渡河にはリスクが伴います
年を超えてしまいました。話の中はまだ1月も終わってません。
さて、いよいよジョー達が筏に乗り込むことになった。今回の筏の400マスのうち、ジョー達の荷物や人馬、馬車が156マスを占めていて、馬の仕入れが間に合ったサンジェスも馬と共に乗り込んでいた。馬を運ぶために、彼は自分の翼で飛ばずに筏に乗って渡るようだ。
400のマスを仕切る線の交わる点には穴があって、柵の支柱を刺し込むようになっていた。穴に差し込んだ状態で高さ1ルキトほどの支柱には、先に輪っかがついた策の横棒が付けられるようになっていて、馬は柵に囲われて閉じ込めるように載せられ、柵に手綱をくくられる。人は筏の揺れで転ばぬよう、筏の床に座って乗るか、柵につかまって立って乗る。馬を載せる客は、馬を御するために馬の傍に枠をあてがわれる。
ジョセフィンは、子供のころ父親が作ってくれた木の玩具を思い出していた。それは、農場をモチーフにしたブロックおもちゃのようなもので、穴が開いた板に棒を刺し込んで仕切りを作り、その仕切りごとに牛や羊、農作物の模型を置いて農場をデザインし、家の模型と人形を配置してままごとをするおもちゃだった。
今回の筏では、マスの仕切りを決めるのは船頭たちであってジョーではないが、仕切られて行く様は、まさにおもちゃの農場を仕切るような感じだった。あれよあれよという間に、荷や人馬が積まれて仕切りを立てられていく。
ジョーは最初に筏に乗せられ、筏の前方の端のマスをあてがわれ、柵の手すりを掴んで立って、自分の荷物がどこに置かれるかをチェックしていた。やがて自分のまわりも他の荷や客で埋まっていき、サンジェスが木箱の積み荷一列を隔てた隣に乗って来た。
「やあ、よろしく」
と、挨拶するサンジェスに、はにかんで会釈するジョーを見て、10マス離れたところに乗せられたグッテレイが、
「んぐぐぐ、ちくしょう!」
と嫉妬に燃えていた。傍のマスに立つシオンヌとドボラがくすくすと笑う。
出港の合図の笛が鳴ったころには、ジョーとサンジェスは幼馴染か恋人同士のように親しげに歓談していた。
筏には帆はなく、オールで漕がれているわけでもない。河の流れと垂直に進む筏の推力は、河の水面下に渡された鎖だった。筏は鎖につながれていて、鎖が滑車で両岸の間で回されて移動しているのだった。
筏が岸を離れ、しばらく進んだのを見届けて、勇者は白馬に跨る。そして白馬の背に大きな白い翼が現れる。アンドロメダは助走なく空に飛びあがり、羽ばたきながら空を駆け始めた。その速度はあまたの鳥やドラゴンを凌ぎ、まさに最速。わざと速度を落として飛んでも、河を渡る筏と並走などできない。とんびのように空に円を描いて筏の上空を中心に回りながら、筏に合わせて対岸に向かっていった。
水面に羽ばたきで起こす風が影響を与えないよう、アンドロメダはかなり高いところを飛んでいた。筏に近づくモンスターが居ないか警戒しながら。
この河は深いところでは王都の城壁の塔の高さ以上の深さがあり、魚だけでなく、それを食するモンスターも徘徊している。勇者はアイテムによってイビル属性の魔物の接近を探知するスキルを持っていたが、野生のモンスターには、イビル属性ではないものも多い。熊や狼同様、食欲に導かれて人を襲うニュートラル属性のものも十分に危険で攻撃的だ。
筏の周辺を見張るブラウジットが最初にそいつに気が付いた。筏の進行方向、つまり対岸側の水面下に巨大な影が近づいていた。
「アンドロメダ!」
ブラウジットはユニコーンペガサスを筏へ向かわせた。翼の羽ばたきを止めて、旋回しながら急降下する。
だが、異変が起きるほうが早かった。筏の右舷前方の水面が大きく盛り上がり、その中央から巨大なピンクのワームがその身を立ち上げた。
そのワームこそは、この河の食物連鎖の頂点に立つ生物だった。ワニのモンスターやガージャイアントすらも食すモンスター。ワームの名の通り長いその身体は全長が50メートルを超え、直径が5メートルの円筒で、先端の巨大な口には千本と言われるするどい歯が生えている。牛や馬も一飲みにする。
