がじゃがいもの話だけで不調だったことをくやんで、この休養日も情報収集にいそしんだ。
マリエやスファーラ、ハルツは、観光気分で旅行客が訪れるような場所を回って一日をすごした。マリエとスファーラは、どこへ行っても注目の的だったが、反面、無邪気な子供たち以外は、彼女たちに近づくのをはばかり、遠巻きに姿を見るだけだったので、観光の邪魔にはならなかった。
夜になると、特に示し合わせていたわけではないのに、宿屋の一階の酒場に、ひとり、またひとりと集まって、大きな円卓を囲って座り、七人がそろって飲み食いする形になった。
自然と、商売に関する話も話題に上り、グッテレイとシオンヌの情報が一致して、この町に次訪れるなら、武器が高く売れるという話になった。
最初にこの酒場で食事を始めていたグッテレイの酒量が、彼の適量を超えるほどになったころ、店の外で騒ぎが起きた。
宿屋の前だけでなく、この町で道を歩いていたものや、窓辺に座っていたものなど、空を見上げることができた者たちは皆、東の空が明るくなるのを見た。もちろん、太陽は西に沈んだばかりで、まだ東に上るには早い。すでに満月は東の空に昇っていたが、その明かりとは別の光だ。
流れ星。通常、流れ星は、それを見つけたものが、願いごとを唱えるチャンスだと思い至る以前に、すっと流れて消えてしまう。まれに火球と呼ばれるものが、長く滞空することがある。今、夜空を照らした光は、東の空の地平のやや上にあって、尾を引きながら上空へ向かって進んでいた。それは、夜空を飛んで、この町の方へ向かってくる光なのだ。かつて火球が落下したことによって、一瞬で消え去った街や、森の話が、神話の中では伝えられている。信心深い者は、それを思い出した。
外のざわめきが、酒場にも伝わってくるとともに、マリエやスファーラが、気配を感じ取って、七人は宿の前の通りに飛び出して、空を見上げた。
光はどんどん明るくなっていき、上空へ向かう速さがゆっくりになっていく。光源の速度が落ちたのでなければ、この街へ向かって高度を落とし始めたのだ。やがてそれは動かぬ光の点になってどんどん明るさを増していった。
近づいている。
空に残った光の筋は、雪のように光の粉となって落ち始める。
光源の形が、白馬の姿に見えた瞬間には、その白馬は宿屋のすぐ前まで到達し、それまで後方に伸ばしていた白い翼を大きく広げ、空中で静止した。
ユニコーンペガサスのアンドロメダはふわりと、石畳の上に着地して、羽根をたたんだ。ブラウがまず、降りて、前に乗せていたジョーに両手を差し伸べて、兄に抱き着いてくるジョーを受け止めて地面に立たせた。
「お嬢!」
まず、酔っ払いのグッテレイが一番に駆け寄り、両手を広げて迎えた。しかし、酔っぱらっているとはいえ、ジョセフィンに抱き着いてもらえるとは思っていなかったので、肩幅をやや超える程度に小さく広げた両手だった。
ところが、一同の予測に反して、ジョセフィンは迷わずその腕の間に駆け込んで、グッテレイの胸に抱き着いた。
「ただいま! ご迷惑かけました! 今戻りました!」
抱き着かれたグッテレイは、その状況がまったく信じられずに、驚いた顔で周りの一同の顔をキョロキョロ見まわし、広げたままの両手の指を動かせずに固まったまま、頬を真っ赤にしていた。酒はいっぺんに醒めていて、その赤らみは別の理由によるものだった。
グッテレイは、やっとの思いで手を動かし、腫れ物に触るようにジョーの両肩に置いて、ゆっくりと彼女の身体を自分から離した。
「神様は商運を戻してくださったんですよね?! 靴は高く売れましたよ!」
「まあ!」
ジョーの喜ぶ笑顔を目の当たりにして、グッテレイは、この笑顔のためにがんばったのだと満足感を満喫していた。そして、はっ、と気づいて勘定帳を取り出し、酒場の前で報告を始めていた。
アンドロメダに指図して、馬停めの柵のところへ行ってほかの馬と並んで待つように指示したブラウジットは、あらためて出迎えた一同を向き直った。
「マリエとスファーラ、来てたんだ。あ、指輪を使っちゃったからかな? ごめんね、集合っていう意味じゃなかったんだけど。それに、ハルツ・ベルツ、君まで来てたのかい? 今もスファーラといっしょに行動してるんだ」
