17 追手
すみません、話を一つ飛ばしていました!
貴族の様子を心配してか、王城から馬車が(普通の馬が引いている)やってきた。
無心にスープを啜っていた貴族たちも、器を置いて跪いた。私も跪こうかと思ったら、ガウェイン様にそっと肩に手を置かれて、私たち2人だけが立って馬車を出迎えることとなった。
「……『金剛の聖女』様。此度は、誠に……国のために、ありがとうございます。混乱を防ぐため、なかなかこちらから出向くことができず申し訳ございませんでした。グランドルムの王、ウェインと申します」
初老の優しそうな、それでいて体躯のがっしりとした人が、この国の王だという。そして、馬車からは何人かの……胸に輝石を抱く、聖人と聖女が降りてきた。
「我々では浄化に至らなかった瘴気を祓ってくださり、御礼申し上げます」
「『金剛の聖女』がこの国に戻り、祈ってくださったお陰で、我々はまだ命を繋ぐことができました」
年若い美男美女たち。彼らはまだ子を儲けず、自分たちが聖人と聖女であることを選んだ人たちだ。この3年、瘴気の蔓延を抑え込んでいたという、聖域にいるという聖人と聖女にまで私は膝をつかれてしまい、どうしていいか分からなかった。
「……ガウェイン様、あの、私はどうしたら」
「そのまま。貴女が受け止めたままでいいのですよ」
「とは、言われても……皆さん、ご無事で何よりです。あの、魔物の料理方法はここにいる方々にお伝えしたので、美味しく食べてください。そして、えぇと……私は政治的なことは分からないのですけど、私がこの国から盗まれたということは聖人聖女の仕組みからいっても明らかなので……ローリニア王国に食糧支援と終戦協定、と言えばいいんですかね? を、持ちかけてみてはどうでしょうか」
魔物は尽きることは無いが、瘴気から生まれているのでやはりそれなりに食べ続けるのにはリスクがある。
人の手で育てて、人の手で食べるために作られた物を食べるのが本来一番いい。
私は自ら、グランドルム王国に味方します、ということを言ってみたのだけれど、受け入れてもらえるか少し不安だった。この聖域で暮らしていた人達に比べて、自分はあまりに庶民すぎる気がする。別に、顔が整っているというわけでもないし。
恥ずかしくなって俯いてしまった私の背をポンポンと叩いて宥めてくれたガウェイン様の顔を見上げる。
「『橄欖の聖人』として顕現しました。父と母は聖域で息災でしょうか……?」
「もちろんです、ガウェイン様。ただ……、今、追手が来ています。国境の兵士達は炊き出しのお陰でなんとかローリニア王国の正規兵を留めていますが……」
と、紅玉の聖人と思われる人が言ったと同時に、私の背を抱きかかえるようにしてガウェイン様がしゃがみ込んだ。そこには、いつの間にか市民の間に紛れ込んで変装していたらしい、普通の中肉中背の男に見える人が短い武器を持って立っている。
そのまま立っていたら、背中を斬られていたかもしれない。死にはしないだろうが、きっと動けなくなっていただろう。
「非正規兵……国王の子飼いか?!」
「グランドルム王、馬車へ。聖人、聖女の皆さまも」
ガウェイン様が彼らを馬車に乗せて城へ逃がす。街中に居た貴族や市民たちは、食べ物を抱えて逃げた。そうだ、それでいい、と私は思った。食べることを忘れてはいけない。食べ物を粗末にしてもいけない。生きる糧を抱えて、今は逃げるのが正解だ。
私とガウェイン様を庇うように、騎士団の人達が周りを囲む。そして、しゃがみ込んだままの私を置いてガウェイン様も剣を抜いて立ち上がった。
「聖女だからじゃない、私たちのルーシー様を守るぞ!」
「おう!!」
3年間、彼らの一番側で見てきた。頼もしい声に、思わず感涙で視界が歪みそうになったが、どこから襲われるか分からない。私も、生きなければ。
気を張り詰めて、私を守る騎士たちの背中を見守った。