ナンバーズ襲来
武蔵達は、ビル街の横道へと入りすぐに高所へジャンプすることで、あっさりと追っ手を振り切った。 そのまま少しだけ建物の屋上などを移動し一般道へと降りた。 向かう先は小次郎に渡された地図で示された場所だ。
やがて前方に橋が見えてきた。 地図にも目印的に記されている。それなりの幅の川が流れているようだ。
その橋の中央に金髪の少女が立っていた。武蔵は、よく見知っている顔だった。
「なんで居るんだよ」
「あれできた」
少女は、河原の方に顎をしゃくる。
そちらへ視線を向けるとヘリコプターが見えた。あきらかに軍用だとわかる。しかも、兵士が数名ライフル銃を自分へ向けているのも視認できた。
「なるほどな、でも方法じゃなくて理由を答えて欲しかったぜ」
「知ってるくせに。
それにしても、この国の人間は仕事速いよね。しかも、軍隊とか警察とか大勢でさ。 まぁ、結局、大男を見たくらいの報告だったけどね」
三日で探せと言っていたのは、この者では無い。
「碌なもんじゃね~」
「あいつらには手を出さない様に言ってある、安心しなさいな」
「じゃ、なんで銃を構えてるんだよ」
「後で説教しておくよ、俺が負けると思ってるのかよって」
「ああひでぇ、お前倒したら撃ってくるんだ」
「仕事熱心だからね。そうはならないけど」
「碌なもんじゃね~」
「あんた、分かっててここに戻ったんじゃないの?」
「前に来たときは、もっとこう、のんびりと……ああ、そんなこたぁどうでもいい」
「だよね」
少女の目つきが変わった。
「おい、なんか得物探してきてくれないか」
妹は、特に返事を返すこともなくすっとその場を消えた。
「女逃がしたの? 別にいいけどね」
「いや、本気で武器が欲しい」
「こっちも武器になりそうなのがこんなのしかなかったけどね」
手にはスコップが握られている。ヘリにあったものだ。
銃火器は使わないということだろうか、それともそれにまさる攻撃力があるのか、武蔵の相手をしに来た者なのだ。
「油断してたんだよ。これほど早く来るとは思ってなかったし、街歩くのに武器はじゃまだ。 だが、一人で俺に勝てるのか? お前、一桁じゃないだろ?」
素手対スコップはハンデにならないのか。
「やる気が違うし」
「薬か、そこまでしてこの発展中の星に喧嘩売って楽しいのか?」
「今は、あんたに勝てればそれでいい」
「じゃぁ、俺の負けでいいから見逃してくれない?」
「ふ~ん、あんたは戻る気無いと言うことで、死体持って帰るわ」
「この星にはたくさんいいことあるんだけどな~。綺麗な景色みたり、うまいもの食ったり、やさしい人情にふれたり……な」
「そんなんがわたしに関係あると思う?」
「おまえら、ほんとに戦うことしか頭に無いのな。ナンバーズだものな。しかもやっぱり下位か」
「下位だと、お前ごとき上位の方が出るまでも無いのさ、だから戦うのが普通じゃん」
(あてずっぽうだったがナンバリング下位ならなんとか勝機はあるか)
ナンバーズは足を止めスコップを肩にかつぐ。
「あんたも似たようなものじゃん」
言葉を交わすごとに低くなる声とあわせる様にじりじりと距離を詰めるナンバーズ。
「いっしょにされたくないな~。俺はこっち側が好きなんでね」
武蔵は素手のまま。
「じゃ、そろそろ死んで」
武器の有無などおかまいなしの決闘の始まりだ。
しかし、
「ん?」
何かを察したのかナンバーズは後ろを振り返る。そして人影を二つ見つけた。
武蔵とは反対方向から歩いてくる。
「ああ、現地人には見られちゃまずいよねぇ」
ナンバーズは、狂気の瞳を武蔵に向けてにやりと笑う。
兵馬とメグは街へ向かって歩いていた。街の情報収集も目的だが、買い物はこの二人の日課となっているのだ。
「兵馬様」
「どうした?」
「これを」
その白く綺麗な手には、巾着が乗っていた。
兵馬の目は先に手を見てしまう、以前に傷つけた記憶が、後悔が消えないのだ。そして、これの対象物を見て問い返してしまう。
「これは?」
「さっき作りました」
「俺に?」
「ええ、お財布代わりにどうぞ」
「そうだな、一人で行動できれば少しはあなた方の役に立てるかもな」
「あ、そういうことでは無いのです。もしもの際の念のためです」
「まだ、何をしたいか思いつかないが、遠慮なくいただいておこう」
「はい」とメグは頬を少し染めて笑顔を向ける。
その時、前方に人が見えた。兵馬が足を止めた。
「逃げろ」