「ひさしぶりね、ブラウ。とりあえず、店の前じゃなくて、中に移らない? 9人いっしょに座れるくらいの円卓よ」
マリエが両手の人差し指で店の入り口の方を指さすと、一同はぞろぞろと移動し始めた。
椅子を二つ足して、全員が席に着くと、すぐさま新しい飲み物と食事が運ばれてきた。落ち着いたところで、グッテレイが口火を切る。
「昨日はみんなで、次の商売になりそうな情報収集をしてたんです。お三方もちゃんと手伝ってくださって」
言われて、ジョーが三人並んで座っているマリエとスファーラとハルツを見て会釈する。ジョーの右に座っているブラウが気づいて言う。
「ああ、ジョーは初対面だったね。マリエとスファーラは、多分わかるよね。僕とパーティ組んでくれてた仲間だ」
「はじめまして」
あらためて、ジョーが深くお辞儀する。
「はじめまして」
二人も挨拶を返す。
良きお姉さまぶりを演じようとする二人の様子に、グッテレイが噴き出しそうになるのを我慢していた。
「そして彼は、ハルツ・ベルツ、その~・・・」
「大魔王の息子です」
ブラウが言いにくいことを、本人がにこやかにさらりと言った。
「まあ」
ジョーは驚きを口にしたが、まったく恐れや不快感を伴わっていな様子だった。
「はじめまして」
さっきの二人に対するのと同じ調子でジョーがお辞儀する。
「以後、お見知りおきを」
にっこり笑うハルツの様子を見て、グッテレイが顔をしかめる。新たなライバル登場と受け取っているようだった。
外での勘定帳引継ぎ報告の流れで、グッテレイはジョーの左隣に座っていた。
護衛たちが、靴の卸しやら、情報収集を行ってくれた記録を読み取って、ジョーが護衛の四人に向かって言う。
「護衛としての契約だったのに、商人の仕事までさせて申し訳ありません。この分は、ボーナスというか、別契約で追加してお支払いします。商人ギルドで雇用の場合の相場を確認していますから、そのお値段で。それに、市場調査ありがとうございます。とても参考になります」
「で、どうしますか? お嬢」
ほんの数秒、ジョーは思案顔でだまっていたが、顔を上げ、一同を見まわしながら言った。
「この街は、売る場所としては優れている、ということですね。しかも、武器の不足という情報もある。バルトースは武具・魔道具の開発・製造のさかんな街。つまり、逆向きが商売になるようですね。ザクザラードへのお酒の納品まではまだ時間的余裕があります。せっかく得ていただいた情報を生かして、ほかへ寄り道ではなく、バルトースとの往復をしてみましょう。こちらからは薬品7箱と、ジャガイモ、玉ねぎに家畜を持って行って、向こうでの顔つなぎをして、さらにはあちらで現地の市場調査も行えば、二度目に持ち込む荷を何にすべきか、もっと良いものが見つかるかもしれません。あと、せっかく往復するのだから、それぞれの街で、買い付け依頼や輸送の依頼も探してみましょう。人脈も作れるし、利益率の低い物だけ運ぶよりも、効率がいいでしょう」
円卓の一同の顔を順に見ながら話し、最後に右隣の兄の目を見て、否定的な表情がないのを確認してから、正面を向いて強く頷く。
「な、なんだかお嬢、いっぱしの商人っぽくなってきましたね」
「グッテレイさん、今まで私のこと、何だと思っていたんですか?」
「え、あ、えと、その」
真顔でにらんでくるジョーにグッテレイが口ごもる。ジョーはにっこり笑顔に転じて、
「冗談ですよ。商いの神オルテラの神殿で、オルテラ様から助言を賜ったのです」
「え? 神官様に会いに行ったんじゃ? オルテラ神?!」
驚いたのはグッテレイだけではなかった。
「ええ、神殿に降臨した神様と直接お話して、商運の回復と同時に御言葉をいただきました。『柔軟に、臨機応変に、この言葉を家訓にせよ』と」
凛としたジョセフィンの佇まいに、グッテレイの恋の熱が一段上がって、酒によるものではない顔のほてりがさらに強くなる。
「すげえや。お嬢の再出発に乾杯だあ!」
ジョッキを上げるグッテレイに、一同が応じる。
