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襲撃者の正体は?

また間が空いてしまいましたが、続きます。

 兵士200人分の装備というやつは、コンパクトにまとめられて荷造りされていても、重さは相当なものだ。この前の荷の酒も、それなりの重量だったが、結局のところ金属の装備品が入った箱は酒に浮かずに沈むのだ。酒より今度の荷の方が数倍重い。

 なんとかジョーの馬車に積み込めたものの、動き始めに馬が必死に踏ん張るがなかなか動かず、グッデレイとドボラが馬車を後ろから押して、やっと動き出す始末だった。いったん動き出せばそのまま進むものの、石畳が終わって土の地面になると、車輪が地面にめり込むし、ちょっとした段差や坂になるたび、グッデレイとドボラは馬車を押さねばならなかった。

 大きな峠はないから、なんとか旅はできるだろうが、非常事態になって、走る、というわけにはいかない様子だ。

 この世で最強の存在である兄が同行しているのだから、相手の強さは問題ではない。しかし、兄の同行者である自分たちや、積み荷の安全までもが保障されているわけではないのだ。

 最初の野営地は平原だったが、次の日、ギルドマスターが南の森と呼んでいた森に入った。

 馬車道はしっかりしている。路面はよく踏み固められていて馬車は進みやすかったし、それなりの幅があって左右の木々の枝は、さほど道に向かってせり出しておらず、道の上は空が見えていて、明るい道だった。

 この日は無事進み、道のやや開けたところで野営する。

 夕食後、焚火を囲んでくつろいでいるとグッテレイがジョーに耳打ちする。

「今夜はちゃんと休んでろよ。残骸がみつかったのは明日の昼頃通るあたりだ」

ジョーは離れていくグッテレイを目で追った。なぜ、皆にそう言わないのか? 恐れさせないため? それとも逆に、そこまでは大丈夫と油断してしまわないようにするため?

 なんにせよ、危険があるなら、一番注意しなければならないのは自分だ。冒険者たちも、勇者である兄も、旅の途中で気を抜いたりはしないだろうから。

 翌日、馬車の手綱を持ったジョーは、心の中で『残骸、残骸』と繰り返し、それらしいものを路面で見つけたら警戒しなければ、と思いながら進んでいたが、隣に座るグッテレイに、

「地面ばかり見ていないで、周囲に注意しろよ」

と、注意され、はっ、と本末転倒だった自分の警戒対象を反省した。森の中、踏み固められた道のすぐ脇まで大きな木が生えている、ちょっと森に入れば、陽も差さぬ暗がりだ。

 ジョーは一番、冒険では役に立たないメンバーだったが、それでも、注意していればなにかに気が付いてパーティの助けになるかもしれない。ジョーは自分が座っている側である右の森に注意を傾けることにした。

 このパーティで、最も脅威を探知する力があるのは、勇者ブラウだ。彼は、イビル属性を検知するスキル、デテクトイビルを周囲に展開して、待ち伏せや、襲撃者の接近に備えていた。

「む!」

 だが、ブラウが対象に気付いたのは、デテクトイビルによってではなく、音と気配によってだった。通って来た道の背後。数十メートル先に気配を感じて馬上で振り返る。すると、道の左右から、子牛ほどのサイズの黒い生き物が道を塞ぐように歩いてくる。そして、同じくらい前方にも、左右から出てきて道を塞ぐ黒い生き物。

「ジャイアントアント?! で、でかいぞ!」

グッテレイが眼前の敵に似た自分の知るモンスターの名を口にすると、ブラウが訂正する。

「いや、ルストアントだ」

 ブラウのデテクトイビルに反応しなかったのも無理はない。ジャイアントアントにしろルストアントにしろ、姿は巨大な黒アリであり、食欲を満たすことだけのために生きているような、善悪の属性とは無縁の野生動物的な、中立ニュートラル属性のモンスターだ。そしてどちらも、主に地上ではなく地下に出現するモンスターである。しかし、ジャイアントアントとルストアントでは、モンスターのレベル、格が違う。

 ジャイアントアントは、ダンジョンの低層に出現するモンスターだ。硬い外骨格と鋭い顎。そして数に注意すれば低レベル冒険者のパーティでも対処できる中型犬程度のサイズをしている。グッデレイたちも、ダンジョンで何度か戦ったことがあった。

 ルストアントは、ダンジョンの最下層に巣食うモンスターだ。あまりにも深い階層にしかいないため、並みのダンジョンでは、ルストアントが住むような階層が無い。巨大で深いダンジョンのみに、ルストアントが出現するような層がある。グッデレイたちはルストアントと戦ったことはなかった。だが、その名と習性や特徴、強さについての情報は、ギルドなどから得ていた。

 ルストアントは、その名の通り錆を食料にしている。そして、金属を瞬時に錆びさせてしまう体液を持っている。口から噴霧のように噴き出す体液を浴びれば、鎧やベルトなどの金属部分はたちまちさびて粉になる。硬い外骨格を剣で切り裂いてダメージを与えると、体液に触れた剣が錆の粉になって使えなくなる。しかも、魔法に対する耐性が強く、炎や氷にも耐性を持つ。

 ルストアントと戦って倒さねばならないと判っている冒険者パーティは、ダンジョンに入るときに、木製の大槌を前衛の人数分用意し、それで戦う戦法を採る。あるいは、金属鎧や武器を身に着けず、生身の打撃のみで戦うモンク僧をパーティに参加させておくのだ。