兵馬はメグに言う。
「どうされました?」
兵馬の見ている方向、その人影に気付いた時、メグに変化が起こり始める。
「なぜここに居るのか分らんが、あれは仇だ」
怒りにも似た表情だが、声には怯えが混ざっている。
「だが、到底かなわない」
そう、勝てないのは悟っている、だが今までにないほど気力が沸いてくることは実感していた。やはり怒りだ。そして、自分は戦うがメグは逃がさねばと振り返った兵馬は、一瞬固まった。
「いや、私が手を貸そう」
答えるメグの目の色は赤く光っていた。兵馬はその目にも恐怖を覚えたかもしれない。耳の後ろに角の様なものが生えていたが、そちらは気付かなかっただろう。
「ここでは出しにくいが、メグ勘弁しろよ」
自分に言いながらスカートを少したくし上げ、うちももあたりにそのきれいな手がすべりこむ。
「あいつらは人間では無い。 運動能力は人間の数倍、傷も直ぐに治ってしまう化け物。
確かに今のあなたでは及ばない。だから、わたしも戦う」
戻った手には、プラスチックらしき材質の棒が握られていた。
「そして、今はこれしかない」
と、兵馬に手渡す。兵馬は、言葉を忘れそのまま受け取る。
「プラズマブレード。ボタンを押すと先にある細い穴の部分から見えない刃が出る。いや、丸いところを押せば見えない刀がでてくる。刃は日本刀程度の長さはあるが、物理的な受けには使え無いから気を付けろ」
「わかった、手伝ってくれ」
兵馬は、受けとるやいなやボタンを押すと、刃のあるはずの部分でチリチリと埃が消滅するのが分かる。
なんとなく意味を理解したのか即猛然と駆け出す。メグの態度の豹変も瞳の色も気にしてはいられなかった。体が恐怖に怯えようとも、戦いに向かうことを躊躇する男では無い様だ。それでも、手を貸すと言われたとはいえ、やはりメグには戦わせたくなかったのだ。
そして、ナンバーズに近づく途中、その先に居る武蔵に気付く。勢いのあった足が止まる。メグは”あいつら”と言っていたのだ。
すでに兵馬に向き直っているナンバーズはにやりと笑う。
「なにか御用?」
嬉しそうに兵馬に問う。
「お前は、俺の妹を、仲間を殺した。仇を討たせてもらう」
「ほほう」
さらに嬉しそうに笑う。
「やめておけ、あの時の侍」
なぜか武蔵が制止する。
「あんたの仲間? 一般人でも無さそうだし」
ナンバーズは武蔵に向かって問う。
「それの目当ては俺だ」
武蔵は兵馬ではかなわないことを知っているのだ。
「武蔵、やはり居たか、こいつの次はお前だ」
「味方じゃない? そして、わたしは武蔵の前座ってことか」
兵馬にスコップがせまる。
兵馬の前にメグが入って受けるが、兵馬ごと後方に飛ばされた。
だが、つぶれているはずの人間が立ちあがる。それなりの力で振るったスコップを受けて。
「人形か、そんなの有りかよ」
仇は少し驚いた風に言う。
「メグ」と兵馬が叫ぶ。
「防御は担当する、お前は隙を見つけて斬れ」
兵馬は呼吸を整え、落ち着いた。冷静にならなければ剣が鈍る。切り替えたのだ。
「いける」
「なにいちゃついてんの」
間合いは既に詰められていた。目の前にせまりスコップを振り下ろす。メグの左腕は今度はそれを受け止めていた。最初の攻撃から得た情報で、受け方を合わせたのだ。
「な」ナンバーズが苦鳴をもらす
その隙を兵馬は見逃さず横なぎにプラズマブレードを振る。ナンバーズの着衣の腹部が横一文字に裂ける。
「あぶないあぶない」
「ほう」と武蔵が関心する。
ナンバーズは武蔵の方を見て「ちっ」と舌打ちする。
「仕方ないわね。 ちょっと本気でいくからね」
また、一瞬で間合いを詰めスコップをたたきつけてくる。が、すべてメグは受け止める。
「固い腕ね」
しかし、既に指も手首も動かないくらいに形が変わっていた。表面素材では無く内部の骨格等にダメージが蓄積している。
「もうあまり持たない、次で動きを止める。しくじるな」
一旦下がり、小声で兵馬に耳打ちする。
「ああ」
お互いを信頼するしかなかった。
「また、いちゃついてる」
怒った風にスコップを投げつけてきた。が、その後に同じ速さで突っ込んでくる。右手にはどこから出したかナイフらしき武器が握られている。
メグは前にでてスコップを左腕ではじき、そのままナンバーズにぶつかる様にして胴体を捕まえた。ナイフは、腹部に刺さる。腹部を硬化させずにあえて刺させたのだ。
次の刹那、兵馬のプラズマブレードがナンバーズの首を飛ばしていた。血しぶきが舞う、赤い色だった。
