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暗躍

今回は勇者たちのパーティとは別の場所でのお話

「ステルキノウスの軍勢が勇者に倒されたそうだな」

燕尾服を着た青髪の男は大きな窓の傍に立って、外の景色を見る風に言った。

「ああ、先日勇者に挑んだメキウス同様、大魔王様が我ら九魔王のうち四人を従えて挑んでも敵わなかった勇者と、武をもって対峙しても勝ち目はないということだ」

話す相手は眼鏡を掛けた青年で、大きな机に向かって、豪華な椅子に座っていた。

 その部屋は、いかにも大手の商会の会長か領主の執務室にふさわしい調度品が揃った部屋だった。

 部屋の中は宵闇に包まれたように暗かったが、窓の外はまだ昼間だ。

 かつて、大魔王軍に滅ぼされた郡の領主の城だったが、今はコウモリのねぐらとなっている。

「で、あれば、なんとする」

 青髪を右手の中指でかき分けながら、窓辺の男が尋ねる。

「勇者とは戦わない。人間同士に戦わせて、われらが望む阿鼻叫喚に満ちた世界を作る」

二人の目は、色は赤と水色で異なるが、いずれも瞳孔が縦に割れていて、人ではないことを示していた。

「勇者は、人同士の戦いには手を貸さないからな」

「そうだ、やつは、人同士が争い始めても、どこかの国王に加担したり自分が王として立って、世界統一して戦乱のない時代を作る、なんてことはできない。そういうのは『英雄』がすることだ」

眼鏡の青年は口の端を上げる。

「それで、俺を呼んだのは?」

「おまえが、勇者と直接戦ったりしないように忠告するためと、俺がやっていることを手伝ってもらいたいからだ」

青髪の男は、ちょっとつまらなそうな吐息を吐いて、乗り気ではなさそうな様子で質問を返す。

「おまえが最近やっていることといえば、なにやら人間の商会の真似事のようなことではないか?」

「そうだ。俺は表に出ず、人間を代表に立てているが、よく調べたな。主に人間の国家間都市間の流通を取り扱う商会だ。運送業者と言ってもいい」

「人間が富み栄える手助けをしてやって。まさか、金儲けが目的、とか言うんじゃないだろうな。」

「莫迦を言え。流通を独占し、その後にやることは、人間界の富裕の操作だ。今はまだ、独占するための実績づくりの段階だ」

「ふはは。まるで人間の商人だな」

「もちろん人間の商人が独占を目指すときのように、ダンピングまがいのこともやっている。だが、一番の手段は、輸送の確実性という点で他の業者との差別化を図るという方法だ。輸送業者を使う商人どもは、安さよりも確実性を重視する。仕入れにしろ納品にしろ、途中で盗賊やモンスターに襲われて、荷物が失われるリスクが少ない業者を選ぶ。その点、うちは、『改心』して人間との共存を望む魔族を護衛として付けているから野良のモンスターや人間の盗賊などは脅威じゃない。そして、大魔王軍の残党たちとは裏で調整してあるから襲われない。他の隊商は襲われるのにな」

「なるほど。俺を呼んだのは、その調整の一環か」

青髪の男は、拍子抜けした様子で、つまらなさそうな様子を隠そうともしない。

「ああ、それが二番目の用件なんだがな。今、手を広げているところでな。お前の縄張りも通るようになる。ほかの人間の商人の隊商は派手に襲って、うちの商会の隊商は見逃してほしい」

「ふうん。で、その先に何が起こるんだ?」

「人間どもは、流通に俺の商会を頼るようになる。独占したら、流通を操る。ある国は富ませ、隣の国は貧窮するように。人間の国の地図を市松模様に色分けする。その上で持たざる国には武器を安く流し、軍事力を上げさせる。金持ちの弱い国と、貧乏人の強い国。あとは人間が勝手に略奪や侵略を始めてくれる。始まったら終わらせない。負けそうになった方に加担し、戦いを長引かせる。戦乱が絶えない世界に変えてやるのさ。人間どもが…一致団結するような共通の強い敵というのは、居てもらっては困る。今のところ、お前の勢力が、一番、そういう存在になりそうだから、自重してほしいっていうのが、今日お前を呼んだ一番の要件だ」

青髪の男は、思案顔になった。

「気の長そうな話だな」

「時間は俺たちの味方だろうよ。勇者なぞ、いくら強いといっても百年後には生きていない」

「次の勇者が現れる」

「いや、現れないさ。突出した悪の強者、大魔王が現れないかぎりはな」

少し間が空く。青髪は眼鏡の言に言い返さず、話を変える。

「今、勇者がどうしてるか知ってるか? メキウスやステルキノウスがやられたと言うが、勇者は大魔王軍の残党狩りをやっているわけではないぞ」

「ああ、知っている。妹が旅商人をやる手助けに同伴しているという話だ」

「それこそお前の商会の強力なライバルじゃないか。これ以上ない確実な輸送手段たる隊商だぞ」

「馬車一台でできることは知れている」

「なるほど、勇者には手を出さず、やつが老いて果てるまで気長にその商売を続けるわけか。だがやつがおまえの商会と敵対することはないのか?」

「無いさ。表向きは人間が営んでいる商会だぞ。護衛についている魔族たちも、本物の『改心』者だけだ。やつらは裏のからくりは知らず、本当に人間との共存を望んでいる裏切者たちだ。勇者はそういう魔族を攻撃しない。かつて人間と単独で和睦した魔王カラヴァインのように。勇者の橋渡しで人間の国々と和解したやつの領土は、人間たちからもひとつの国として認められ、今では魔族と人間の共存国家だ。勇者はカラヴァインを友人とし、その国の魔族たちを敵視していない。俺の商会の魔族たちも同じように見るだろう。実際、カラヴァインの国の出身のものも多く雇っているからな」

「ふうむ。気の長い話だが……まあ、わかった」

青髪の男が立っていた窓の横の壁に、黒い闇の入り口が開く。男はそこへ入って行こうとする。眼鏡の男が呼び止める。

「おい、待て、ガイン。返事は?」

ガインと呼ばれた青髪の男は右足を闇の入り口に踏み入れた状態で立ち止まり、振り払うように手を振る。

「わかったって、言ったろ、アデオン。勇者とは戦わない。大魔王にもならない。おまえの商会の隊商は襲わせない。で、ほかの隊商は精出して襲わせる。これでいいだろ」

眼鏡の男は、『行け』というように手を振って答えた。

 魔王ガインは魔王アデオンの城からゲートで立ち去った。

次は河を渡る話です。

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