しばしの歓談ののち、グッテレイがブラウに話題を振った。
「そういえば、お嬢の商運を奪った野郎、わかりましたぜ。ベルツさんのおかげなんですが。あいつ、魔王アデオンだったんです。勇者様、どうしますか?」
勇者なら、魔王を倒してしまおうと言うに違いないという思いで、グッテレイが答えを待つ。周りの一同も、会話をやめて、勇者に注目した。
「どう、って。俺は、魔王とは戦わないよ」
「えっ? それって、どういうことですか? 戦力的なことを言ってるんっすか? そりゃあ、俺たちでは足手まといにしかならないけど、ここには今、『真紅の戦姫』と『地上最強の聖職者』もそろってるんですよ。大魔王との決戦に比べたら、魔王一人くらい」
「その大魔王が、死ぬ間際に残した忠告があるんだ。『我が滅びたのち、勇者は残る魔王たちを滅ぼすべきではない』と」
「え? なんすか、それ? 配下の命乞い? 大魔王が?」
言ってしまってから、グッテレイはバルツ・ハルツの気分を害したのではないかと心配になった。
「そうじゃない。彼の視点はもっと高いところにあって、その言葉は人間のための忠告なんだ。『人は大魔王に対抗するために一つにまとまった。もし大魔王が滅び、残る魔王たちも倒れてしまったら、人は、国と国、種族同士の争いを始めてしまうだろう』と。俺はその言葉に納得した。大魔王軍との戦いが優位に転じたときあたりから、俺も人間の中に不和の種が芽生えているのは感じていたから。だから俺はパーティを解散した。襲ってくる魔物や、妹の旅の障害になるような魔物の群は排除するけど、魔王退治はしない」
「そ、そんな」
グッテレイはまだ、納得いかない様子だった。
「まあ、大魔王の言う通りかもしれませんな」
宗教界の権力闘争を知るドボラは納得していたようだった。
「英雄譚には、組み込めないお話ですね。あ、いや、その警告こそを、歌い伝えるべきなのかもしれませんが」
ハートミンは悩んでいるようだった。
「共通の敵がいなくなれば、仲間の中に敵を作る・・・。愚かな話ですね」
シモンヌは憂鬱顔でうつむいた。
翌日、商人ギルドの業務開始時間に合わせて、ジョセフィンは皆を伴って行った。
カウンターで、代理人による登録や靴の卸しに関するお礼を言って、バルトースとの往復の旅に合致するような依頼がないか尋ねる。
ジョセフィンの対応をした受付嬢は、まだ若く(といってもジョーより年上かもしれないが)新人のようで、依頼の照会に戸惑っているようだった。勇者とその有名なパーティメンバーの視線も、彼女が戸惑う大きな要因になっているようだった。
隣のカウンターで別の商人の対応をしていたベテランらしい受付嬢が、割り込んでくる。
「少々お待ちを、ただいまギルドマスターを呼んでまいります。あなた、ここは私にまかせて、早くギルマスにご報告を!」
「は、はい!」
新人の方が、カウンター奥の扉に駆け込み、ベテランの受付嬢がかわりにジョセフィンの前に立って笑顔を作る。
すぐに奥からギルマスが出てくる気配がした。途中、職員を叱咤するのが漏れ聞こえてくる。「ジョセフィン嬢が来られたら、すぐ私を呼べと言っておいたじゃないか。早く、応接室へお通しするからお茶の用意をしろ」扉を抜けてカウンターに来る時には、満面の商業用スマイルを浮かべていた。
「いらっしゃいませ、さ、どうぞどうぞ応接室へ。旅客についてお尋ねだとか。往復なさるご予定なんですよねぇ。ちょうどぴったりのお話があって、こちらからお願いに行こうかと思っていたところですよ」
ギルドマスターが一介の旅商人に対するような態度ではない。まるで、上客の貴族を出迎える態度だ。
一同が通された応接室は、それなりの大きさだったが、さすがに9人が応接ソファーに座るにはいっぱいだったので、あぶれたグッテレイは入り口扉の傍にあった秘書用らしいテーブルに腰を載せ、ギルドマスターはやや離れた窓際の執務デスクの自席に腰かけた。
「実は、領主様からご指名のご依頼でして、旅客を一名、お連れいただきたいのです」
