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主不在の馬車の旅

結局間があいてしまいました。書き始めは早かったんだけどなあ。

 ジョセフィンと勇者を見送って、四人は旅立った。

 夕刻の旅立ちは、めずらしいことではない。最初のキャンプ地を人里の端にすることで、旅のリスクと移動効率のバランスを最適に保つことができる。翌朝に出発するよりも距離が稼げて、それでいてキャンプで魔物などに襲われるリスクはたいして増えることはないからだ。

 グッテレイが馬車の御者を務め、彼の馬はラバのロバーさんと直列つなぎでシオンヌが引いていた。

 王都の周辺に広がる農地には、ぽつぽつと集落が存在していた。その頻度は王都の城壁から離れるほど減っていった。日が沈み、宵闇が迫るころ、人里のはずれの集落まで到達した。街道が二股に分かれている。

その三叉路に最後の集落があった。道の行く先を示す立て札や石碑はない。つまり、ここで行き先の都市が別になるような分かれ道ではないということだ。

 ハートミンが村娘を見つけて話しかけ、情報を得て馬車のところに戻ってくる。村娘は頬を真っ赤に染めて、必死に手を振ってハートミンにアピールしていた。

「やはり、どちらもホドワースへの街道です。右は荒地越えのショートカットで、この先ですぐ石畳は終わるそうです。本来の街道は左。右へ行けば馬車で2日の短縮になるそうですが」

ハートミンが娘から得た情報を伝える。

「右は無いな。お嬢も言ってただろ。馬車に合わせたルートを行ってくれって。最初に登録した商人ギルドのギルドマスターからは二頭立て馬車を進められたそうだが、家具を運ぶために購入した四頭立てで旅することになって、通れるルートが限られてるのは仕方ないって」

グッテレイは馬車を左へ向けた。

「おや、てっきりいいとこ見せようと近道するのかと思ったら」

シオンヌが茶化す。

「いいとこってなんだよ?!」

「『まあ、もうこんなところまで進んでたんですかぁ』とか言ってほしいんじゃないのかい?」

「ばか言え。遅くても安全確実の方が喜ぶに決まってるだろ!」

「結局、喜んでほしいんだ?」

「そ、そりゃあ・・・・・・このまえみたいな泣きべそ顔にはしたくないからな」


 一行は安全策の左ルートを採ったのだが、それは路面や道幅の安全を保障するものではあっても、道中の安全を保障するものではない。森を抜ける途中で、モンスターに遭遇してしまったことと、主が失った商運を結び付けたくなってしまいたくなるのは仕方がないことだったかもしれない。

 一晩キャンプして食料は狩りと採集で自給自足する。翌朝、出発して日が高く昇ったころ、遭遇があった。

 それらは、姿はオオカミだったが、動物ではなくモンスターだった。単なる野生動物のオオカミに対して、魔素のかたまりを宿し、悪に染まって巨大化したものをワイルドウルフ・ラージと呼ぶ。仔牛ほどのサイズの群れるモンスターだ。野生の食欲以上の悪意を持って人を襲うモンスターに分類されるものだ。

 一行が今、対峙しているのは、その中でもさらに巨大化し、魔素を宿す器官である角を額にはやしたオオカミ、ヒュージウルフだった。サイか小象ほどの巨体、鋼の鎧を易々と切り裂くするどい爪と牙、そしてヒュージウルフたるあかしであるユニコーンのような角は電撃として魔力を発する攻撃器官でもあるのだ。100年生きれば知性も宿すというモンスターだが、馬車を遠巻きに半包囲する四頭のヒュージウルフたちは、それほどの齢を重ねたものではなかった。それは、この襲撃者たちが策を弄することはないという意味では幸運だったかもしれないが、交渉の余地はないという意味では悪運と言える。

 馬と人間を喰らうことで飢えを癒し、人の生業を破壊することで悪意を潤すために旅人を襲う。そういうモンスターが、街道に現れるのは、めずらしいことではない。しかし、もしも街道のある地点を縄張りにするようなモンスターがいれば、商人ギルドでは情報共有されて警戒されるし、冒険者ギルドでは討伐の対象とされる。商人ギルドにはこの街道のヒュージウルフの情報は無かったから、こいつらは流れ者のモンスターで、一行はたまたま遭遇した不運な獲物ということだろう。

「馬車を中心に馬を守って半円形に布陣して防御だ」

細身の剣を構えながらグッテレイが叫ぶ。通常、戦闘の指示は彼が出す。

「いえ、ここは、馬車や馬はあきらめて、逃走の道を模索すべきです!」

メイスと盾を構えてドボラが提案する。指示はグッテレイが出すが、意見提案は出し合うのが彼らのパーティのスタイルだ。前回の峠の盗賊の襲撃とはわけが違う。守り切れる算段は無い相手なのだから、逃走が妥当というのがドボラの意見だった。しかし、逃走が容易だという状況でもなかった。

