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三話 小鳥遊 冬香①

螢川 雪 さんに書いていただきました。

♦︎ungewöhnliche Kraft  Flammen


 夏も中盤に差し掛かった頃。小鳥遊たかなし 冬香とうかはかんかん照りの太陽を疎ましく感じながら、辺りを目をキラキラと輝かせながら歩く妹の春乃はるのを心配そうに見守っていた。


「春乃、あんまり離れるなよー」

「わかってるよ兄さん。ボクだってもう子どもじゃないんだから」

(と言っても……)

「あっ! あのぬいぐるみ可愛い!」

(こういうところが子どもなんだよなぁ)


 店のショーウィンドウに鎮座する巨大な兎のぬいぐるみに一目散に走り寄ろうとする春乃の腕を掴み、離れないようにする。その様子はまるで好奇心旺盛な犬と飼い主みたいな構図になっていた。


「むぅー」


 機嫌を損ね、頬を膨らませて冬香を細目でみる春乃に小動物のような可愛さを覚えていた。

 少し灸を据えてやるかと思ったそのとき、どこからか悲鳴が聞こえてきた。


「……なんだ?」


 不思議に思った冬香は悲鳴の聞こえた方を見る」と、混乱した人間がこちらに走ってきており、その奥では十代前半に見える少女と全身が灰色に染まった男二人が人を銃や剣などのあらゆる武器を使って殺していた。

 一方は、第二次世界大戦中の日本兵の軍服を着た青年であり、もう一方は全身に戦国時代の甲冑を纏っている。

 少女の手は鉤爪のようになっており、白い軍服のような服は返り血で赤く染まっていた。


信春のぶはる! あまり先行するなっ』

『いいじゃないか、舩坂ふなさか。今回はいつもの戦争ではない。後始末はエジソンがしてくれるしのぉ』

『まぁそうだな。では楽しむとしようかな』


 偉人を彷彿とさせる名前を呼び合う二人は、ヘニャっと笑いながら豪快に殺しを続ける。

 その笑顔をみた冬香は、恐怖に染まりきっていた。


(っ………ーーーー!)


 その異様ともいえる光景に、冬香は戦き、思考を閉ざそうとした。


(だめだっ! 思考を閉ざすな! 考え続けろ!)


 冬香は自分を鼓舞させ、どうにかこの状況を理解しようと、生き残る術を導き出そうとした。その表情はまるで野生動物の威嚇を見ているようだ。だが、こんな非科学的な状況、常人では理解などできるはずがない。だが、冬香は諦めることなく、考え続けた。


(なんなんだあの灰色の男達は……。それにあの女の子の手も……)


