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第一話:令嬢は婚約を破棄されて生贄となる

「フランチェスカ。お前とテオドール殿下との婚約は破棄された。お前ではなくエリシアが新たな婚約者となる」


 普段は王都にてお爺様と執務に励んでいるはずの(わたくし)を、公爵領にある私邸へと呼び出したお父様は、開口一番そう言い放った。

 その言葉に、ハンマーで殴られたような衝撃が頭に走る。ソファーに腰を下ろしているというのに眩暈で倒れてしまいそうですわ……。

 無様によろめきそうになった背筋を何とか伸ばし、対面に座っている婚約者――いいえ、もう「元」婚約者とお呼びした方が良いのかしら?――に視線を向ける。

 その隣に座るのは、私の異母妹。

 ふるふると頼りなげに震えながらも、それでもしっかりと自身の腕に縋りつき、ぴったりと身を寄せているエリシアを、テオドール殿下が愛し気に抱き寄せる。

 金髪碧眼の王子様と、ハニーブロンドの美少女……それはそれは絵になる風景ですわね。

 相手が私の婚約者と異母妹ということを除けば、ですけど。


「すまない、フランチェスカ。だが、君は確かにスキルを持っているけど、誰にも解読できない役立たずのスキルだろう? それなら、スキルはないけれど愛らしくて華やかなエリィの方が公爵夫人には相応しいと思わないかい?」

「ご、ごめんなさい、お姉様……でも、どうしても心に嘘が付けなかったの……! それに、私のお腹には、テオドール様との愛の結晶が……」

「私もだ。エリィとの間に真実の愛を見つけてしまった……この心に蓋をして、君と結婚することはできない……!」


 口では「済まない」といいながら、愛し気にエリシアの髪を梳くテオドール殿下と、涙ながらに……それでもその桃色の唇に優越感たっぷりの笑みを浮かべてゆったりと腹部をさすって見せるエリシア。

 二人の世界に浸りながら謝罪の言葉を二人が紡ぐ。

 あらあら……済まなさそうに頭を下げたって、その口元に浮かぶ笑みを隠さなければ、誠意は伝わりませんわよ? 

 ………………まぁ、私に対する「誠意」など、爪の先程もないのでしょうけど……。

 仕方ありませんわね……この二人も……ひいてはお父様もだけれど、私のことなど毛ほども気を向けてくださらなかったもの。

 ……本来であれば、第三王子のテオドール様が成人と共に臣籍降下し、私の婿として我がヴァイエリンツ公爵家に入る……という約束だったんですの。

 それも、今となってはあっさりと覆されてしまいましたけれど……。

 どうりでここ最近は王都でお目にかかる回数が目に見えて減っているはずですわね。

 私が執務をしている間、領地に赴いて妹と真実の愛とやらを育んでいたんでしょう。


「ヴァイエリンツ家の娘が婚約破棄をされたなどという醜聞を広めるわけにはいかない。ちょうど今年は『花贈り』の儀がある。お前が『花』に選ばれたため、婚約者が変更になったというように周りには伝えることにする」

「畏まりました。いつ頃の出立になるでしょう?」

「明日だ。せいぜい準備をしておくといい」

「………………承知いたしました。これ以上お話がないようなら、私はこれで……」


 形ばかりの謝罪を繰り返す二人を一瞥し、一人がけのソファーに腰を下ろしているお父様に目を向ける。

 切れ長の瞳で何の感情もなく私を見つめ、形の良い薄い唇が私の今後を告げる。

 「花贈り」……50年に一度、孤島に住む孤独な竜に「花」を捧げてその無聊を慰める…………その実態は、強力な魔力と呪いの力を持った黒龍に生贄を捧げて仮初の安寧を願う……そんな儀式ですわ。

 何百年か前に「花」を贈らなかった年があったのだけれど、その後何年にもわたって旱魃や冷害による飢饉や、内乱が相次いだそうで……その後は途切れることなく儀式が続けられているというわけですわね。

 まさか、この身がその「花」に選ばれるとは思いもしませんでしたけれど……婚約者が妹相手に二股をかけていた挙句、姉が捨てられた……なんて、ヴァイエリンツ公爵家がたてていい噂ではありませんもの。

 ……そうなる前に……殿下が二股をかけていると分かった時点で止めて頂きたかったですわね。

 今となっては詮無いことでしょうけど……。

 お父様は今のお義母様(おかあさま)に……私を生んだお母さまが亡くなられた後に娶られた後妻に骨抜きですものね。

 貴族の義務で結婚したお母さまが生んだ(わたくし)より、好きで結婚した相手が生んだ異母妹(エリシア)の方が可愛いのでしょう。

 ……思えば、異母妹(エリシア)に向ける愛情の一片でも私に向けてくださらなかったわね、お父様……。

 私を気にかけてくれたのは、お爺様くらいじゃないかしら……?

 お爺様は私の扱いに対してたびたびお父様に苦言を呈してくださったけど……結局改善されることはなかったわね……。


「役立たずのお前が黒龍の花嫁になるのだ。光栄に思うと良い」

「この身の全ては、ヴァイエリンツ公爵家のために」


 徹底したマナー教育の中で身に付けた完璧なカーテシーで頭を下げる私に、お父様の言葉が突き刺さった。

 明日、私は死ぬ……邪竜の生贄となって。

 泣きだしたいほどに恐ろしかったけれど、チラリと私を見上げてあざけるような笑みを浮かべたエリシアの前で無様を晒すのは絶対にご免でしたの。

 感情を殺して退出する私の背中に、無邪気に結婚式の予定を語るエリシアの弾んだ声が伸し掛かる。

 一人で歩く廊下は、華やかではあったけれどどことなく冷たかった。

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