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商運があるということ

商売の話が続きます。

 ホドワースの町はホートレンウォージャー王国第二の都市で、それなりに商業が盛んな町だった。

 勇者一行に名を連ねていた二人の美女が訪れたことはたちまち町中に広まり、街中を進む馬車を一目見ようとする人々が集まってきていた。勇者同様、元勇者パーティの二人も、こういうときの対応に慣れているらしく、快く笑顔で手を振って民衆の声援に応えていた。

 そうこうするうちに街を治める王弟のカラリオン公爵本人が兵を連れて挨拶にやってきて、自分の屋敷に招待すると言い出したが、グッテレイがモゴモゴ対応に困っているところを、マリエがぴしゃりと断ってくれた。まずは、商人ギルドで情報収集だ。先についた靴がどうなったかという情報はつかまねば。万が一、この先の目的地であるバルトースまで流れていたら、大問題だ。


「え? ボス不在なんスけど、代行で登録OKなんスか?」

 公爵が気を悪くせず、便宜を図るように通達してくれていたおかげで、本人不在にもかかわらず、ジョーのギルド登録はグッテレイの代行申請で受理された。

「良いお貴族様も居るんだなあ」

素直に喜ぶグッテレィに、奥から受付カウンターに出てきたギルマスが声をかける。

「良い方ですよ。ギルドとしても、よい関係でいたいお相手です。もしも、ギルドの仲裁で、ご一行の晩餐会へのご招待の話に良いお返事がいただけたら、ギルドとしちゃあ願ったりかなったりなんですがね。さらにこの町にいらっしゃる間に、勇者様も合流なさったりするなら、もう、最高なんですが」

いかにも商人らしい笑みの下に計算高い顔が覗いている。

 ここはギルマスの顔を立てたいところだが、決めるのはグッテレイではない。彼は、いっしょにギルドの窓口まで来ている『真紅の戦姫』と『地上最強の聖職者』を振り返った。

「いいわよ。別に。ごあいさつ程度の食事会なら。おかしな称号の授与とかされないならね」

マリエはグッテレイの表情を読んでくれたようだった。

「そうね。新しい靴も披露できるし」

スファーラも好意的だ。

「ちゃんと、くぎを刺しておきますよ!」

ギルドマスターは大喜びだった。

「靴のことで情報が欲しいんですが、先に大量に高級靴が届いたでしょう? どうなりました」

グッテレイが尋ねると、ギルドマスターがペラペラと話してくれる。

「王都のハイルト工房の完全閉店の放出品ですね。おかげで金持ちの間だけじゃなく、中流階級でも靴のブームですよ。お二人もいい靴を履いていらっしゃいますね~。それもハイルト工房ので?」

「あ、いやこれはヘルチ工房の新作です。ハイルト工房は完全閉店ってことで、古いのも含めてすべてって品でしょうけど、こっちは新作ばかりなんです」

「ほほう、それはそれは」

ギルドマスターは、その情報の価値を咀嚼するように何度も頷いた。

そして、その情報は、その夜の晩餐会に招待された貴族や名士たちの婦人や娘たちの間に、完全に広まっていた。

 会場に現れたマリエとスファーラの足元を飾る赤と黒の靴は、会場の全女性の注目を浴びた。

「まあ!」

「あれが新作の!」

ざわつきが会場のあちこちで沸き起こる。グッテレイに近づいたギルドマスターが耳打ちするように小声でささやく。

「ちょっと手をまわして煽っておきましたんで、ぜひ、この町に卸していってもらえませんか。ハイルト工房の品は安価な高級靴ってことで市場を作ってくれましたが、新作じゃないっていう不満も生まれてましたんで、ばっちりのタイミングですよ。両方店に並べれば、値が上でもヘルチの靴が飛ぶように売れるでしょうハイルトの靴を仕入れ損ねた問屋たちをわたしが束ねますんで」

「あ、うん」

言うことを言って離れていくギルマスの後ろ姿を見送りながら、グッテレイは、なつかしさを感じていた。そして、仲間の三人を振り返る。

「お、おい、この感じ」

「ああ、これは」

ドボラも同じ思いらしい。

「いつものやつですね」

ハートミンもそうだ。

「新作に飢えた市場、広告塔の有名人ふたり、ギルマスの思惑に、公爵の晩餐会、すべてが絶妙のタイミング」

シオンヌが指摘する。

「いつものお嬢の商売の感じだ。なにもかもがいい方に転がってる」

グッテレイの言葉にマリエが振り返る。

「え? なに? どういうこと?」

「商運ですよ。お嬢の商売は、とにかく、嘘みたいにうまくいくんです。あの感じが戻っている。つまり、お嬢はここにはまだ戻ってきてないけど、きっと勇者様といっしょに行った神殿で、商運を取り戻したっていうことです!」

「まあ、それはよかったじゃない。じゃあ、ブラウも帰ってくるわね!」

「もう、帰り道のはずですぜ。このぶんだと」

よろこぶマリエにグッテレィが請け負った。


翌朝、宿にギルマスが価格調整に訪れた。

「あ、いや、ボスがいないんで勝手に価格を決めちまうわけには」

とひるむグッテレイさえも、いい方に転がる。

「今が売り時なんだ、時を逃がしちゃだめだよ。あんたのボスが戻った時、あんたを褒めてくれるくらいの値にしとこうじゃないか。118足を一足20ゴールド2360ゴールドですよ! 明日ではこの値はつけられません!」