 だが、そのような準備をしてこなかった冒険者パーティがルストアントと遭遇した時の対処法として正しいとされるのは、所持品や装備品の金属が多いものをその場に捨てて囮にして、逃げ去る手だとされている。やつらは金属が欲しいのであって、生身の人間に興味は示さないのだ。

 もしも、先の輸送隊も、同じようにルストアントに襲われたのなら、その末路は明白だ。積み荷を囮にして、逃げ出したのだ。

「わたしレベルの魔法じゃ役に立たないし、バレットビーより奴らの身体の方が堅いわ!」

シオンヌが早々に自分が役に立たないことを皆に伝えた。

 グッテレイが案を出す。

「おれとハートミンが、積み荷のブロードソードや槍で戦う。一発当てるごとに武器はダメになるから新しいのを渡してくれ。鎧は囮にして、奴らがそれに掛かってる隙を攻撃するんだ。うまくすれば積み荷の何割かは残る!」

 たしかに、荷をすべて捨てるよりは、良い手だ。

 様子を見ていたブラウは、自分の存在を前提にしないグッテレイたちの判断に満足し、アンドロメダを降りて言った。

「おれが前のやつらを倒すから、突っ切って進め。後ろから追ってきたら、しんがりは任せろ」

言い終わるより早く、前傾姿勢で走り出すと、皆の視界から忽然と消え失せて、遥か前方のルストアントの群れの前に現れた。ブラウが、すらり、と剣を抜く。


「三日月剣!」


 勇者が剣を横に振るう。その剣の太刀筋から、三日月のような光が十個以上生まれ、ルストアントたちに燕のように飛んでいく。スパスパとニンジンを包丁で切り刻むように、十匹ほどいたルストアントの身体が切り刻まれる。

 ブラウが、ひょいと道の脇に寄り、全速で走って来た(とても「走る」と言えた速度ではなかったが、全速だった)馬車と伴走する人馬が駆け抜ける。ブラウは後ろの敵を睨み、再び高速移動する。


「三日月剣!」


今度は光は八つだったが、ルストアントたちを切り刻むには十分だった。

 主を待っていたアンドロメダに乗って、ブラウは馬車にすぐに追いついた。

「先を急ごう! もう一度出てきたら、もう三日月剣は使えない」

 ルストアントは錆と一緒に食べた装飾用の宝石を体の中にため込んでいると言われ、死骸は宝の山だったが、回収に行こうと提案する者は居なかった。


 その日は陽が沈むまで進み、ルストアント以外の襲撃はなく、平穏にキャンプできた。

 シオンヌはメッセージの魔法で、ザクザラードの街の冒険者ギルドを通じて、商人ギルドへ、ルストアントの件を報告した。今までの輸送隊がたどった運命は、明白になった。輸送されていた兵士用の装備は錆となったのだ。そして、金属をたくさん運んでいた輸送隊だけがこの街道で被害に遭っていた理由も明らかになった。ただひとつ解せないのは、どうして地上にルストアントの群れが居たのか、ということだった。

 夕食の後、ブラウはジョーに歩み寄った。

「ジョー、来月の初めに、僕は二日ほど別行動する。三日月剣が切れたんだ。補充するには、世界に五ケ所しかない聖なる泉に行って、その泉に映る三日月の光を剣に取り込まなきゃいけないんだ。一番近い場所でもアンドロメダで丸一日かかる」

 世界最速の生き物と言われるユニコーンペガサスで丸一日というのは、かなりの遠方だ。

 この世界の暦は、毎月が28日間あって、月齢に合致している。毎月三日の晩が三日月だ。晴れていれば。

「曇りや雨だと困るので、雨除けのお守りは持っていくが、この機会に、こっちのお守りはお前にやるから持っていなさい。竜巻除けのお守りと、落雷除けのお守りだ」

「あ、ありがとう」

 訳も分からずに、差し出された小袋を受け取ったジョーは、そういえば、旅に出て一度も雨に降られていないことに思い至った。

 ジョーが受け取った小袋を、護衛の四人は目を丸くして見つめていた。何しろ、そんなお守りがこの世にあるという話すら、聞いたことが無かった。四人の視線を感じ取ったブラウが説明口調で情報を加えた。

「大魔王城のまわりには、竜巻と雷が荒れ狂う岩場の帯があって、そこを超えるためのお守りだったんだ。普通に暮らしていて、竜巻や落雷に遭うなんてことはほとんどないだろうけど、このお守りを持っていれば、可能性はゼロになるからね」

 ブラウはそう言うが、竜巻や落雷で命を落とす旅人は、決して少なくはない。

「売ったりはしないでくれよ。天候の神パシフィド様の神殿に降臨した神のお使いから、直接頂いたものだ。ばちが当たるといけないからな」

 ジョーは三度激しく頷いた。



★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳★★★★★★


炭鉱の街ザクザラードの南の森の街道沿い

1月26日


【収入の部】


<確定分>

無し


<予定分>

王都への運送の報酬  250ゴールド


【支出の部】


<確定分>


無し


<予定分>


来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い  80ゴールド


【残高】


<確定>


1435ゴールド 3シルバー(1ゴールド=20シルバー)


<予定含む>


1605ゴールド 3シルバー


【在庫商品・消耗品】


商品在庫

なし


保存食 10食


【メモ】


命あっての物種。積み荷を命がけで守らなかったからといって、逃げた商人を罪に問う人はいない。

次こそは、あまり間を空けないように。がんばるぞー。

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