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温泉宿にて

 兵馬は困惑していた。

 死の淵を見てきた体もようやくある程度は動く様になってきた。あの日起こった現実を思い出しては後悔と恐怖に固まっていた思考も、少しづつ溶けてきた。

 すると、今の状態、状況などいろいろと気になってきた。それと同時に不安はどんどん大きくなっていた。聞いた話はほとんど理解できず、自分の弱さに悲観し、さらに自分がそんな弱さにおびえていることへ失望する。鍛えられた肉体は回復に向かえども、心は同じ強さでは無かった。彼はまだ若かった。

「これからどうしたものか」

 重い体を起こし部屋を出た。

 廊下を少し歩くと格納庫の入り口についた。扉は開いている。

 ――「姉さまのところに行きなさいよ」 モニターで監視しているレッドがつぶやく

「こんばんは」ファントムはやさしく挨拶をする。

 ――「しっぽ振れば面白いのにな」

「ああ、こんばんは、夜分にすまない」

「わたしには眠りは不要ですので、お気遣いなく」

「そうか、今日も少し時間をくれないか」

「かまいませんよ、話し相手が欲しかったところです。

 日本の音楽ではありませんが、いかがでしょう」

 今日はジャズが流れてきた。

「心地好いな」

「それはよかった」

「早速だが、俺はこれからどうしたらいいのだろう?」

「そうですね、この時代を楽しまれてはいかがですか?」

「楽しむ?」

「ええ、この時代のことを勉強してあなたの楽しめることを探す」

「俺は楽しんでもいいのだろうか」

「昨日、あなたは知りたいとおっしゃっていました」

「ああ、そうだな」

 ファントムは長い首を曲げて、兵馬の瞳を見て言う。

「それは、生きる意味に成り得ると私は思います」

 兵馬は、頷き。

「問うてばかりですまないが、勉強するにはどうすればいい?」

「すいません、勉強と言いましたが、知ることと思ってください」

「りょうかいだ」

「実は、その件について私たちも偉そうに語れる立場に無いのです。 この時代の者では無いですから」

「そうだったな」

「だから、我々と一緒に知っていきませんか」

「それは助かる」

「これから楽しくなりそうですね」

「そうなのか? 俺は剣術の鍛錬しかしてこなかったから、楽しむというのがよくわからんが」

 ――「江戸時代人って……」

「メグが教育担当ですので、遠慮なく相談してみるといいですよ」と促す

「女には弱くてな」

 ――「やっぱり」

「なるほど、では、そこからですね」

 ――「そこからなんかい」

「そういえば、明日はご一緒に外出する計画を用意されている様ですので、その時に、いろいろ話してみてください」

 ――「そういうことか、ファントムおそるべし」

「ああ、そうしてみよう」



 翌日、メグは兵馬をツーリングに誘った。気分転換を兼ねて今の世界を少しでも感じてもらうのだ。

 昨夜ファントムが手配したのだが、兵馬は予定されていた事と思っているだろう。

 バイクも用意してあった。このバイクも博士と呼ばれる者の趣味の一品である。博士の趣味だけあって、レーサーレプリカというごてごてと樹脂のカバーで大げさに覆われている種類だ。スピードは出るが、乗り心地には疑問があるかもしれない。

 車もそうだが、タイムスリップ時に壊れていた部品は工作室で作って入れ替えた。ある意味動けば良いのだ。そして、西暦二千年時の千百CCのバイクは、メグが乗るにはとても大きい。それでも、足の長さゆえか特に問題は無さそうだ。

 バイクも車同様に搬送用のデッキでホバリングして運び、出て行く。

 そのデッキ上で、兵馬にヘルメットをわたして、かぶらせる。このヘルメットも工作室で作ったもので、強度は今の日本の規格を超えているかもしれない。

 バイクにスカートは問題なのでメグはジーンズを履いており、ぴっちりとして美しいスタイルと脚線美を醸し出す。上は白のTシャツで兵馬も同じ恰好、そうペアルックである。

 エンジンをかけると4ストロークエンジンの低い響きが聞こえはじめシートに振動が伝わる。兵馬は一瞬驚いた様だったが、そこは気にしていないそぶりの笑顔だけで答えていた。