主食は巨大魚などの水棲生物だが、水辺に水を飲みに来た獣や、今回のように河を渡ろうとするものも襲う。その本性は食欲の塊。決して悪の属性による行為ではないが、食われるものにとっては、まぎれもなく悪だ。
まっすぐに上体を水面上に立ち上げたワームの口の横には、グリーンの目が、左右に四つずつならんでいる。その合計八つの目が、筏の上の人間や馬を見つけた。
先端部分をぐにゃりとまげて、口を筏に向ける。その口は大きな穴で、奥は真っ暗だが、端から何重にもするどい歯が円形に並んで生えていた。舌はない。あの穴に獲物を入れて飲み込むのだ。歯は砕いたり切り刻んだりするためでなく、飲み込んだものが出てこないようにするために生えているのだ。
ワームがその身体を倒すように、巨大な口を被せて飲み込もうとしているのはジョセフィンだった。どこにそんな筋肉があるのかと思えるような速度で、ワームの口が迫ってくる。
「ああ! あぶない!」
グッテレイが慌てて駆け寄ろうとするが、柵や荷物の山に阻まれ、さらに怯えて上体を起こしていななく馬が、彼の行く手を阻んだ。
「きゃあ!」
悲鳴を上げるジョセフィンをかばって、立ちふさがったのはサンジェスだった。ワームの大きな口が二人に迫る。まさに飲み込もうという瞬間、水色の壁が現れ、ボワン! と音を立て、ワームを跳ね返した。まるでそれは筏の透明なカバーででもあるように、それにワームがぶつかった衝撃が筏本体に伝わり、大きく筏が揺れる。
その水色の壁こそは、サンジェスの防御魔法だった。彼はかつて、彼が仕えていた魔王カラヴァインが勇者と戦ったときに、勇者の攻撃を一度防いだほどの防御力を持つ防御魔法の使い手だ。彼がいたからこそ、魔王カラヴァインは勇者と会話することができ、説得を受けて人間と和睦できたのだ。
今使った魔法は彼にとって最大の防御魔法。その防御力は鉄壁と呼ぶべきものだったが、持続時間が数秒と短く、さらに一日に一度しか使えないものだった。しかし、二度目は必要ではなかった。サンジェスは一度だけワームの攻撃を防いで、時間を稼げばよかったのだ。勇者がユニコーンペガサスに乗って駆け付けるほんの数秒という時間を。
再度攻撃をしようと、振りかぶるように上体をまっすぐ立ち上げたワームに、上空から勇者が襲い掛かった。彼は愛馬の鞍を蹴ってワームに向かって飛び降りた。上段に大きく両手で剣を振りかぶって。
ワームの直径に対し、勇者の剣はあまりにも短い。刃の長さだけ切れるとしても、ワームの分厚い肉を断って致命傷を与えられるようには見えないのだが、勇者の剣技は並みではなかった。彼が振るう剣の剣先から発した衝撃波が白い輝きを放つ剣となり、ワームの身体を完全に貫通して反対側に剣先の白い輝きがはみ出していた。そのまま、水面に向かって落ちながら、勇者の剣がワームを縦に両断していく。
水面まで、あと五メートルというあたりまで落ちて、勇者は剣を止め、足でワームの身体を蹴って、ワームから飛び去る。まるで、その場所とタイミングがわかっていたかのように、アンドロメダが飛んできて勇者を再び背に跨らせた。
ワームの上半身は真上に向かって立ち上がったまま、力を失い、そしてぐにゃりと根元から曲がって左右に別れて水面に倒れ込んだ。大きな水しぶきが上がる。そしてそれはやがてピンク色のワームの血に染まる。上半身を真っ二つに割られたワームは絶命し、河のゆっくりした流れで下流へと流され、筏を離れていった。
筏に乗った乗員乗客と、両岸で見ていた人々から歓声が上がる。勇者は軽く手を振ってそれに応えていた。
ジョセフィンは、揺れる筏の上でサンジェスに肩を抱かれて支えられていた。
「ちくしょう!」
それを見て、馬を乗り越えようとしたところで間に合わなかったグッテレィが悪態をついた。
「あんたが行ってても、いっしょにワームに喰われちまっただけだよ。傍に居たのがあいつでよかったんだ」
