得られるはずだった利益を逃すことを損と言う
二カ月ペースになってしまってます。このままでは10年かかりそう。どこかでペースを上げます。
漁港ファイテマを出て二日で、王都からの海岸道路の終点である港町タベラックが見えてきた。
商港でもあり、海岸道路と内陸への道の起点・終点でもある交通の要所だ。
海岸道路に魔物が居付いていた間、そこは地の果てであったが、勇者が魔物を退治したことで、海岸道路は主要な街道に戻りつつあった。
タベラックから海岸道路を王都へ向けて出発したばかりの馬車や徒歩の隊商の面々は、ジョーたちとすれ違うときに、白馬に乗る勇者に気が付き、立ち止まって頭を垂れて感謝の意を現わす。
ブラウは慣れた様子で、軽く手を振ってそれに答えていた。
タベラックの入り口の門兵は、何も確認せずうやうやしくお辞儀をして、勇者の一行を顔パスで通し、門の内側では勇者の到着を見ようと集まった人々が折り重なって人垣を作っていた。歓声。拍手。にこやかに手を振って、それに答える勇者。ついでに歓迎される、その妹の一行だったわけだが、どうにも居心地が悪い。
例によって馬車の御者席横に座っているジョセフィンは兄を手招きして、周りの歓声にかき消されない程度の声を出して ― 口元を手で隠して内緒話するように ― 言った。
「私たちは、先にギルドで登録すませて商談してきます。お兄様は宿を決めておいて。アンドロメダを目印に合流しますから」
ハートミンは、ちょっと残念そうに後ろを振り返っていたが、商人一行は勇者を残して馬と馬車の速度を早めて、町の奥へと進んでいった。
「これは良い品、いや、良い素材です。このままで40Gで買い取りましょう。ですが、ひとつ提案があります。わたしどもにこれを預けて、加工をお任せくださいませんか。加工費用は60G、20日間お預かりして、りっぱなジュエリーに仕上げましょう」
商業ギルドで登録を済ませたジョセフィンは、漁村ファイテマで仕入れた天然の真珠と珊瑚を売るべく、装飾品の製造卸業者を訪ね、商談していた。品を丁寧に見定めて、店主が買取値と同時に提案してきたのだった。
「それは、どれくらいの価値のものになるんですか?」
ジョーは勘定帳にメモしながら聞き返した。
「うちが40Gで買い取った場合、加工して売りますが140G以上の販売になります。しかるべき都市に持っていけば、その倍以上になるでしょう」
ジョーは、この回答で「あれ?」と思った。買い取って加工して、自分で都市に運べば100Gから加工の経費を引いた分の利益になる。加工費用60G受け取って経費との差額だけの利益になってしまう提案をなぜするのか?
なにか裏があるのかもしれない、と思うが確証はない。兄が居れば指輪でわかるのかもしれないが。
「でも、そうするとわたしは20日後にこの町に戻ってこなければならないということですね。次は隣国へ向かう予定なんです」
明確な予定があるわけではないが、嘘ではない。基本的に、いろいろ回ることにするつもりなのだ。当面は同じルートを戻るつもりはない。
「ガゼバハルトに戻られる途中ということでしたね。海から遠いあちらのほうが、素材としての価格も高くつくと思いますよ」
商談は流れた。
ジョーは提案の理由を聞き出そうと思ったが、丁重に断られ、出口の方をを手で示されてしまった。お引き取りくださいということらしい。
結局、この町では一泊しただけで、売却も仕入れもせず、翌朝ガゼハハルトへ出発した。
あの提案は、どういう意味だったんだろう。
ジョセフィンは考え続けたが、よくわからない。ガゼハハルトで家具を渡すとき、ギルドマスターに教えてもらおう、ということで、一応心の中で決着させた。
「おおおお、これはすばらしい。これなら娘も満足でしょう。では、後金の100Gをお支払いしましょう」
バーノルド商会会長で、ギルドマスターの、花嫁エミリアの父は、運ばれてきた家具に満足していた。
彼に報告する前に、エミリアに会ったジョーは、兄がその家具を選んだ理由をひそかに伝えた。エミリアは涙を流して感謝の言葉を述べたが、ジョーの胸はチクチクと痛んだ。だから、エミリアの父親が言う「娘も満足」については、微妙な表情を返すしかなかった。
残金の支払いのために商会の応接室に通されたジョーはタベラックでの装飾品加工の提案を受けた件を、正直に打ち明けた。
「それは損をしましたね」
真珠や珊瑚を小袋から出して広げたテーブル越しに、対面に腰かけたギルドマスターは、率直に語った。
家具の受け渡しをグッテレイたちに任せ、宿の手配を兄に頼んでいたので、ギルドマスターと応接室で対面してお茶を勧められているのはジョー一人だ。
「損?」
