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11 『金剛の聖女』の本領発揮

 聖地に立つ時に、泥が乾いた靴を脱いで裸足になった。なんだか、直に立つのが正しいような気がしたのだ。


 馬車は水辺に浮くように立っていて、聖地に降りたのは私とガウェイン様だけだ。何故だろう、と思っていると、騎士団長様と茶髪の騎士様は資格がないからと言っていた。


 ガウェイン様には資格があるのか、と思って見上げると、まだ何も教えてくれる気はなさそうだ。


 小さな小島なので、馬車からほんの少し歩いただけで真ん中に辿り着く。


 私の胸元が服の隙間から、布地の下から、強い金色の光を放った。そして……ガウェイン様の鎧の隙間からは、黄緑色の光が漏れている。


「……私は、『橄欖の聖人』。ペリドットを胸に抱く者です。金剛の前にはさしたる力はありませんが、貴女の助力になれるかと」


「……聖人、だったのですか」


「はい。なので……私は貴女を名前で、認識できていました。その時点でおかしいと気付くべきだったのですが……今は、祈りましょう」


「はい。事情はまた後で。――えぇと、ここで、祈ればいいんですか?」


 祈る、と言われても頭は真っ白だ。さてどうしたものかと思っていると、ガウェイン様が私と向かい合って両手を緩く握られた。


 お互いの胸元の光がわずかに強くなった気がする。共鳴しているような、キンという高い音が聞こえて来た。


「私が知る限りの、この国の平和だった姿を貴女に共有します。ルーシー様、どうか、目を閉じて」


「は、はい」


 言われるままに目を伏せる。耳の奥で聞こえる鉱石がぶつかり合うような、キンキンという高く澄んだ音が強くなる。けれど、不快じゃない。


 瞼の裏に、ぶわっと情景が広がった。


 今は紫の濃霧で遮られて見えない緑の稜線。黄金の穂を垂らす麦畑。牛や羊、馬の群れに、賑わう石造りの街、白亜の城。穏やかなせせらぎの森の中の川と、平野を豊かにながれる河川。そこを泳ぐ小魚の影まで鮮明に、自然あふれる世界が私の中に潜り込んで来る感覚。


 草原を踏む感触、土と作物と、人が生きる匂いまでが鮮明に私の記憶にあるかのように感じ取れる。


「そう、貴女が見ているのが、私の記憶にあるこの国の姿。瘴気が満ちる前の、平和な世界です」


「この国は……豊か、なのですね。本来は、こんなにも……」


「私を信じて、祈っていただけますか?」


 少し不安そうな問いかけに、私はそっと目を開いた。


 3年間、この人のご飯を作って来たのだ。側で見て、洗濯をして、世話をしてきた相手だ。


 助けにきたかった国だ。その国の『聖人』が、3年間、私を『ルーシー』と名前で呼んでくれた人が、信じられない理由は無い。


 ……国王陛下に関しては、私に対しての扱いや、隣国へ渡さなかったこと、何もかもが今は疑わしい。それよりは、よっぽど信じられる。


「もちろん」


 私は微笑んで、この国の汚れを祓おうと思った。小さく頷き、ドレスのボタンを開けて直接胸元の石に触れる。


 人肌のようでありながら、強く硬く輝く金剛石。王室の人たちと宰相閣下、そして院長以外には見せたことが無い、私の胸元を大きく占める金剛石。


 輝く金剛石に、願いを託す。さっき見た光景を取り戻して欲しいと、瘴気を、汚れを、祓って欲しいと。


「『この国を、浄化したまえ』」


 神力を使う時に、私は短くイメージした言葉を使う。本当のイメージは頭の中にあって、それを言葉にすることで実現できる気がして、そして、実現してきた。


 光がこの聖地という小島を包む。私は眩しくない。一緒に包まれているガウェイン様も平気そうだ。目の端で、眩しそうにしながら此方を窺う騎士団長と騎士さんが見えたが、光の中に消えて行った。


 聖地を囲む泉が大きな水の壁になり、一気に川となって国中に流れて行く。光る水が通った場所から、どんどん土地が息づいていく。


 光の輪が幾重にも外側へ外側へと広がり、遠くに見えた瘴気の霧に届いて晴らしていく。今の私は背中にも目があるように、その全てを知覚できた。


 自分の中の何かがどんどん外に広がっていく。その何かが瘴気に触れると、瘴気が霧散する。


 国の端々まで、どうか届きますようにと願い続けるうちに、瘴気の気配が消えた。


 さすがに蔓延る魔物をどうこうすることは出来なかったし、すぐに作物が育つことはないけれど、瘴気に侵された動物や人間が元気になっていくのは見えた。


 私が祈るのをやめると、光が収まる。これで、一応はこの国を救えたのだろうか。


 どさ、とその場に膝をついた。これは確かに、疲れる。


「お疲れ様でした、ルーシー様。――ありがとう」


 倒れ込みそうな身体を支えて抱き上げてくれたガウェイン様の泣き笑いのような顔に、そんな顔をするものじゃありませんよ、と言いたかったが、今は口を動かすのも億劫な程疲れた私は、そっと手を伸ばして頬を撫で、そのまま眠りに落ちた。

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