「足の置き場所は分かりますね。手は私に捕まっててくださいね」

「すまない、どこにだ?」

「あ、こちらこそすいません、わたしの腰のあたりでお願いします」

 太ももでお尻を挟んでもらえると一体感が増すが、今回は特に勧めなかった。

「りょ、りょうかいした」

 兵馬は、おそるおそる手を伸ばす。そのやわらかな感触に反応しながら、ごまかす様に言う。

「あなたは何でもできるのだな」

 事実、不思議な乗り物に乗った素直な感想だろう。

「性能、操作の仕方、地図、などなどすべてデータ、いえ記憶として登録されていますので、あとは道路状況を把握すれば容易なのです」

 現在のAIによる自動操縦とは比較するのも酷である。

「馬よりも速いと思いますよ。ちゃんと捕まっててくださいね」

「ああ、大丈夫だ」

「それでは、バイクさんよろしくお願いします」

 バイクに声をかけてからゆっくりとスタートし、徐々にスピードを上げる。

「すいません、馬より速いと言いましたが、残念ながら制限速度がありました」

 バイクとしても、数十年ぶりの走りなのだ、もっと性能を発揮して欲しかったことだろう。

「今の時代は面倒だな」

 峠道を軽快に走り山頂付近までくると、喫茶店併設の展望台があった。駐車場にバイクを止める。

「ここで休憩です」

「そうか」

 兵馬は、少し急ぐようにひらりと降りると、駐車場の端に行き遠くを見た。知っている山が見えた。富士山だ。

 メグは、喫茶店横の自販機で缶ジュースを買って来た。

「これをどうぞ」

「これは?」

「ジュースという飲料です」

「飲み物? ああ、中に入ってるのか」

「そうです。百パーセント? 十割? 果汁のものですのでおいしいと思いますよ」

 炭酸やコーヒーよりも無難と判断したのと、せっかくなので水やお茶でないものとしての選択だ。

「金属の器とは、これは高価なものなのか?」

「この時代では、金属は一般的なものですよ。人件費を抑えて販売するための仕組みですし、あ、すいません、開け方をお教えしますね」

 缶を受け取ると、その細い指をタブにかけて、

「こうして、こうです」と、開けて見せた。

「この穴に口を付けて飲みます」

 缶のふちをハンカチで拭いてからもう一度手渡した。

 兵馬は言われた通りにして飲み、おっという表情になり、

「確かにうまいな」

 と笑顔で感想を言った。妹にも飲ませてやりたかったと思ったが口にはしなかった。

「それはよかったです」

 ジュースを味わいながら風光明媚な景色を眺めていると、メグの束ねた髪が風になびき金色が日差しにきらきらと輝く。

「やはり美しい」

「富士山は、とても綺麗な山ですよね。残念ながら、そういうものだという認識のみですが」

「いや、あなたがだ」

「え」

 見つめる視線に、視線が重なる。

「そういう風に作られておりますので」

 お決まりの様な台詞を返し、あわてて視線を外しながら、

「そろそろ、帰って勉強の時間にしましょうか?」

 メグは翻り兵馬に背を向けてバイクの方へ歩き出しながら、顔だけ振り向き、

「さぁ、帰りましょう。私たちのうちへ」と促した。顔は真っ赤だった。

 兵馬はその顔に見とれながらも。

「ぐ、勉強か」

 と、こちらは一瞬顔をしかめたが、普通にもどして、

「あなたと一緒なら、どこへでも行こう」

 少しは元気になってきたようだ。

「あ、でも勉強は、お手柔らかにお願いしたい」

「潔くないですね」

「時と場合による」

「やっぱり潔くないですね」

「ぐ」

 勉強とは、この時代で生活するうえで必要な常識や知識を覚えることを指している。兵馬の本心はいろいろな事を知りたいと思っており、知っていくにつれ、さらに現代、未来への興味はどんどん増す、だからこそ望むところなのだ。