「商売の世界では、得られるはずだった利益を逃すことを損と言います。その店に預ければ、こいつらは一流の装飾品に生まれ変わったでしょう。首都で売れば300Gほどになったかも。実際、わたしはこれをあなたから60Gで買い取ったら、あの店に預けて60G払って加工してもらって首都で売るわけです。もちろん、わたしが手配できる輸送手段は、あなたのキャラバンほど確実ではありませんから、0Gになってしまうリスクはあるのですがね。あなたは得られるはずだった220Gの利益を40Gの利益にしてしまった。これは、180Gの損と言うのですよ。
あなたはお兄様と旅をしてきて、旅が安全で確実なものだと思っているでしょうが、それは非常に特別な状況です。普通の旅商人の旅は、危険と隣り合わせです。盗賊やモンスターに襲われ、命までは取られないにしても、逃げるために荷物を諦めなければならなくなることは少なくありません。普通の商人はそのリスクを考慮します。だから、自分は移動せず確実な手数料を得ようとし、あなたにはリスクがない旅で儲けてもらおうと提案したのでしょうな」
なるほど。自分は、兄と旅することで、商品の輸送が確実なものだと思ってしまっている。普通の旅商人にとってはそうではないのだ。ジョーはそのことに思い至らなかった自分を悔やんだ。タベラックの装飾品の製造卸業者に対しては、せっかくの両者両得の条件にへんな疑いを掛けて、難癖をつけてしまったわけだ。気を悪くされても仕方がない。
勘定帳にメモを取ったジョーは、筆記用具を置いて、頭を下げた。
「いろいろお教えいただいてありがとうございます。この品、60Gでよろしければお買取りください。今回のことは今後の戒めにします」
「それはよかった。両者が得をしたと思える商いが一番です。おっと、さっき損だと言ったばかりでしたな。失礼、失礼」
笑って、お茶を飲み干し、カップを置いたギルドマスターが、口調を変えて尋ねる。
「それで、今度はどういう商いをなさるおつもりかな?」
「はい。馬車を四頭立てに買い替えて、積めるだけお酒を積んで、炭鉱の町ザクザラードのドワーフ酒場に持ち込んでみようかと。大量に持ち込んでも良い値で買ってくださると聞いていますので」
ジョーは、クロッサ村のギルドマスターから聞いた話を試してみるつもりでいた。
「ふむ。その情報は正しい。あそこは炭鉱のせいか、水がうまくない。それでうまい酒ができない土地柄なので、外からうまい酒が入ればドワーフたちがあっという間に飲み干してしまう。輸送力が儲けに直結する商いになりますな。さて、ひとつアドバイスです」
「はい!」
ジョーは再び勘定帳を開いてペンを構えた。
「ここからザクザラードへ行くには、国境のドネツン河を越えねばなりません。浅瀬に回ったら2週間無駄にかかります。街道には渡しの筏があるのですが、これが商人泣かせの激高料金です。人だけなら安いのですが、馬車や馬、荷箱や樽の運送費が高い。渡しの両岸の村では馬車や馬の売買が盛んにおこなわれています」
つまり、渡しに代金を払うより、馬や馬車をいったん売って渡ってから買いなおしたほうが安くつくことがあるということだ。
「売買の仲介屋は、渡し業者の縁者がやっています。結局、彼らは儲ける仕組みですな。旅商人同士で直接売買も行えますが、これは上級者向けです。お勧めは仲介屋を通すか、渡しに載せる手です。今後のことも考えればなおさらですね」
ジョーは大きく二回頷いた。
「実はあなたには、もう一つ究極の渡河方法があります。お兄様の力で、大河を一瞬で凍らせて上を馬車で渡る方法です」
兄ならやりかねない。アイテムか魔法で、大きな河も凍らせることができるのだろう。
「その方法で今回渡ることは可能でしょうが、それをやると、お兄様から独立して商売をなさるときに、渡し業者や仲介屋が相手にしてくれなくなるでしょうね」
なるほど。
「わかりました。ご忠告ありがとうございます」
まずは、みんなと合流して宿で休んで、明日は、馬車の買い替えとお酒の仕入れだ。
ギルドを出るとき、両手のこぶしをぎゅっと握り、
「よしっ!」
と、自分にカツを入れるジョセフィンだった。
★★★★★★★★★★
1月18日 ガゼバハルト商人ギルドの前
【収入の部】
<確定分>
家具仕入れ後払い報酬 100ゴールド
真珠と珊瑚販売 60ゴールド
【支出の部】
<確定分>
港町タベラック宿泊 9ゴールド
ギルド登録料 1ゴールド
<予定分>
来月初め冒険者雇用契約4人×ひと月分前払い 80ゴールド
【残高】
<確定>
1004ゴールド 15シルバー(1ゴールド=20シルバー)
<予定含む>
924ゴールド 15シルバー
馬車は買い替え予定。
【在庫商品・消耗品】
商品在庫
なし
保存食8食
【メモ】
得られるはずだった利益を逃すことを損と言う
次回は旅の話から離れて、暗躍する悪のお話し。