「旅客といいますのが、当市からの特使でして、大げさな護衛部隊をつけますといらぬ誤解を受けますし、生半可な護衛をつけるよりも、みなさんの馬車の方が絶対に安全ですから、是非に、ということで仲介を依頼されてまして。しかも往復なさるということならなおさら都合がいい。あちらで二泊と丸一日のあとこちらへも送っていただけると最高なのです。お受けいただければ、ギルドは、顔が立ちますので仲介手数料などいただきません。往復なら500ゴールドという依頼料は全額お支払いします」
法外な値だ。500が50でも、まだ高すぎる。
「そのお値段は、なにか、特別な待遇をお望みなのですか?」
ジョセフィンはできるだけ事務的に質問した。
「いえいえ。馬車の隅に荷物と一緒に座らせたので大丈夫だと思いますよ。なにも指定はありません。普通の旅人のあつかいで。手荷物は木箱2箱分くらいのカバンがあるそうです。同席の客がいてもかまわないとのことですし」
ギルマスが、ちゃんと条件面の確認は細かくしているらしい。
「では、どうして・・・」
ジョセフィンはいったん、ぐっと言葉を飲み込んだ。しかし訊かずにはいられない。
「どうしてそんなにお高いのですか?」
「それは・・・」
ギルドマスターの笑顔が曇って困り顔になった。うつむいて床を見ながら答える。
「その、なんです。そちらの護衛の、面々のことを想えば、もし、冒険者ギルドを通じて護衛の依頼をするのなら、これくらいの額はあたりまえの額でしょう。そもそも勇者様やそのパーティのお二人などは、護衛をお金で引き受けたりはなさらないでしょうから、普通なら値段のつけようがありません。冒険者ギルドのトップ戦力を雇う場合の相場を参考にしたのでしょうなあ。さらに、特使の任務の状況次第では、帰りは大荷物を伴う可能性がありまして、商人の馬車が必要になるかもしれないとのことです。もちろん、その場合はそれなりの運賃をお支払いする、とのことでした。その場合に特使があちらで馬車の手配をする手間を考えれば、あなたにご指名で依頼するのはもっともなことだと、わたしも感じましたので仲介を引き受けた次第で」
そこまで話して、ギルマスはやっとジョセフィンと目を合わす。
ジョーは、黙って兄の顔を見る。指輪に反応がないか、確かめるためだった。
ギルマスが、ごくり、と唾を飲み込む。彼は、勇者が持つアイテムの情報を持っていて、その反応を恐れているのだ。
勇者は妹の方は見ず、ギルマスの表情を見据えたまま、二度頷いた。騙そうとしている反応は無い。
しかし、何かを隠しているといううしろめたさが、ギルマスを恐れさせているのは明白だ。何かを隠してはいるが、この話がジョセフィンの商売のためになるからだましているのではない、と思い込むことで、指輪の反応をのがれようとしている、そんなところだろう。
それは、ジョセフィンも感じ取っていた。そして、妹が感じ取っているということを、ブラウも理解していた。
「どうするかは、お前が決めなさい」
兄はやさしく言った。
ジョセフィンはギルマスに向き直る。
「そのお話、お受けいたします。特使様とお引き合わせください」
★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳★★★★★★
2月14日
【収入の部】
<確定分>
なし
<予定分>
特使の輸送 500ゴールド
さらに、特使の状況次第では帰りに荷物の輸送の依頼がある。
【支出の部】
<確定分>
神殿へのお布施 40ゴールド
宿賃食事込み先払い2日分 1人 2ゴールド16シルバー
商人手当4人分 48ゴールド
<予定分>
来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い 80ゴールド
【残高】
<確定>
3002ゴールド 1シルバー(1ゴールド=20シルバー)
<予定含む>
3422ゴールド 1シルバー
【在庫商品・消耗品】
商品在庫
なし
保存食
なし
【メモ】
兄のコネやアイテムや能力に頼ることに、もう、躊躇しません。それも含めて、旅商人ジョセフィン・パーカーです。
『柔軟に、臨機応変に、この言葉を家訓にせよ』
次回、3月中に。




