4 正しい?力の使い方
「『飯炊き』さん、明日お休み?」
「あっ、はい。明日はお休みをもらってます」
この忙しい生活でお休みがなかったら、私はとっくにぶっ倒れていただろう。聖女である事を隠すために、この重労働を一人でこなしているのである。孤児院もここも変わらない、いや、顔を不細工に作って本当の事を話せない分、こちらの方が辛いかもしれない。
ちゃんと高額のお給料……というよりも私用の予算というのがあるらしいけれど、ほぼほぼ使い所も無いので3年でかなりの額が貯まっているそうだ。仕送り、と言うことにして毎月美味しいものが食べられて、一人一着は服が買えるくらいの額は孤児院に寄付してもらっているけれど。
その孤児院時代の名残りで割と仕事は早い方だとは思うが、それだって限度がある。
騎士の人たちが食べ終わった食器をもこもこの泡で洗いながら、カウンター越しに答えると非常に残念そうな顔をされた。
「ちぇー、残念だな。てことは明日は王宮の侍女たちが?」
「えぇ、10人いらっしゃいますよ」
「うわぁ、隠すもの隠しとかないと」
「ダニーさんの酒瓶と女性には見せられない本なら、寝台の裏に括り付けておいたのでたぶんバレませんよ」
私の事を飯炊きさん、と呼ぶ茶色の刈り上げた髪をした立派な体躯の青年は、飯炊きさんには敵わないな、ありがとう、と言って去っていった。
夕飯の激戦区の後は、お湯を張った大浴場で皆さん汗を流してから寝られるので(でないと大変不衛生だ)最後に私は一人でお湯をいただく。
騎士団長さんからはじまって10人ずつ交代で、まぁ、私がお湯をいただく頃にはどろどろになっているのだけど……。
泡だらけの食器を水で流しながら、よく考えたら侍女10人分の仕事を私はしているんだな、と思うと、働かせすぎな気がする。歴代の聖女で1番の働き者、という事で、金剛の聖女ではなく勤労の聖女とでも言って欲しい。勤労の聖女……やっぱり金剛のでいいや。
寝起きも騎士さん達と続き部屋だが、さすがに一人部屋だしこっそり寝具はふかふかのを貰っている。
眉毛を太く、そばかすを描くための化粧品も、鏡台があるから使えるし、休みの日に着る服は簡易なドレスを下賜されているし。
図書室にでも行って少し聖女の事を調べてから、台所に顔を出しておやつでも貰おうかな、と明日の予定をたてながら皿洗いを終えて布巾で食器の水気を拭う。
そろそろお風呂が空いた頃だろうか。
残念ながら、殿方が何十人と入ったお風呂は……汚い。どろどろしてるし、心なしか床もべとついている気がする。
寝巻きとタオル、換えの下着を持って空いたお風呂場に行き、念のため施錠してから私は脱衣所の入り口で目を伏せた。
「『浄化』」
気持ちを込めてそう呟くだけで、隅々まで綺麗になった脱衣所に満足し、私は服を脱いで籠に入れた。
同じ事も浴室で繰り返す。床から壁、天井まで綺麗になり、浴槽のお湯も張りたての、飲めそうなお湯になる。間違っても飲まないけれど。
備え付けの鏡で自分の胸元を見る。人の肌と融合した巨大なダイヤモンド。もう見慣れたけれど、こんな事に使う力では無い気がする。
「『加熱』」
綺麗なぬるま湯に指をつけて、ほんの少しだけ熱くなるように奇跡を起こす。
私はずっと軟禁されている。きっと隣国が滅びるか、私が瘴気を払い土地を清めるまで、ずっとだ。
何が『金剛の聖女』だ。最高位で、国王よりも上の存在だ。
守る、と言われてこんな生活をして3年。私は守られる必要は無い。
自由に生きられないのなら、こんな石に意味は無い。
それでも人間慣れや生活習慣がある。私は甘んじている。
ほんの少し、期待もしている。
隣国から聖女を狙った間者が来ている……、その人に私をさらって欲しいと。
今の状況に甘んじる気持ちと、力があるのだから役に立ちたい気持ちとの狭間で、私はただの人間だった。
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