 少女が冬香の視線に気付いたようで、笑みを浮かべつつ鉤爪についた血を舐める。その姿は妖艶ようえんそのものだった。

 そんな外見から窺える年齢とは似つかない少女は、視線を春乃へと移す。


「ほう、あの小娘ならーーー」

「いけそうだなって思った? 麻耶まやちゃん」


 少女ーー麻耶の後ろから、元気が全くない細身の男が突然現れ心を透かしたように言う。麻耶が攻撃しないことから、仲間だということがわかる。


「妾の思考を読むのをやめろ、汰一たいち。いつも言っておろう」

「別にいいでしょ…………それより、あの子、捕まえるの?」


 汰一の目が鋭くなる。その目は春乃を捉えていた。


「っ!」


 冬香は何か嫌な予感がして春乃と汰一の間に割って入る。


「なんなんだ? あの子」

「そんなことはどうでもよいではないか。妾たちがすることは目星い童どもの回収なのじゃから」


 生意気そうな童はいらんーーと続けて放ち、冬香の方を向く。その目は殺意で満ち溢れている。


「《ほむらの千剣》」


 麻耶がそう小さく呟く。その刹那、冬香の脇腹を炎の剣がかすめる。


「兄さん!」

「むっ外してしもうたか」


 もう一度麻耶が呟くと、今度は腹の中心を貫く。


「っ!」


 冬香は全身をかけめぐる痛みを吐血しながらも耐える。


「すごいなぁ。普通なら痛すぎて悶絶したり、悲鳴をあげたりするけど……」

「面白いことだが、今はあの小娘を回収するのが先だ」

「わかってるよ……。でも捕獲に特化したやついないけどどうするの?」

「そんなの、適当にやれば良かろう」

「えぇ……。ナイチンゲールは回復係だし、アインシュタインは離脱用だし……」


 汰一がボソボソと顎に手を置きながら言う。


「あっそうじゃん。別に新しく出す必要ないよね」


 ポンっと手を叩き、右耳に片手を当てる。


「舩坂と信春。こっち来て」


 三秒ほど経って汰一の横に先ほどの男たちが現れる。


『なんじゃ。儂はもうちょっと殺しを楽しんでいたかったのじゃが』

『いいだろ別に。それで、主殿。用件を言え』

「あの子。捕まえてくれる?」


 汰一が春乃を指差す。


『御命令とあらば』

『本分ではないが。最善は尽くそう』


 二人が春乃に照準を合わせる。


「逃げろ‼︎ 春乃‼︎」

「へ?」


 冬香が逃げるように促す。だが、春乃は恐怖のあまり動くことができない。

 信春が白い鞘から黒く塗られた刀を抜き、地面に突き刺す。刀はいとも簡単に地面に入り込む。


「強く猛々しいものよ……ーーー」


 周りの人間が辛うじて聞くことができるほどの声で呟く。


「《百足の奔流》」


 刹那、動くことのできない春乃の真下の地面から無数の百足が出現する。


「いやっ! こっちこないでっ!」


 春乃が体にまとわりつく百足をはらいながら叫ぶ。


「春乃!」


 助けようと試みるが、腹に突き刺さった炎の剣が邪魔して動けない。


「兄……さ……」


 百足が春乃を完全に包み込み、地中へと消えていく。まるで沼にでも沈んでいくかのように。


「お前っ! 春乃をどこにやったっ!」


 冬香は怒りのあまり絶叫する。たった一人の家族を奪われて我を忘れているのだ。


「うるさいぞ、童。去ね」


 麻耶が殺意を籠った声で呟く。

 冬香の眉間に剣がーーーー届くことはなかった。


「危なかったねぇ、君。アタシが刻止めてなかったら死んでたかも」


 どこからか女の声が聞こえてくる。

 冬香は言葉の真意を問おうと口を開く。


「……!」(声が、でない? どうしてっ)


 何度も声を出そうとするが、出ることはなかった。


「あぁごめんね。刻が止まってるから声が出ることはないよ」

(どういうことだ)

「まさかわからないの? 仕方ない、教えてあげよう」


 ため息をつきながら、女は姿を現した。

燃え盛る炎を体現したかのような赤のロングヘアー。日本人のような顔立ちの中央で、めんどくさそうに目を細める青と赤の瞳。和服のような服の上からでもわかる凹凸のでた体。その肌は白く新雪を思わせる。


「刻が止まっているということは、全ての運動が止まっているということ。だから君は動けない。そして、それは音も一緒。わかる?」

(あぁ、だがお前は動け、そして喋れている)

「アタシは特別だからねぇ」


 女はヘニャっと笑う。冬香はそれに少し恐怖を覚えた。


(で、死ぬ寸前の俺になんのようだ? まさか、助けてくれるのか?)

「ご名答。だけどそれだけじゃない」


 女は麻耶たちの方を指差し、


「あいつら、殺したくない?」


 不適な笑みを浮かべながら言う。


(当たり前だっ。あいつらは春乃を……!)

「いいねいいね。その感情好きだよ。アタシ」


 女が顔を冬香の顔に近づけ、両手で優しく触る。


「君は力を欲するか?」

(もちろんだ)

「どんな代償を払ったとしても?」

(あぁ)

「わかった。では君に力を与えよう。アタシは九紫ここのし なな。君は?」

(小鳥遊 冬香)

「冬香か……いい名前だね」


 七は小鳥遊という名前に聞き覚えがあった。


(小鳥遊ということは、冬乃ふゆの春香はるかの……。フフッ。これは偶然か、はたまた必然か……。面白いものだ)


 どこか懐かしさを覚える。あれは今から四年ほど前のことだった。

 七は顔を離し、指をどこからか出したナイフで軽く切る。


(何をしている)

「何って、契約の準備さ。ともかく、アタシの血を飲め、そうすれば君は力を手に入れられる」


 七が冬香の口に血の滴る指を突っ込む。


(っ!)

「時間の停止を局所的に解除。これより契約を開始する」


 七の声が機械的になるのを尻目に、冬香は七の血を少しずつ、確実に体内に取り込んでいく。


「我、火の覚醒器の分体が七体目、九紫 七なり。契約に従い、小鳥遊 冬香に異能を授ける」


 そのとき、冬香は確かに感じた。自分の魂に炎のように燃え盛る力が刻まれるのを。

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