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第八話:生贄令嬢はスキルを披露する

『…………つまり、お前の【スキル】とやらで我の腹を満たす代わりに、お前を喰うのはやめてほしい、と?』

「要約すればそうなりますわね」


 ゆらりと首を揺らす黒竜(ドラゴン)に、胸を張って答えてみせる。ここで脅えてしまったら、信憑性がなくなってしまうでしょう?

 異世界の食べ物を、スキルで「お取り寄せ」ができるのは事実ですもの。ここで怯んではいられませんわ!

 そんな(わたくし)の思惑を知ってか知らずか……祭壇の奥に蟠っていた漆黒が、ずるりと蠢いて……アッと思う間もなく、私の前に巨大な竜がその全貌を現した。

 漆黒の鱗に覆われた巨大な身体。背中から生える一対の翼。燃えるような金色(こんじき)の瞳……。

 割れた黒曜石のような光沢がある鱗は、一見すれば鋭く堅そうではあるものの、竜が身じろぎするのに合わせて実に滑らかに連動し、決して体の動きを妨げない。

 ……こうしてみると、世界に呪いを撒き散らすと伝承されているとは到底思えないほど、美しい姿ですわねぇ……。

 ズズッと首が延ばされて、巨大な竜の顔が私の眼前に迫る。


『ならば娘よ……我に乳と蜜と香料を捧げてみせよ』

「乳と、蜜と、香料……?」

『古来、巫女はそれら三つを神に捧げて祈ったという。お前も自身の助命を願うのであれば、この三つを我に捧げてみせるといい』

「…………承りましたわ。少々お待ちになって?」


 ぱっくりと開いた白く鋭い牙が並ぶ真っ赤な口が、由来と共に供物を募る。

 あら……要求されたものに、ちゃんと理由がありましたのね。神学も、もう少し勉強しておけばよかったかしら……。

 ……それにしても、乳と蜜と香料……この三つを揃えた食べ物……そんな都合の良い物があるかしら?

 首を揺らす黒竜に、軽く会釈をしてからスキルを発動させた。

 たちまち、黒い板が私の目の前に現れる。

 指先を動かしながら商品を眺めていると、ふととある菓子が目に付いた。

 乳と、蜜と、香料と…………まさにこれではなくて?


「えいっ!」


 「お取り寄せする」と書かれたボタンをぽちりと押せば、すぐさま私の手の中に、そこそこの大きさの紙箱が現れる。

 四角い箱の上に、取手のようなものが付いていて……なんだか独特の形をしていますわね……。

 それを見ていた金色の双眸が、驚いたように丸くなった。

 改めて注がれる強い視線を感じながら、私はそっと紙箱を開く。途端に、ふわりと甘い香りがあたりに広がった。


「ご希望の、乳と蜜と香料……ハニーミルクドーナッツですわ!」

『……これが、乳と蜜と香料……だと……?』

「バニラが香る生地を油で揚げたものに、ミルクとハチミツたっぷりの糖衣をかけたお菓子ですわね。『乳と蜜と香料』というご希望を叶える食べ物ではなくて?」


 怪訝そうに箱を眺める竜にもよく見えるよう、箱の蓋をさらに大きく広げて掲げてみせる。

 箱の中には、乳白色の糖衣がとろりと絡んだリング状の揚げ菓子が一ダース入っていた。

 ハチミツとバニラの甘い匂いが、ゆっくりと脳髄を蕩かしていくのがわかりますわ……。

 これ、身体が疲れている時に食べると、幸せになれるお菓子じゃありませんこと? 全力疾走をした身には堪えますわね……。

 ついつい手を出してしまいそうになるのをこらえて近くの祭壇に箱を置いてみせるけれど、目の前の竜はただただ首を揺らすばかり……。


「……もしかして、毒でも入っているのかとお疑いかしら? ご心配なら毒見でもいたしましょうか?」

『我に効く毒などなかろうが、我のみ毒を喰らうのも業腹よ。まずお前が喰うてみせよ。右の段の4つ目あたりが良いか』

「まぁ、ご指定頂くなんてお優しいこと! それでは、いただきますわ」


 一向に手を出さない竜に声をかければ、憮然とした声が返ってくる。

 毒が効かないのなら、毒見をする意味がないように思えるのですけど……それでも、私が毒を入れるような真似をしていると思われているのも非常に癪ですわね……。

 お言葉に甘えて、一つでも二つでも、お先に頂きますわ!

 憤慨する気持ちのまま、遠慮も何もかもを忘れて指定してきたドーナツを手に取った。

 ……それにしても、このお菓子……貞蓮(ていれん)の記憶によれば、この薄い紙で包んで、手に持って食べるのよね……??

 …………なんだかはしたないような、いけないことをしているような……そんな気分ですわ……。

 それでも、食べてみせないことには始まりませんものね。

 手に取った揚げ菓子に口を近づければ、その時点から甘い匂いが鼻先をくすぐっていく。そのまま黒竜にも見えるよう、パクリとかぶりついてみせた。

 シャリッとした糖衣とふわりと柔らかな生地の両方を噛み切れば、ミルクと蜂蜜の濃厚な甘さが舌に染みるのと同時に、バニラの甘い香りが口いっぱいに弾けるように広がった。

 イーストを使って膨らませたという狐色の生地は素朴な甘さで、甘みの強いアイシングとよく合っている。良質の油で揚げた……という宣伝文句通り、思った以上にあっさりとしていて、揚げ菓子にありがちなくどさがまったく感じられない。

 次の一口が食べたいのに、口を開いたらこの美味しさが逃げてしまう気がして……思わず掌で口元を押さえてしまう。


「……あの……召し上がらないなら召し上がらないで構いませんわ……! 私が全部食べますから……!!」

『そ、そんなに旨いのか……!?』

「疲れた体に、とても染みますのよ……! 甘味って素晴らしいのね……!!」

『えぇい!! 我にもよこすのだ、娘よ!!!』


 こんなに美味しいものを疑ってかかる竜に食べさせるのがもったいなくて……本末転倒と頭の片隅で思いつつも、唇から漏れる言葉を止めることができなかった。

 口元を押さえていても、瞳の輝きはごまかせなかったのでしょうね。

 私の言葉を聞いた黒竜が、私の目の前で鼻を鳴らして大きく口を開いた。

 その勢いに負けて、その裂けたような口の中に、ぽんとドーナツを放り込む。途端にバクンと口が閉じて……。


『……なんだ、これは……!!』

「ハニーミルクドーナツですわ」

『こんな……こんな食物がこの世に存在したとは……!!』

「残念ながら、これ、異世界の食べ物ですの……私がいないと手に入らないお菓子ですわ」

『…………なん、だ……と……』


 金色の瞳が、煌々と輝きを増した。次をねだるように再び大きく開いた口の中に、もう一つ、ドーナツを放り込んでやる。それも瞬く間に飲み下した竜の瞳に、悦楽の色が滲んだ。

 うっとりとした声色で呟く黒竜に、淡々と真実を告げてみた。瞬間、竜の双眸が驚愕に見開かれる。

 まるで、満月が二つ並んでいるようですわね。

 愕然と私を見つめる竜の視線に、黒竜が堕ちたことを確信して……私は手に持った残りのドーナツを勝利の味と共に噛みしめた。


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他に連載中のストーリーです。こちらもご飯ものの小説です。カドカワBOOKS様より第一巻刊行中です!


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