第五話:生贄令嬢は心からの笑顔で家族と訣別する
「今まで育ててくださいまして、本当にありがとうございました」
「ヴァイエリンツ公爵家のため、せいぜい尽くしてくるのだな」
「不肖の身に勿体ないお言葉、身に余る光栄にございます」
「…………そうしていると、お前の死んだ母親そっくりだな……! いつも偉そうに私を見下していたあの女の……!」
完璧なカーテシーで、お父様の心の籠っていないお言葉を受ける。
私が着ているのは、亡くなったお母様が若い時に着ていらした空色のドレス。形はシンプルですけれど、最高級のシルクがふんだんに使われていて、肌触りは抜群ですのよ。
娘との最後の会話になるであろうに、不機嫌そうに鼻に皴を寄せるお父様。
……私の記憶が確かなら、お母様はお父様に歩み寄ろうといろいろと苦心していましたわよ。どれだけ目が曇っていらっしゃったのかしら?
……まぁ、私と数か月しか生まれが違わない異母妹がいる時点でお察し、ですわね。
フンと鼻を鳴らしてそっぽを向くお父様の後ろには、これまた実に面白くなさそうな顔をしたお義母様と異母妹の姿がある。
あの二人、私が命惜しさに泣き喚いたり絶望のどん底にいる姿を見てやろうと心待ちにしていたんでしょうね。
残念ながら、そんな無様を見せてあげるほど優しくありませんのよ、私。
後ろの二人にだけわかるよう、お父様が神官の方々を見ている隙に唇だけでせせら笑ってやる。
その途端、二人の顔色が怒りのあまり真っ赤になるものの、流石に他人が見ている前で喚き散らすほど理性がないわけではないみたいね。
あ、そうそう。お父様と話しながら着々と魔法陣の準備をしている神官様方は、「花贈り」の儀式を行うために大神殿から派遣されてきた方々ですわ。
俗世を離れる花嫁に祝福を与え、転移魔法で邪竜の……もとい、黒竜様の所に送り届けるお役目を持った方々ですのよ。
遠方への転移になればなるほど魔法陣のような大掛かりな装置が必要なんですの。
私も転移の魔法は使えますけど、せいぜい公爵家の邸宅内の範囲だけで精一杯ですわね……。
昨日の今日で神官様が大神殿から派遣されてくるなんて……きっと、私を邪竜の生贄にすることは、ずっと前から計画されていたんでしょうね。
何の感情も見せない私に、とうとうしびれを切らしたらしいエリシアがこちらへつかつかと近づいてきた。
「ねぇ、お姉様。婚約者を私に取られて、生贄として死にに行く気分はいかが? さぞかし惨めなんじゃないかしら!」
「そうですわねぇ……婚約中でありながら他の女にうつつを抜かす性欲猿様とは別れられましたし、私のものは何でも欲しがる尻軽な泥棒猫と離れられてせいせいする以外の感想ってありまして?」
「な、なんですって!?」
優越感をたっぷりと滲ませた笑顔で、唇を歪ませながら囁くエリシアににっこりと笑って本心を告げれば、異母妹の白い頬が再び真っ赤に染まった。
あら、怒ったのかしら? でも、本当に「せいせいする」以外の感情がありませんのよ?
「あとは……そうですわねぇ…………淑女教育と公爵夫人としての勉強をせいぜい頑張りなさい、って言うくらいかしら?」
「何を澄ましてるのよ!! 本当は悔しいんでしょう!? 怖いんでしょう!? 無様に地面に這いつくばって命乞いして見せれば、お父様にとりなしてあげたっていいのよ!?」
「生き延びるのに、あなたのような矮小な人間の力はいりませんわ。私、とうとうスキルの力に目覚めましたの!」
唾を飛ばして怒鳴るエリシアを心底嫌そうな目で眺めて距離を取る。そっと神官様方の方を見れば、無事に転移用の魔法陣は完成したようだ。
私の口から出た「スキルに目覚めた」という言葉に、その場にいた全員の視線がこちらに集まった。
その言葉を証明するかのように、私はお取り寄せをした色とりどりの花々を風の魔法を使って周囲に撒き散らす。
甘い香りが風に乗って公爵邸の庭に広がった。
……ちなみに、今私が振りまいたお花……エディブルフラワーという食用の花なんですって……!
あんなに綺麗なのに食べても美味しいって……貞蓮の世界って凄いんですのね……!
「スキル持ちの役立たず」と罵られてきた私が、突然発現させたスキルの力に、庭にいた全員の目が丸くなる。
思わず手を止めて見つめるもの、何が起きたのか把握していないもの、憎々しげにこちらを見るもの……。
様々な視線が私に突き刺さる。
「そんなバカな……スキル、だと……!?」
「ふふふ……驚きまして、お父様? あなたの娘に生まれて、あなたに愛されようとしたこと、本当に無駄な時間でしたわ!」
「なっ……フラ……」
「お義母様とエリシアと、せいぜい家族ごっこをお楽しみになって? 地獄の底から呪っておりますわ!」
ひらひらと舞い散る色とりどりの花びらを呆然と眺めるお父様の前で、スカートを摘まんで軽く頭を下げる。
伝えるのは、私の本心。
本当に……少しでも愛してくだされば、こんな恨み言は申さずにヴァイエリンツ公爵家のため身を尽くしましたのに……!
にっこりと微笑んで思いを告げれば、お父様の顔が一瞬真っ赤になり……次の瞬間には赤黒く変色する。
あら? こちらも怒っていらっしゃるの??
私の心は散々踏みにじったのに、ご自分は踏みにじられたくないって……ダブスタ……ダブルスタンダードっていうんでしたっけ?
今にも殴りそうな程に拳を固めたお父様の前をさっと駆け抜け、用意が整って淡い光を放つ魔法陣の中へ飛び込んだ。そのまま、魔法陣に魔力を込める。
この魔法陣は、目的地までの距離に応じた魔力が溜まれば自動的に発動するタイプ。
今まで神官様方が溜めてくださった分と、今私が込めた魔力で発動するはず……!!
ぐらりと陽炎のように見えている景色が揺らぐ。無事、転移魔法が発動してくれたみたい。
「それではみなさま、ごきげんよう! 婚約者の妹を孕ませた浮気者と、姉の婚約者を寝取った妹の結婚を祝福してさしあげてくださいね!!」
風魔法の応用編……拡声の魔法でご近所にまで情報を拡散しながら、私は最後に渾身のカーテシーを。
怒り狂ったお父様がこちらに駆け寄ってくるのが見えたけれど……その拳が届くより早く、私の身体は真っ白な光に包まれた。
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まずは、軽いざまぁというか、ご本人によるケジメがてらの決別を。
フランチェスカ嬢が心底吹っ切れたようで何よりです(・ω・)