シオンヌがなぐさめる。
「それがわかってるからくやしいんじゃねえか!」
「あらあら、複雑な男心なんだねぇ」
シオンヌは肩をすぼめた。
その後は筏は何事もなく対岸にたどり着いた。
筏から上陸したジョーとサンジェスの傍らに、勇者が降りたつ。
「ありがとう、妹を助けてくれて」
「いいえ、わたしにはあれくらいしかできなくて。あなたがいなければ、わたしも食われてしまっていたでしょう」
礼を言い合う二人のところに、筏屋の主らしいのが歩み寄ってくる。
「ありがとうございました、勇者様。それと魔族のお客様。お二人がいなければ大惨事になるとこでした。ワームの縄張りは、もっと下流のあたりなんですが、ここに現れたのは初めてで。いつもは襲ってくると言っても、クロコダイルやガージャイアントくらいまででして」
「ふむ。いくら大きな河と言っても、ああいうのが何匹もいたりしないだろうが、なにか対策はしておいたほうがいいな」
「へい」
勇者のアドバイスに素直に頭を下げる主だった。
筏が大きく揺れたせいで、荷崩れしていくつか河に投げ出されてしまった荷があったが、筏屋のボートが回収に回っていた。荷の主は手数料を取られるらしいが、ジョーの荷は全て無事だった。
渡河し終わって、馬車に馬を付けて荷物を積みなおして準備していると、ガゼル商会のホルムズ・サントがサンジェス達を率いてやってきた。
「ザクザラードまでご一緒にというお話、ありがたくお受けしにまいりました。勇者様御一行とご一緒できるとは心強いことこの上ありません」
夜まで、大型の馬車二台を連ねて、一行は安全に旅をつづけた。
夜になって焚火を囲んだとき、ジョセフィンが提案した。
「お近づきのしるしに、今夜は酒宴でもいかがでしょう。お酒はたっぷりありますから」
商品として仕入れたお酒を提供する提案だ。
「おお、それではこちらは肴になるものをお出ししましょう。依頼を受けている仕入れ量は十分に確保できていますから、大丈夫」
というわけで、普通のキャンプでは考えられないような贅沢な酒宴となった。
お酒を注いで回るジョセフィンは、サンジェスのところで歓談モードに入ってしまって動かなくなってしまう。それを遠目に魚の干物をかじりながら、グッテレィがふてくされている。
「おやおや、いいのかい? あれ、放っておいて」
シオンヌが煽る。
「いいんだよ! どうせあいつはザクザラードまでしか一緒じゃないんだ。邪魔して嫌われるようなことはしないんだよ」
「ふーん。あんたがいいんならいいんだろうね。じゃ、わたしは勇者様と一献、あらら? どこにいらっしゃるのかしら?」
シオンヌはお酒を持って歩いていってしまう。
ひとりになったグッテレイに気が付いたジョーが、サンジェスに挨拶して席を立ち、酒瓶を持ってグッテレイに近づいて来た。
「今日はお疲れ様でした。お酒は足りてますか?」
慌てたグッテレイは右手に持っていた酒瓶を自分の背中の後ろに隠し、空になりかけの木のカップだけを見せた。
「え? あ、はい! はい! いただきます!」
差し出されたカップに上等の酒を注ぎながら、
「明日からもよろしくお願いしますね」
と笑いかけるジョセフィンに、うっとりみとれるグッテレィだった。
★★★★★★★★★★ジョーの勘定帳★★★★★★
1月21日 ドネツン河の渡し後のキャンプ
【収入の部】
<確定分>
なし
【支出の部】
<確定分>
なし
<予定分>
来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い 80ゴールド
【残高】
<確定>
236ゴールド 3シルバー(1ゴールド=20シルバー)
<予定含む>
156ゴールド 3シルバー
【在庫商品・消耗品】
商品在庫
果樹酒 24本入り木箱39箱
※親睦会の酒宴にひと箱提供
蒸留酒 59樽
※親睦会の酒宴にひと樽提供
保存食 16食
【メモ】
渡河には危険が伴います。
次はいよいよ暗躍している魔王の思惑に勇者たちがかかわる話。