「リーダーがいるはずよ!見極めてそいつを倒せば、襲撃をあきらめるかも!」

シオンヌは身構えながらそう言った。一頭だけなら彼ら四人で倒せる相手だからだ。

ハートミンはすでに、ある程度の知性を宿す動物系モンスターの集中力を削いで連携を乱させる歌詞のない旋律を歌い始めていたので、意見提案は出さなかった。歌の効果はすでに表れていて、四頭のヒュージウルフのうち三頭が、キョロキョロと視線を泳がせている。つまり残る一頭、グッテレイをにらみ続けているやつがリーダーだ。

「よし!馬車と馬を守るのはやめだ!やつに攻撃を集中して倒すぞ!」

意見を聞いた上での、グッテレイのこの指示がパーティの意思決定となる。もう、異を唱える者はいない。じりじりとフォーメーションを攻撃的な台形に変える。グッテレイとドボラが前衛だ。

 リーダーを倒しても、オオカミたちが撤退する保障はない。しかし、それに賭けるしかない状況だった。

 四人が覚悟を決めた瞬間だった、四頭のヒュージウルフがいる場所に、真っ白な稲妻の柱が立ち、雷鳴が響き渡る。ビリビリと空気が震え、光と音が消えると、そこには高価な毛皮と角を回収できそうにないほど黒焦げになったヒュージウルフの死体が四つ転がっていた。上空は雲がほとんどない晴天だし、もちろんこれは自然の雷ではない。魔法の類による攻撃だ。電撃を操る魔物を、それを上回る電撃で葬るというのは、どれほどの強さなのか。

 一行は顔を上げ、上空30メートルほどのところに浮かんでいる術者を見上げる。

 彼らの窮地を救った救世主がそこに浮かんでいた。

 外套のような長い丈の真っ赤な鎧。腰とうなじに生えた二対の真っ白な翼。腰の翼は白鳥のそれほどのサイズで、うなじの翼は鳩ほどのサイズだ。高い位置で結んだツインテールの金髪。真っ白な肌に真っ青な瞳。硬そうな鎧は、細いウエストと豊かなバストを覆いながらも強調したデザインで、その女神のような整った顔立ちを隠す兜はない。

 二対の翼は常に完全に広げた状態で羽ばたいてはいない。彼女は魔法で浮かんでいるのだ。

 真っ赤な鎧を着た有翼種のマジックユーザー、勇者一行の攻撃魔法担当のマジックユーザー、マリエ・シャンテ『真紅の戦姫』の名を知らぬ冒険者は居ない。

「ブラウはどこなの?」

彼女はゆっくりと地上へ降下してきた。

「わたしは、彼の指輪を目印に転移して来たはずなんだけど?」

有無を言わさぬ強制力を持った口調と言圧だった。

「か、彼は妹さんを連れて、商いの神オルテラの神殿へ行ってるわ。私たちは妹さんにやとわれた護衛の冒険者で、馬車と荷を預かってるの。合流するときのために指輪を渡されたの」

指輪をはめているシオンヌが答えた。

 マリエの視線が、シオンヌの左手の薬指をロックオンする。

「ブラウに指輪を渡されて、あなた、そんなとこにはめちゃうわけ?」

「ひっ!」

シオンヌは慌てて、指輪をはめた左手の薬指を隠す。彼女は黒い手袋をしているので指輪は見えていないはずなのだが、マリエは正確に指輪の位置を把握しているらしい。

 話が違う。たしかブラウジットは、『今までパーティで一緒だった女性は、夫なんか一生必要ない、って感じの人ばかりだった』とか言ってたんじゃなかったか? この真紅の戦姫は、完全にブラウジットにぞっこんなふうではないか。強い嫉妬心を隠そうともしていない。

「それにしても、わざわざ地の果てのオルテラの神殿まで妹さん連れて行っちゃってるなんて。それって旅商人はじめた妹さんのためなのよね。あまたの女の子たちにはクールだったくせに、妹さんにはとことん甘いのね。いくら妹でも妬けちゃうわね。まあ、指輪があるんだからあなたたちのところに戻ってくるわけよね。それまで、わたしも一緒に旅をするわ。いいわね!」

 マリエの言葉には異論を唱えることなど許さぬ力がこもっていた。

 彼女は翼をたたんで、馬車の御者席に上って、そこが元々自分の場所であるかのように腰かけた。グッテレイはそのとなりに座って手綱を握り、他の三人は自分の馬に乗る。

「じゃ、行きましょうか、御者さん」

 完全にマリエがリーダーになっていた。



★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳(グッテレイ代筆報告用メモ)★★★★★★


2月5日


【収入の部】


<確定分>

無し

<予定分>

無し


【支出の部】

<確定分>

無し

<予定分>

来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い  80ゴールド


【残高】

<確定>


649ゴールド 17シルバー(1ゴールド=20シルバー)

うち、グッテレイ預かりが600ゴールド。

お嬢の手持ちは49ゴールド 17シルバー


<予定含む>


569ゴールド 17シルバー


【在庫商品・消耗品】

商品在庫

高級婦人靴 120足


保存食 

なし


【メモ】

勇者様、早く戻ってくれ。御者台の隣の席からの圧がすごくて、気が狂いそうだ。




しばらく主人公兄妹不在のまま話が進みます。

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