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ますます狭くなる御者台

ううむ、年三話ペースだ。反省。

ホドワースへの街道の分かれ道で左を選んだ一行は、安定した石畳の上、馬車を進ませていた。

「へぇ~、これ全部、靴なんだ。赤いかわいいのある? あったら売ってよ」

マリエ・シャンテは御者台から幌を被った荷台を振り返り、手が届く範囲の木箱を物色し始めていた。

「おい、おい、梱包してあるんだ、ちゃんと元に戻しといてくれよ」

手綱を持ったグッテレイが心配そうに振り返る。

「魔法で木箱開けずに中を見るとかできないのかよ」

と続ける。

『真紅の戦姫』は物色の手を休め、一応、自分が覚えている呪文を思い返して、グッテレイの提案を検討する様子を見せる。右の人差し指を真っ赤な下唇に押し当て、上を向いて、数秒、

「う~ん。そういうのは無いわねぇ。そっち系の担当じゃなかったから、わたし」

思い返すのを終えて、前を向いた彼女は、街道の200メートルほど前方で、石畳の脇に立ってこちらを見ている二人連れを見つけた。

「あ、そっち系担当も来たみたい。拾ってあげてよ」

 一行が進んでいくと、そこに立っていたふたりのうちのひとりは、マリエの言葉からグッテレイたちが想像した人物だった。

 それは、漆黒の聖衣をまとった銀髪の乙女、勇者パーティの支援・回復担当のスファーラ・ハテンに間違いなかった。彼女を特徴づけるのは、その後頭部の上に浮かんでいる金色の光の環だ。環を装飾するかのように尖ったダイヤ型の金色の光の棘が、12個、環の周りに放射線状に浮かんでいる。それらは互いに、あるいは彼女の身体に接することなく、すべて浮かんでいるのだ。その環は特別な力を持ったアーティファクトだと言う者もいれば、神の血を引くことの証だと噂する者もいる。たれ目がちなおっとりした顔立ちは、温和な少女のような印象を見る者に与えるが、彼女が支援担当なのは勇者パーティにあってこそであり、『地上最強の聖職者』の二つ名は伊達ではない。

 彼女のとなりに立っている青年は誰なのだろう。紫色の町人風の服を着た濃い青髪の優男だ。勇者パーティの固定メンバーといえばあと二人、『筋肉山脈』戦士のフォボス・ラングなら小山のような筋肉を持ったスキンヘッドのはずだし、『神速』シーフのヘルラン・ホームディンは豹人のはずだ。

 グッテレイは二人が御者台の真横に来たところで馬車を止める。

「どうぞ、パーカーさんの馬車ですよ。乗ってください」

マリエがグッテレイの左に座っていて、御者台は横長の3人掛けベンチのような座席だったので、手綱を持ったグッテレイは真ん中に座ることになり、スファーラが彼の右に座ることになった。同行の男は荷台に入り、積み上げた木箱の谷間になった中央部に入って、手ごろな木箱に腰かけた。

「どうもありがとうございます」

小鳥が鳴くような声でグッテレイに向かってお礼を言ったスファーラは、その後はグッテレイを挟んだ反対側に座るマリエと会話し始める。グッテレイは首をすくめて会話の邪魔にならないことを心掛けていた。

「おひさしぶりね、マリエ」

再開を喜ぶような表情は無い。表情は固まったままだ。声はかすれそうな小声だが感情はこもっている。

「そうね。祝勝会の二次会のあと別れてから会ってなかったわね」

一方、マリエは表情がころころ変わる。

「それで、彼はどこなの? 指輪はどういうわけ?」

馬車に並走して馬を進めていたシオンヌは、自分に話が向きそうな予感を感じて、すーっと馬車から離れていく。

「彼は妹さんとオルテラの神殿へ行ったそうよ。それで帰ってくるときの合流用に指輪を渡されたあの女が嬉々として左手の薬指にはめてるわけ」

マリエがシオンヌを指さしながら言う。シオンヌは敵意のこもった視線を感じて、ビクンと反応し視線をそらした。

 スファーラ・ハテンもまた、指輪を目印にここへやって来たのだ。

 ブラウがシオンヌに渡したのは「再会の指輪」だ。パーティメンバーが別行動するときに合流する目印アイテムで、指にはめることで発動して、他の指輪に信号を発し、所有者に方角と距離を伝える。

 世界に6個ある指輪は勇者パーティが全て持っており、5人の固定パーティメンバーがひとつずつ持っていて、臨時メンバー用の予備を1つ、ブラウが余分に持っていた。

 ブラウが、旅商人を始めた妹といっしょに旅に出たという噂は広まっていて知っていたので、指輪が発動したということは、ブラウが妹と別行動中と考えた二人だった。1日以上発動し続けている状況から、