「おおお」
仇を討った達成感からか、メグの無事に対する安堵からか雄たけびをあげる。
そんな兵馬とは対照的にメグは脱力していた。
「血……あ、わた、わたし、が人を……殺した……わたしは……」
「どうした?」
なにかおかしいと気付いた兵馬が声をかける
「ああ、あぁぁぁぁ」
悲鳴に近い、両手で頭を押さえてくず折れる。メグは相手が人間では無いと言っていた。アンドロイドにとっては、人間という枠ではなく生物全般に危害を加えることが禁忌なのかもしれない。
「おい、しっかりしろ、武蔵がまだいる。あそこに居るんだ」
「なぜ、なぜ、なぜ……まぐ……な……」「メグ……引っ込んでいろ」メグは自問自答で混乱しているのか、正気を失っている様だ。口に出ているのは、言語化の弊害か。
その時、兵馬は背中に気配を感じて振り向こうとするが、金縛りにあった様に体が言うことを利かず、立ち上がることもできなかった。
「動くな」
武蔵がすでにそこに居る。
その時、ヘリの方から銃声が聞こえた。それは武蔵の背に当たる。銃は少女を倒した二人を狙っており、それを体を張って守っていたのだ。数発を受けて流血する。
だが、銃撃はすぐに止んだ。戻って来た武蔵の妹が兵士を倒したのだ。
武蔵は何事も無かった様に立ち上がる。
兵馬は死を覚悟したが、体は勝手にブレードをふるっていた。
武蔵はそれをかわしながら。
「俺は逃げる気も無いが、今は戦うどころでは無さそうだ」
空振りの勢いか兵馬はふらつき膝をついていた。いや、思ったよりもダメージが残っているのだろう。
予想外の言葉を兵馬はすぐには理解できなかった。
「その娘は人では無い様だ。ここに長居はまずいだろう? 俺達も、あまり目立ちたくない、それに遅かれ早かれ他のやつが来る。 手を貸すから一緒に来い」
「お前を信じろというのか?」
「そうだ。選択の余地は無いと思うが?」
メグの方を見る。
「くっ」
「あいつを倒してくれた礼だと思ってくれ」
しかし、メグが急に立ち上がり、自らスカートをはぎ取り、内ももへ右手を滑らせると、数センチ皮膚がスライドし、中から先に兵馬に渡したのと同じプラズマブレードが出てきた。すぐにつかむと、「オ~ポス~」と普段の彼女からは想像できない声で叫びながら武蔵へ斬りかかる。
「なんだと」
武蔵はそれを間一髪、メグの両手首をつかみ動きを止めた。
「こいつをなんかで縛ってくれないか?」
「わ、わかりました」
傍らに戻っていた妹が応じる。
「メグ、どうした、落ち着け」
兵馬も止めに入る。機械に落ち着けと声を掛けるのはこの男くらいだろう。
その時メグの胸部の服がはじける様に破れ、皮膚が観音開きに開くと、中にレンズの様なものが現れにぶく光っていた。両の眼は武蔵を赤くにらんでいる。
「まずい、離れろ侍」
武蔵はなにかを察知して手を離した。
「メグ~」
兵馬は離れず。逆にメグの異常を止める様に強く叫ぶ。
その時、急にメグの眼の赤光は消え、その場にくず折れた。胸部がゆっくりと閉じ、角が収納される。
橋の上に静かに風がそよいだ。
「チャージ途中でエネルギー切れとかじゃないですかね。リミッター外れてそうでしたし」
妹が分析していた。
「そうかもな」
「なんかやばくないです?」
「だが、置いとくわけにもいかんだろ?」
「そうですよね」
メグが起きた時のことを考えて、メグが破り捨てたスカートや付き人のベルト等を使ってなんとか拘束した。武蔵はそれを肩に担ぎ歩き出した。あられも無いかっこうだがいたしかたない。アンドロイドとはいえ、女の子を肩にかつぐなど非道に見えるが、お姫様抱っこして両手がふさがるのを避けたかったのだろう。他の敵の存在は未確認なのだ。
「こっちでいいのか?」
「ええ」
妹は答えながら兵馬が立ち上がるのに手を貸す。
「この女、俺を見てオポスと言ったな」
武蔵は妹の方を見ながら確認した。重要事項なのかもしれない。
「ええ」
「何がなんだかわからんが、面白くなってきやがった」
「ほんとにしょうがないやつ、そんなんじゃナンバーズと変わらないような」
「お~い、行くぞ~」兵馬を促す。
「お前達はいったい」
「オポスだ」
「どういう意味だ」
「後で教えてやるからとっとと付いて来い」
兵馬は無言で頷きメグに目を向けた。一瞬目をそらし、着ていたシャツを脱いでメグの腰に巻いた。
「背中は大丈夫なのか?」
