表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/22

10 見えない馬車と『聖地』

「あぁ、そろそろ国を抜けます。瘴気はそこまで上空までは届きませんが、様子が変わりますよ」


 ガウェイン様がそう仰ったのは、日の出の頃。国境まで来たのは初めてだったので馬車の窓に張り付いた。


「国境を越えればこの馬車を引いている馬も姿を現します。驚くかもしれませんね」


「……?」


 魔法で姿を眩ましているだけの馬では無い、という事だろうか。


 私は国境を越えるのを待ちながら朝陽の鋭い光に目を細めた。


 その光に照らされて、隣の馬車を引いている馬が2頭、段々と姿を現す。


 脚が8本ある巨体の馬が、そこにいた。美しく、力強く、しかしただの動物では無いと本能的に察して心臓がバクバクと煩くなる。


「スレイプニル……。本来の伝承ならば神獣ですが、種を悪魔が盗んで魔界で育てた、と言われている魔物の一種です。空を駆け、何より力が強く体力も底無しですので、こうして決行の日に当国より召喚しました」


 ここより各地に馬車は分かれて、私たちは『聖地』と呼ばれる場所に向かうらしい。


 異国……私の産まれた国は、ほとんど荒野のような有様で、川も干上がりかけている。


 遠くに紫の濃い霧が立ち込めていて、あれが瘴気だという。私は、初めて見る違う国景色に唖然とし、呆然となり、悲しくなった。


(私がもっと口が回るような、頭のいい人間だったら……、ちゃんと騎士さんたちを信用してお願いしていたら……もっと前に何とかできたのかな……)


 悔やんでも仕方ないことを悔やみながら、私は胸のあたりの布をぎゅっと掴んだ。


 その手をガウェイン様が急に包むように握って来たので、私は驚いて服から手を放した。顔を赤くしてガウェイン様を見ると、微笑んで彼は首を横に振る。


「いいのです。私が、もっと早く貴女を見つけていたならば……貴女は何の責もありません」


 その言葉に、私の胸が軽くなる。代わりに涙が溢れそうになった。


 汚い、醜い、ひどい世界を私は目で見て知っていたのに、のうのうと言葉をうのみにして平和に暮らしていた。


 自分がそう過ごしたことを責める人はここにはいないという。私が私を責めても仕方がないと教えてくれる。


「スレイプニルの脚ならば、すぐに聖地に辿り着きます。……『金剛の聖女』様のお力を発揮していただくことになります」


 騎士団長が咳払いをしながら説明してくれたので、私とガウェイン様はぱっと手を放して座席に坐りなおした。


 しかし、聖女の力を発揮とは何をすればいいのだろう、と思っていると、再びガウェイン様が口を開いた。


「貴女が願ったままになります。神力……、今までも、使っていらしたかと思うのですが、それを国全体に行き渡らせるように願ってください。少し、疲れるかもしれませんが」


 神力を使っていたことも、私が聖女だと理解した時に分かったのだろう。それがこれまで寮母として下女一人の働きでは到底不可能な家事をこなしてきたことと繋がったのだとしたら、私は願えばいいようだ。これまで神力の奇跡で疲れたことが無いから、疲れるということは分からないけれど、少なくとも料理には使ったことはないし、疲れるというのはその位かな、と思っていた。


 聖地と呼ばれた場所は、国の中心にある山の山頂、スレイプニルでなければたどり着けないような湖の真ん中にある小島だった。その島だけは青々とした緑が茂り、湖の水は澄んで山の下へと流れて行っている。


「あれが、『聖地』ですか……?」


「はい。一番最初の貴石が採掘された場所、そして、聖女が生まれた場所とも言われています。瘴気はまだ聖地に及んでおりません。今なら安全に祈って頂けるでしょう」


 私は上空の聖地の周りを巡回する馬車からその場所を眺めていた。少しなつかしさを感じるような気もする、胸が、金剛石がほんのり熱い気がする。


「降りましょう。すぐにでも……この地には、助けが必要です、から」


 私の断言に、馬車はゆっくりと聖地に向って降りて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