妹と別れて旅を続けているブラウか、兄と別れて心細い旅をしているのであろう妹に合流し「得点稼ぎ」をしようと考えたのだが、実際は妹の馬車の護衛が発動させていて、兄妹は揃って馬車と別行動中だったという状況だった。

 ここで、なんとか話をそらさねば、とグッテレイが勇気を振り絞って話に割り込むように青年に問いかけた。

「それで? お連れさんも勇者様目当てなのかい?」

ここで、ひ弱そうな青年は、自分が挨拶もせずに馬車に乗り込んだことに思い至ったのか、慌てて名乗った。

「あ、えと、ぼくはハルツ・ベルツと申します」

「彼はわたしに便乗してついてきたの。旅してるブラウに会えるかもって、わたしが言ったから」

スファーラがフォローした。

「『真紅の戦姫』に『地上最強の聖職者』って呼ばれるあんたらふたりのことは、子供でも知ってる。勇者様のパーティメンバーとして有名人だ。だがハルツ・ベルツって名はきいたことがない。支援者かなにかだったのかい? 彼」

グッテレイはいつもの調子を取り戻しつつあり、饒舌になっていた。

「違うわ、彼は・・・」

スファーラが答えようとしたが、

「待ちなさい。ペラペラしゃべるようなことじゃないわ!」

マリエがたしなめるように言った。そうすると、ハルツ・ベルツ本人が言った。

「いえ、いいんです。自分で言います。ぼくは、大魔王の第一子。後継者だった者です」

「ええ?!」

声を出したのはグッテレイだが、ほかのメンバーも驚いていた。

「でもぼくが尊敬していたのは、父ではなく、勇者ブラウジット・パーカーなんです。強いだけでなく、魔族と闘いながらも、話が通じる相手とは和解することができるあの方のように、ぼくはなりたいんです。魔族を力で束ねつつ、人間たちと共存できる指導者になりたいんです。彼が再び、旅に出たと知って、ぜひ弟子にしていただきたくて。一度断られているんですが、今度こそ」

「断られたのは三度だったと思うけどね」

マリエがつっこんだ。

「あ、はい、たしかに、ちゃんと数えると、そうかもしれないですね」

さわやかな笑顔でそう返すハルツ・ベルツは、街の好青年という風にしか見えない。

「まあ、勇者様は弟子とか取らない方針なのかもしれないけど、いっしょについて行くだけでも刺激になると思うぜ。強さのレベルが違いすぎて、学び取ることはできなさそうだが、技術とかじゃなく、心構えとか、そういうとこが学べるんじゃないかな」

グッテレイは街の若者に語るように言った。

「あなた、上から目線でアドバイスしてるみたいだけど、彼、とんでもなく強いわよ。わたしたちふたりが束になっても適わないくらい。もし、彼にその気があって、ブラウが居なかったら、人間は彼ひとりに滅ぼされちゃうとこよ」

マリエの言葉に、

「!」

グッテレイは息をのんだ。みるみる顔色が青ざめる。でもしゃべった言葉はもどりはしない。

話題を変えねば、と考えを巡らせ、大魔王関係者に訊いてみたらよさそうなことに思い至った。

「大魔王の息子さんなら、魔族にも詳しいのかなあ。実はお嬢・・・勇者様の妹で俺たちの雇い主のジョセフィン・パーカーさんが街で会った胡散臭い野郎に商運を抜き取られちまってね。ガタイがいいくせに眼鏡をかけたハンサムな野郎で、商人の恰好して近づいてきやがったんだ。赤毛の直毛で、眼も赤っぽい茶色だったなあ。お嬢の手のひらになにかマジナイをして、運を抜き取ったらしいんだが、そんなことできるやつ、知り合いに居たかい?」

「お話を聞く限り、その商人風の男は魔王アデオンの変装ですね」

ハルツ・ベルツは即答した。そもそも、他者の運を抜き取るなどということは、習って習得できる呪文やスキルではない。特殊な固有スキルなのだ。その話だけで特定は可能だった。

「ま、魔王?! あ、あれが?!」

グッテレイは思わず大声を出した。今度会ったらただでは置かない、というつもりだったのだが、相手が魔王だったとは。魔王とは大魔王に次ぐ実力の持ち主で、その強さで大勢の魔族たちを従える、まさに王だ。かつては九人の魔王が居て九魔王と呼ばれていたが、勇者一行がそのうちの二人を倒し、一人と和したのち、大魔王との決戦で四人一度に葬っている。残る二人のうちの一人だったということになる。到底、グッテレイが適う相手ではない。