兵馬たちをかばって撃たれているはず。
「ああ、直ぐに治る。そういう体だ」
「化け物め」
兵馬の言葉に武蔵はにやりとして歩き始める。
二人も続く様に歩き始めた。
「ふぅ、やれやれです」
妹が疲れた様につぶやく。
「あいつ、心配してるかな」
武蔵が楽しそうに言う。
今、目の前で人が死んだことより追っ手が消えたことがうれしいのか、はたまた。
「いや、怒ってると思います」
「そういえば、二度と遅刻しない約束をした気がするぞ」
「巌流島の因縁ですね。あ~あ」
「巌流島、まさか……」
話を聞いてつぶやく兵馬も死闘の末ゆえに力尽きていた。
「無理しないでね」
「肩貸してやれ」
「大丈夫だ」
「美人にさわっとけばよいものを」
「あんたは、また」
ちょっと照れながら妹は返す。
「おれも、この状況はなんだかわからん」
武蔵はまた、にっと兵馬に笑って見せた。
普通では無い一行は、そのまま、小次郎との待ち合わせ場所へ向かった。
同刻、アメリカ
「この信号は、まさか……」
メグの眼が赤光を帯びた時、同時にエマージェンシーともいえる通信がアリスに入っていた。
メグの目視している内容が脳内へ再生される。
「なんてことなの、オポス人がなんでこの年代に」
一度、天を仰ぎ、
「対オポスモードになってマグナムが起きちゃたか、しかもエネルギー切れでセーフモードへ移行とは、作ったやつの責任だけど、捨て身状態では、あれを撃つ分が無いことさえ無視か」
今度は下を向く、
「ん、このログだと、エネルギー切れの一瞬前に攻撃指令は止まってる様な、とりあえずマグナムを引っ込めてっと」
頭を振りながら、
「想定外だから、対オポスモード切ってなかったとは、う~ん、これはわたしのせいか……とはいえ、勝ったのなら、結果オーライとするべきよね、うん」
顔を正面に戻し、
「よし、これで自動復帰しても大丈夫、後はおねがいよ、お侍さん」
目を閉じ、両手を胸前で組みながらのささやきは祈りだろうか。
同刻、米空母内指令室
「偵察ヘリの応答がありません」
通信士からの報告を司令官が受けていた。
「所在地は?」
「友路町にある河原の様です」
「墜落ではないのだな?」
「はい、応答が無いだけです」
「エリカ様を、艦長室にお呼びしてくれ。
それから、情報統制を。わかってるな?」
横に居た部下にも指示を出す。
「イエッサー」
部下が即時返事を返す。だがその返事を聞く気も無いのか、司令官はさっさと指令室を出た。
「エリス様に何かあったとすれば……まずいな」
墜落であろうがなかろうが、もしものことがあれば自分たちの責任を問われるのだろう。
数日前、ペンタゴンにて、米軍は密かに会談を行っていた。
「予てよりお話させていただいている様に、我々は、地球時間で西暦二千五十年に移住させていただきます」
「了解しております」
「準備を進めていただくお礼として、お約束の環境問題と食料問題解決のための技術および延命技術について、近日中にご提供いたします」
「おお、先にご提供いただけるのはたいへんありがたく思います。特に延命技術は、国内の重鎮を説得するのに有効となりましょう」
「地球人の体ですと、平均で二、三十年ほど伸びるのではと推測しております」
「すばらしい」
「さて、後付けとなり恐縮なのですが、人探しをお願いできないでしょうか? 日本という国に居る事まではわかったのですが……」
「人探しですか? 我々も少しでもご恩に報いたいと思っております。喜んでご協力させてください。日本であれば、我々が動くのも容易い」
「当方もごたごたしておりまして、お手数ですが頼らせてください」
「双方の友好のためとあれば、なんなりと」
「では、二人とも来なさい」
後ろに控えていた、ナンバーズ8と56がつつましげに近づく。
「この者達が担当させていただきます。後はお任せいたします」
「おお、お美しい双子の少女達でございますな、ブロンドの髪ですし、わたくしの娘ということにいたしましょう。ある程度の権限を持つのと同じです。いかがでしょう?」
「もったいないご計らい、たいへんありがたく思います。この様な若輩者ですが、お力添えのほどよろしくお願いいたします」
ナンバーズ達はおじぎして見せるが、伏せた顔がにやりとゆがんでいたのに気付く者は居なかった。
その後、ナンバーズ8はエリカ・ダークウッド、ナンバーズ56はエリス・ダークウッドを名乗り、米軍の空母一隻を与えられ日本へ向かった。