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第三話:生贄令嬢は初めてのアイスクリームに自由の味を知る


 もう一度目を開けた時、あたりはすっかり闇に包まれていた。

 顔を上げれば、曇ったガラス窓に映る、いつもと何一つ変わらない(わたくし)の姿が見える。

 根元が黒く毛先に行くほど銀色になる不思議なグラデーションで彩られる髪は、亡くなったお母さまから。

 夜明け前の空のような、日没前の空のような、深い菫色の瞳はお父様から受け継いだもの。

 こうして見ると、私の持つ色味だけは確かに二人の子どもなのだ、と実感しますわね……今までの扱いはともかくとして、ですけれど……。

 ふぅ、とため息をつくと、窓の向こうの私も瞳を伏せて肩を落とす。

 …………いけませんわね、こんな弱気では……!


「……なんだか、生まれ変わった気分ですわ……」


 それでも、夢の中で邂逅を果たした「(わたし)」のおかげなのでしょうね。今の私は、すっかりと生まれ変わった気分ですわ。

 私自身を「役立たず」だとは、到底思えないのですもの……!


「……『お取り寄せ』……面白いスキルですわね……!」


 改めて硬いベッドに腰を下ろした(わたくし)の目の前にあるのは、前世の(わたし)――ややこしいので貞蓮(ていれん)と呼びますけど……――の世界で言う所の「タブレット」のような黒い板。

 そこに、スキルの詳細が記されておりますのよ。

 昨日まで解読できなかったのが嘘のように、私はスキルの詳細をすらすらと読んで、理解までしていますの。

 要約すれば、『お金(貴金属可)をお取り寄せポイントに変換し、異世界食材を取り寄せる』というもの……。

 物は試し……と、小指に嵌めていた指輪を――何かの折にテオドール様が定型文の手紙と共に送ってくださったリングですけど、今はちょっと……身に付けていたくありませんでしたので……――そのタブレットに近づけると、すっと吸い込まれて……。


『アクセサリーを10000お取り寄せポイントに変換しました。変換後の所持お取り寄せポイントは、マイページでご確認いただけます』

「あら……それなりに変換できますのね」


 花吹雪が舞い散る画面の中央に、今の指輪が物品と交換できる「お取り寄せポイント」というものになった旨を伝える文章が浮かび上がった。

 宝石も何もついていないシンプルな物でしたから、それほど高いとは思わなかったのに……。

 まぁ、曲がりなりにも「第三王子殿下が婚約者に送るために用意した」という体のものでしょうし、それなりに良いお品だったのかしら?

 幸先が良い、といってもいいわね。


「取り寄せられるのは食べ物と飲み物……キッチン用具……に限られていますのね……」


 タブレットの画面の上で指を滑らせると、お取り寄せできる物品がずらりと並ぶ。

 どうやら私のスキルでお取り寄せができるのは、生鮮食品、加工品を含む「食品」と、お酒の類を含んだ「飲料」、お鍋や包丁、フライパンなどの「調理器具」に、お皿やカトラリーなどの「食器類」の4つに限られているようね。

 貞蓮の記憶がある私には、それがどんな食べ物や飲み物なのか理解できますし、調理器具も使い方だけは理解できますけど、こちらの世界の人間にとっては未知のモノばかりですわね。

 さて。こうして眺めてばかりいても仕方ありませんわね!

 ポイントも交換できたことですし、さっそく実践といこうかしら?

 ちょうど目に留まった「アイスクリーム」が美味しそうだったので、実際にお取り寄せを試してみることにした。


『新鮮な搾りたてミルクと採りたて卵を使用した、バニラアイスクリーム。滑らかな舌触りと甘いバニラの香り、幸せの味をお楽しみください…………この商品を取り寄せますか?』

「えーと……ここで『はい』を選べばいいかしら……? えいっ!」


 画面に浮かぶ「はい」と「いいえ」のボタンのうち、「はい」をぽちりと押した次の瞬間。

 私の膝の上に、ポンと軽い衝撃が加わって…………瞬きをする間もなく、画面のパッケージと寸分違わぬ「アイスクリーム」が、そこにあった。

 私の掌に乗るくらいの、小さく平べったい「アイスクリーム」。


「……ほ、本当に出てきましたわ……!」


 そっと手に取れば、ひんやりとした温度が伝わってくる。

 ちなみに、交換に必要だったポイントは230P。高いのか安いのか私にはよくわからないけど、貞蓮の記憶が「妥当」と告げてきた。

 そういえばスプーンもなかったことに気が付いて、そちらもお取り寄せポイントを使用して取り寄せる。

 熱伝導率の高い素材を使用することで手の温もりをアイスに伝え、固く凍ったアイスクリームを食べやすくするのですって。

 お色は…………私の好きな青にいたしましたわ。

 テオドール殿下の趣味でピンク系統のドレスやアクセサリーが多かったのですけど、私、本当は青が好きなんですの……。


 「はい」を押した次の瞬間には手元に届いたスプーンで、アイスクリームを一掬い。

 宣伝の謳い文句通りに、スプーンが当たっている部分のアイスクリームがみるみる融けて掬われていく。

 それをそのまま口に含めば、脳を刺すような冷たさと……やや遅れて優しい甘さが口の中いっぱいに広がった。王宮の晩餐会で一度だけ口にしたことがある氷菓(ソルベ)とは、口当たりが全く違う……滑らかで絹のような舌触り……。

 ……これは、確かに「幸せの味」と言っても過言ではありませんわね……。

 雪のように真っ白なアイスクリームが、じんわりと舌の上で溶けていくのがわかる。



「……あまい……」


 気が付けば、私の瞳からは止めどなく涙が溢れていた。

 「役立たず」と罵られていた私が……皆の望む「良い子」でいようとした私が……初めて自分の意思で、自分の好きなものを選ぶことができた……。

 ふわりとバニラの香りが鼻を抜けていく。

 優しいミルクとお砂糖の甘さは、幸せの味であり、初めての自由の味だった。


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