 グッテレイはしゅんとしぼんでしまった。

 手綱を操るでもなく緩く握っているだけだったが、整地された街道に沿って、馬車馬は進んでいく。

 追い抜いたり、すれ違ったりする旅人もなく、鳥のさえずりや風が枝を揺する音と、リズミカルに石畳で跳ねる馬車の車輪の音、ときたまいななく馬と蹄の音。絵に描いたようなのどかな馬車旅だった。

「こんな平和な旅って、いつぶりかしら」

スファーラは無表情なまましみじみと言った。

「あら、そうでもないわよ。わたしが来たときはヒュージ・ウルフの群れに襲われてるとこだったし」

マリエがグッテレイ越しにつっこむ。

「あらあら、それを倒してあげて取り入ったってこと?」

あきれ顔していそうなセリフだったが無表情なままだ。言葉や口調には抑揚があるのだが、表情は硬いままのスファーラがそう返した。

「わたしが手を出さなくてもなんとかなりそうな感じだったんだけど・・・」

グッテレイたちの作戦はマリエに評価されてるらしい。

「でも、死傷者が出たところに『はじめまして』って出ていけないじゃない」

マリエがにっこりと笑みを浮かべて言った。どうやら、ここが笑うとこよ、と訴えているらしい。しかしスファーラは表情では反応しない。

 勇者パーティで長い時間を共に過ごした仲ではあるが、マリエはいまだにスファーラの無表情が苦手だった。彼女は話題を探し、そして見つけた。

「そうそう、あなたなら探索魔法で梱包開けずに赤い靴を見つけられるんじゃないかしら?」

「赤い靴?」

「ええ」

「待って」

そう言ってスファーラは短い呪文を唱えた。荷台に載せられていた木箱が全て一度、黄色く光り、その光が収まると二割ほどが赤い光に包まれていた。それが赤い靴が入った箱ということらしい。

「お貴族様や町の金持ちが履くような靴ばかりだぜ、冒険で履くようなのは無いと思うぜ」

グッテレイが告げる。

「あら、わたしにとって、靴は歩くためのものじゃないわ。アクセサリーよ」

マリエはパーティでダンジョンやフィールドを進むときも、街中を行くときも、地面から数十センチ浮かんで、浮遊してパーティについて行っていた。そんな彼女にとって、靴は防具の一部か、さもなければ足を飾るアクセサリーだった。

「ねぇ。ひょっとして、木箱開けなくても、中の靴のデザインが見えるのかしら?」

返事の代わりにスファーラは呪文を唱える。赤く光っている木箱の横や上に、赤い靴の立体映像が浮かんだ。

「へぇ、便利ねぇ。さて、どれがいいかな」

マリエは本格的に荷台に向かって振り返り、身を乗り出して幌の中に浮かぶ赤い靴の映像を見定め始める。マリエがひねった腰の羽根が、隣に座るグッテレイがの手綱を握る手に当たる。ツインテールの髪の毛がグッテレイの肩に垂れる。グッテレイは眉を八の字にして天を仰いでいる。さっきまでマリエとふたりで座っていたときには、マリエが振り返っても、こんなことにはならなかったが、人数が増えて窮屈になっている。そのうち、反対側に座るスファーラまでが体をひねって幌の中を覗き始めた。

「早く選んで。次は私が礼服用の黒の靴を見るんだから」

彼女の後頭部に浮かぶ光の環のまわりのダイヤ型の光の棘のひとつが、グッテレイの頬を指す。

あ、実体がある。物質なんだ。と思いつつ、思考を呼び戻して言った。

「御者台に座るんならおとなしく座っててくれよ。広くぁねぇんだから!」



★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳(グッテレイ代筆報告用メモ)★★★★★★


2月5日その2


【収入の部】


<確定分>

無し

<予定分>

靴が2足売れそう。


【支出の部】

<確定分>

無し

<予定分>

来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い  80ゴールド


【残高】

<確定>

649ゴールド 17シルバー(1ゴールド=20シルバー)

うち、グッテレイ預かりが600ゴールド。

お嬢の手持ちは49ゴールド 17シルバー


<予定含む>

569ゴールド 17シルバー


【在庫商品・消耗品】

商品在庫

高級婦人靴 120足


保存食 

なし


【メモ】

無賃乗車3名に増加。もう、御者台はいろんな意味でいっぱいいっぱいだ。









次こそ早めに。

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