 メグにしても、この時代に関する事はある程度勉強する必要がある。だから遠慮する必要も無いのである。だが、メグを前にするとどうしても素直に答えられないらしい。

 そして、そのあたりも実はメグには分かっている。相手の気持ちを察するアルゴリズムは搭載されているのである。現代で言えば嘘発見器になるだろうか。アンドロイド達もその使用は肯定したく無いかもしれないが、対人間としては基本なのだ。

「このお出かけも勉強の一環なのですけどね」

「こういうのは、良いな」

「では、明日はどこへ行きましょう」

 デート先を問う少女の様に上目遣いに兵馬を見つめた。

「ま、まかせる」

 少し照れた様に顔をそらすが、もったいないのでやはり向かい合う。

「では、温泉はいかがですか?」

「良いな」

「夏の温泉もおつなものらしいですよ」

 機械人形にわかるのは、他者の感想のみであるが。

「まぁ、俺も詳しくはないが」

「せっかくここまで来ましたし、やっぱりこのまま温泉に行きましょう」

 唐突な誘いだが、流れを読んだマザーの指示である。

「ま、まかせる」

 こちらは、もうどうにでもなれといったとこだろう。


 温泉宿への到着は夕方になったが、マザーが予約を完了してくれていたためすんなりと部屋へ通された。姉弟と思ってもらえたかが少し気になったが、特に質問も無かったので大丈夫だったのだろう。今のところ、他人の目を気にする必要が無いのも事実である。

「今日はこちらへ宿泊いたしますので、ゆっくりと羽を伸ばしてくださいね」

 メグが説明する。

「この建物はなじむな」

「意外とおじいさんですね」

「そういえば自分の年齢を気にしたことはなかったな。目上の方への礼を配慮するくらいか」

「アリス様は扱いにくかったでしょうね」

「そうだな、でも話始めると見た目とは違うとわかった。なんというか重さを感じた」

「生意気な小娘だなって思ってないか気になってました」

「また、話をしてみたいと思っている」

 その時、部屋の外から声がした。

「お客様、お食事をご用意いたしました」

「は~い、お願いします」

 メグが勝手知ったる感で応じる。実際、本人も初めてのはずだ。

 高級な旅館であり、食事は部屋にての懐石料理コースであった。メグは必要が無いため兵馬に二人分食べてもらうことになる。

 その後、温泉を堪能した後、部屋に戻り落ち着いたところでメグは話始めた。

「あらためて、お願いがございます。我々は、あなた様への償いの一つとして、身の回りのお世話などをするため、付き人を一人決めさせていただくことになりました。担当ですが、誠に勝手ながら、わたしとさせていただきます。

 わたしは、物として扱っていただければと思います。なんでもお好きにしていただいて構いません。ただ、いつも傍らに存在することだけはお許しください。重ねて、決して人間とは思われない様にしてください。わたしは、機械……そう、人形ですので……」

「人形と言うが、俺には違いがわからない」

 現代の者であれば、テレビや映画や書籍などなど空想含めロボットやAIに対する先入観ができているが、そういった体験の無い者に、人間とほとんど見分けのつかない者がいきなり人形を謳っても、意味がよくわからず、しかもその者に対する感情によっては、肯定したく無いことであろう。そして、触れた時の柔らかさを思い出す。

 出会ったあの夜に戦った事実が無ければ受け入れられなかったかもしれない。

「食事の件もそうですが、これからお気づきになることと思います」

「そうか、わかった。 だが、今は傍に居てくれると助かる」

 彼女たちの目的を知り、なお自分へ対する心遣いには感謝しかない。自分が彼女の足枷となっていることは分かっている。それでも今は傍にいて欲しいと言うのは本心であろう。

「ありがとう……ございます」

 メグの言葉に少し間が開いたのは、自分が人と見られていたことを確認してしまったためか。少し気まずさを残しつつ、二人の夜はそのまま更けていった。


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