プロローグ:邪竜はのんびりと異世界の菓子を嗜む
小説家になろうの小説検索で「生贄 竜」「生贄 ドラゴン」「生贄 スキル」等で検索をかけてみましたが、似ている話が見つからなかったため投稿してみることにしました。
もし同じような運びの話がありましたら、こちらを取り下げますので教えていただけますと幸いです。
仄暗い洞窟の最深部。崩れかけた古代神殿の祭壇に、若い男女が腰を下ろしている。
いや……祭壇に座る男の膝の上に、少女が乗せられている、という方がより正確だろうか。
親密そうな雰囲気を醸し出す二人を、宙に浮かぶ薄い板のようなものが取り囲んでいる。
「フラン。我はこれが良い。以前食べた別の味のものが美味かった!」
「私、竜はお肉がお好きなんだとばかり思っていたのですけど、甘い物もお好きだったというのは知りませんでしたわ」
黒髪の男の指が、ある一枚の板を指さした。そこには幾許かの異国の言葉と、色とりどりの果物を使って作られたのであろう菓子の絵――本物と見紛うばかりの色鮮やかさと精密さで描かれている――が載せられている。
金色の瞳を爛々と輝かせる男の言葉に、膝の上に座るフランと呼ばれた少女が緩く握った拳を口元に当ててくすくすと笑う。
む、と唇を尖らせる男を横目に、フランの指がその板の中央付近に示されている四角いボタンを押したかと思うと……。
今まで何もなかった少女の手の上に、突如として紙でできた箱のようなものが現れた。
「はい、アルクさま。『季節のフルーツとカスタードのタルト』ですわよ」
「うむ。大儀であった。代金はこれで足りるか?」
「十分に過ぎますわ。もう少し小粒のものでもよろしいのに……」
「生憎と、我の手元にはこれ以上小さな物はない。多ければ次の機会に使うが良い」
菫色の瞳を柔らかく細めた少女が箱を開くと、その中には先ほどの板に描かれていた絵と寸分違わぬ菓子が六つ、きれいに収められている。
果物の甘酸っぱく爽やかな香りと、バターと砂糖の濃厚な甘い香りとが、周囲にふわりと広がった。男の……アルクの形の良い鼻がヒクリと動く。
祭壇の上に次々と菓子を並べるフランの目の前に、アルクが手を差し出した。その掌の上には、鶏卵程の大きさがある、深い青色の宝石が載せられている。
ズシリと重いそれを受け取ったフランが、困ったように小首を傾げるが……アルクはそれを気にした様子もなく鷹揚に手を振った。
そんなアルクの様子に、譲歩は無用と悟ったフランが先ほどの板にその宝石を近づける。板にぶつかる……と思った次の瞬間、宝石は何の抵抗もなく板の中に飲み込まれた。
画面の表示も、花びらや紙吹雪が舞い散る中に異国の言葉が躍る華やかなものに切り替わっている。
「本当に、このスキルは有能ですこと」
「うむ。お前のスキルのお陰で、我はこうして美味いものにありつける。お前を放逐した国の人間の目はよほど節穴だったのだな」
「ふふふ……昔の私は役立たず扱いでしたもの。今思えば、追い出してもらえてせいせいいたしますわ」
アルクの手にフルーツタルトを手渡したフランの口から、ぽつりと言葉が漏れる。
受け取ったそれをさっそく口に運びつつ、己の膝の上に座る少女の言葉に、アルクは内心で首を傾げた。
たっぷりと乗ったクリームとフルーツと共にザックリと焼き上がった台座を噛み砕けば、ざくざくとした歯触りと共にとろりと濃厚なカスタードクリームが口の中いっぱいに広がった。
ぷちぷちと甘酸っぱい果汁を弾けさせるのはオレンジ。甘いイチゴはさくさくとした歯触りで、タルト台の中に敷かれていたアーモンドスポンジとの相性が抜群だ。
緑色のキウイは少し酸味が強めだが、それがかえって他の果物やクリームの甘さをより引き立てる。ねっとりとした舌触りのバナナの濃厚な甘さが、キウイの酸味の後の舌に心地が良かった。
これだけ美味いものを、アルクは生まれてこの方食べたことはない。
スキルを使うために対価が必要……とフランは言うが、この食べ物の為なら山のようにため込んでいる財宝をくれてやることは惜しいとすら思わない。
ケーキだ旨いものだと集まってくる精霊たちにもタルトを手渡すフランの細い体を、アルクはひょいっと抱きしめ直す。
「お前が我に捧げられた「花」だというのなら、せいぜい我がために尽くしてもらうぞ」
「あらあら……私がいないとダメになってしまったと、素直に仰ってくださればいいのに」
耳元でそう囁いてやれば、却って挑戦的な瞳で見つめられ……心当たりがあるアルクは思わずふんと鼻を鳴らした。
確かに、もうフランが来る前の食生活には戻れない……彼女が取り寄せる異世界の食の数々は、アルクも精霊たちも魅了してやまないのだ。
くすくすと笑うフランの言葉に応える代わりに、アルクは膝の上の小さな体をぎゅうっと抱きしめた。
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