提示された額は、値下げ品ではない通常価格の卸に近い値だった。

「わかりましたよ!」

かくして馬車はカラになった。

「あとは、お嬢が合流するまで、仕入れの情報収集としましょうか」

ドボラたちが頷く。マリエも答える。

「わたしたちも、馬車にのせてもらってるんだし、それくらいのお手伝いはしましょうかね。情報収集よ。いいわね」

あとのふたりにも呼び掛けて賛同を得た。

かくして翌日は、7人手分けして情報収集となった。宿の飲み屋での夕食の際に集めた情報を持ち寄って整理しあった。

ギルド周りの情報収集を担当したグッテレイが最初に披露する。

「この町からはバルトース向けにかかわらず、箱単価が高い特産品は薬品だ。ただし、うちの馬車いっぱい買い込んだら、さすがに買い占め状態になるし、バルトースで正規の値で下せる数量はせいぜい一度に7箱くらいまで。つまり、各地を回って売り歩くような品になってしまう」

ギルドに出入りする商人の番頭から色仕掛けで情報を聞き出したシオンヌもそれは肯定した。

「わたしが聞き込んだ話と一致するわね。箱単価にこだわらずに1回の旅でバルトースで売り切るつもりなら、大量に持ち込んでも売れるのは「じゃがいも」よ。今の時期はバルトースでは在庫切れを起こしていて、この町からの持ち込みに頼ってるそうよ」

教会周りに情報収集に行ったドボラが頷きながら続ける。

「教会でもじゃがいもの話は聞いた。たまねぎも同様に、この町からの行商頼りらしいな。あと、聖水もこの町からの輸送に頼ってるらしい。売り買いではなく輸送になるし、教会相手だからあまり儲け目当てではなくなるがな」

ハートミンは服屋の売り子中心の情報収集だったが空振りだったらしい。

「布地や服、装飾品関係は、この町は消費側だよ。外に出す側じゃなかった。バルトースで高く売れたり、大量に売れるものでもないって。もし、高級靴を大量に持ち込んでても売りさばけなかっただろうね。商運がないときに立てた計画だったから、そういうことなんだろうね」

こんな内容の打ち合わせに参加するのははじめてのマリエは結構状況を楽しんでいた。

「そうね。装飾品や美術品、貴金属や宝石なんかを調べたけど、基本的にあっちの需要がないわね。たまたま売れるってことがあるらしいけど。仕入れるにはこの町はいい街みたいよ。ほかの町へいくならね。この町で妹さんの合流を待つってことなら、当初の計画のルートじゃないケースも想定可能なんじゃないの?」

その意見は、護衛の四人ではなくスファーラが小声で否定した。

「だから、その先の、お酒を買ってザクザラードっていうのが固定路線なんだってば、聞いたでしょ。そのためのバルトースよ。ところで、聖水の話だけど、あれをわざわざ馬車で運ぶなんて馬鹿げてるわ。私なら馬車一杯分くらい半日で出せるもの。こまごまとした日用品はそれなりの流れがあるみたいね。食器とか調理器具とか裁縫道具とか。量があまり多く売れないのと、利益が小さいから、旅商人がつなぎでカラ荷をいやがって運ぶってくらいらしいけど。まさにそういう状況なのかしらね」

マリエやスファーラがまじめに情報収集してくれていることに、グッテレイはおどろいていた。感動した、と言ってもいいかもしれない。最後にハルツも報告してくれたのでなおさらだ。大魔王の子が旅商人の情報収集を、だなんて。

「食用の家畜は商売になるそうですよ。馬車に載せるものとしては鶏とかウサギ。豚や牛はつないで引いていくこともあるそうで、移動速度は落ちますが、あちらでは売れるそうです。食肉の加工品より確実な荷らしいですよ。あとは、この町からの荷という話ではないですが、バルトースで高く売れるものと言えば、魔物の遺体や身体の一部だそうです。研究や武具・魔道具への加工が盛んな町なので、通常なら冒険者ギルドで買い取るようなものも、あの町では商人ギルドがより高く買い取るんだそうです。仕入れていくって話ではないですが、道中襲ってきた魔物がいたら、きれいに殺して遺体を持ち込むと商売になるようですね」

 外見は優男なのだが、強さのほどを聞いているので、まじめに言っているのはグッテレイたちにも伝わった。

「どうやら、単一の商品じゃなくて、あれこれ仕入れていくって話になりそうだな。なおさらお嬢に決めてもらわなきゃってことになる。みんな、情報収集ご苦労さん。明日はオフにしようか。まずは食事だな、食事」

勘定帳に報告としてまとめていたグッテレイが皆をねぎらった。


★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳(グッテレイ代筆報告用メモ)★★★★★★


2月13日

【収入の部】

<確定分>

高級靴小売2足 50ゴールド×2 100ゴールド

高級靴卸売り118足 20ゴールド×118 2360ゴールド


<予定分>

なし


【支出の部】

<確定分>

ホドワース商人ギルド登録料代行申請  1ゴールド

宿賃食事込み先払い3日分 4人   16ゴールド


<予定分>

来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い  80ゴールド


【残高】

<確定>

3092ゴールド 17シルバー(1ゴールド=20シルバー)

うち、グッテレイ預かりが3053ゴールド。

お嬢の手持ちは49ゴールド 17シルバー


<予定含む>

3012ゴールド 17シルバー


【在庫商品・消耗品】

商品在庫

なし


保存食 

なし


【メモ】

市場調査報告書は別途のとおり。

お嬢の商運、戻ってめでたい。あとは早く合流を。

年内にもう1話、の予定

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